232 追いかけて、吸血鬼
「そういえば聞きそびれていたけど」
「はい?」
追いかけている最中、不意な会話。
「あなたって結構強いのね。私、驚いちゃった。どこで戦い方を学んだの?」
不意にこけた。
下手をしたら顔面から突っ込んでしまいそうになるところを何とか踏みとどまることが出来たのは奇跡の賜物。
「強いって……誰がです?」
「会話のやり取りぐらい加味しなさいよ。もしかして国語苦手? あなたよ、あ、な、た」
自慢じゃありませんが、国語の成績は悪くありません。3です、3!
(ってか)
対応に困る問い、――と言うか何回目なんだろうかこの質問。
僕が強いとか何とか。
……そんな訳ないのに。
「学んだと言うかほとんど自己流ですよ。自己流のトレーニングに実戦経験を少々、ってな感じかな。……あ、でも」
何かを言いかけて不意に何かを思い出しかける。
(そう言えばメアさんと戦っている最中に何かを思い出しかけていたような気がしたな)
戦い方……と言うか、何と言うか。おぼろげな声。
そして僕はその声に疑いもなく従った。う~ん、従ったと言うよりは体が覚えていた……と言う方が適当か? 体に染みついた癖、一度乗り方を覚えた自転車と同じだ。いつ乗り方を覚えたのかははっきりと覚えていなくても体が乗り方を覚えているというヤツ。
「ふ~ん」
懐疑的な視線を向けられるが、すっかり慣れたものだ。案外気にならなくなっている。
……ちょっと。ほんのちょっとだけ複雑。
と、そうこうしている内に段々と気配が近づいているのが僕でさえ分かってきた。僕は遠くの人の場所や気配を探るのは苦手でも、どうにもある程度の距離まで詰めてしまうと気配が読めるらしい。
……なんだ、らしいって。
自分のことなのにどこか達観的でどこか自分のことのようではないような気さえする。しかし、読めるものは読めるのだ。分かるモノは分かる。そこに理屈や想像の余地は入り込まない。あるのは明確な事実。
――近くにクドを感じる。
(クド……!)
焦りが限界に到達しかける寸前、
「あれが……全部、自己流? そんなバカな……」
ふっと、耳に届いたのはそんなメアさんの言葉。
意味合いが二つほど含んでいそうな、バカな、だった。
「嘘よ。絶対に嘘。あんなのどう考えたって師匠か何かがいるような動きだったわ。――というか、もの凄く戦い慣れているような洗練された動きだったわ。偶発的な出来事に対する咄嗟の判断、戦闘における間合いの取り方。どれを取ったって素人がどうこう出来るレベルをとうに超えていたわ」
僕は。
困った。
とても困って、走りながら頬を指で掻く。
どうしてこうも僕と戦った人たちと言うのは僕に対する評価が異様に高いのだろうか。
確かに僕は彼女に勝った。そして、もう一度戦って勝てるかどうかと聞かれれば、恐らく勝てるだろう、と答えてしまうに違いない。彼女の全力があの程度であれば一対一なら恐らく負けない。何となくだが、彼女の弱点が見えたのだ。
彼女はどこまでも前衛な攻め方が得意らしい。守りを考えていないと言うか、後先を考えていないと言うか、どことなく前に出て戦うことに慣れていて長期戦に対する対策を何一つ考えていないように思えた。
魔力配分が下手だと言われればそれだけなのだが、果たして本当にそうなのだろうか。
考え込んで、ハッと顔を上げる。
じっとした目でメアさんが僕のことを空を疾駆しながら見下ろしてきていた。そして何かを決心するかのように、
「――じゃあ、あの魔力による砲撃はどこで覚えたって言うの?」
「それ、は」
言葉に詰まる。
答えとしてはこうだ。
――いつの間にか使えるようになっていた。
だが、そんなことがあり得ないことは誰が考えたって分かる。赤ん坊が立つようになったと言うレベルの話ではない。掌に魔力を集中させ、その魔力を放出するイメージで球が出た、言葉で説明すればそれだけのことだが、そんなことが自然に身につくとはとてもではないが思えない。他人がそう思うように僕自身もそう思う。
――あれはどう考えても僕の業だ。
――業。
どこで身に着けた業なのか、そもそも僕が吸血鬼になってしまう前に使えていた業なのか、それすら分からない業。
(それに……戦っている最中に僕は誰かの声を聞いた――いや、思い出した?)
思い出したって言うのも考えてみると変な話だよなと思う。
それってつまり、僕はどこかで戦い方なり何なりを学んでいたって言うことになる。……でも、僕が戦いに身を置くようになったのはクドに血を吸われて吸血鬼になってしまったからだと言うのに。それじゃあまるで、僕が以前から戦いを知っていたみたいだ。
……いや、そんなはずはない。
――そんなことを忘れるはずがない。そんな、大事なこと。
忘れてしまうなんて言うことがあり得るのだろうか。
戦いなんて命に関わるような大切なことだ。もし仮に、本当にボケて忘れてしまっていたのだとすれば、アホの極みだ。滑稽を通り越して不様だ。不様以外の何物でもない。
……でも。
手をじっと見た。今でも感覚が覚えている。“アレ”はまぐれでどうにかなるような代物ではないはず。にも関わらず、僕は魔力の球を出した。――何の迷いなく、何の躊躇なく、何の疑問も抱かずに。
――それがさも当たり前のことのように。
(だけど……あの、声)
戦いの最中にずっと聞こえていた声。
どこか懐かしく、どこか愛おしく、どこか頼もしく、どこか――恐ろしくもあったあの声に僕は覚えがあるような気がしてならない。
(女の子、……だよな……あの、声は)
何かを思い出しかけて、
(あれ? 今、何を考えていたんだっけか?)
思考がそこで停止する。
そうだ、クドだ。僕は今、クドを追いかけていたんだ。何を悠長に考えていたんだろうか。まあ……どうせ、すぐに忘れてしまうようなことだ、大した内容でもないんだろう。
そう考え、あまり深く考えないようにする。
「今、何か……?」
微かではあるが彼女の眉根が上がる。恐らく彼女の整った顔立ちと化粧がなければ気が付かなかった程度のそんな僅かな微差。
「……気のせい?」
小首を傾げ、納得しないままに正面を向き直したが、
(こ、こっち……見てたけど……)
後ろを振り返ってはみたが、当然のように何かがある訳でもない。間違いなくメアさんは僕のことを見ていたのだ。見て、疑惑の目を向け、そして向き直した。
気にはなる。気にはなる――が、今はそんなことを気にしている場合ではないのだと自覚させられる。
「……近い!」
彼女が静かに叫ぶ。
「……クド!」
影が見えた。
――追いついた!




