022 新しい服と古い夢
「吸血鬼だ。間違いない」
と、クドがベッドの上であぐらを掻きながら言った。
「カナタが人間か吸血鬼かと聞かれれば、それは吸血鬼だと答えるしかない」
「でも生屍人だっていう可能性もあるんでしょ。クドが言ってたし」
僕の問いに対し、
「いや」
ふるふると首を振ってからクドが言う。
「ありえない」
はっきりと告げる。
「カナタは吸血鬼だ。生屍人じゃない」
「その根拠は?」
クドはぴんと指を立てて、
「まず。生屍人なら日中に活動が出来ない」
言った。
「そういえば夜に現れるって言ってたね。あれってどういう」
「どうもこうもない。ただ、生屍人が太陽の光に弱いってだけ。溶けるの。スライムみたいに。太陽の光を浴びると」
「それって死んじゃうってこと?」
「いや」
ふるふる。
「溶けてなくなるんじゃなくて、溶けて姿を保てないって言った方が分かりやすいかも。だから夜になると生屍人は現れるように、見えるってこと」
「じゃあ普段は生屍人は溶けていて、夜になったら現れるんじゃなくて……そういう風に見えるってだけ? 本当はいるのに。そこにあるのに。見えないから。夜に現れるように見える」
「うん。ま、生屍人はね」
と、最後に何か濁すように言葉をを付け加えた。
でも僕の頭にはその言葉は入ってこない。色々なキーワードが頭の中で一杯になっていたから。
まずは生屍人の見える見えない問題。クドの言う通りだとすると、だから日中、生屍人の姿を見かけたことがないのか。
うーん。
腕を組んで考える。
「じゃあもう一つ。生屍人に関してもう一つ」
そもそも。
「生屍人って……そもそも何?」
聞く。
クドは一度だけ天井を見て、
「吸血鬼になれなかった……人間、かな」
そう言った。
「そういえば言ってたね。もしかしたら生屍人になるかもって。……じゃあ」
こくり。
「吸血鬼に血を吸われた人間が人間じゃなくなるとも言った。つまり吸血鬼に血を吸われた人間はもうその時点で人間じゃなくなるってこと」
「じゃ、じゃああの生屍人たちはクドが?」
「ううん! それは違う!」
クドは大きな声で否定した。それだけは絶対に違うと。
「わたし……カナタの血を吸ったの、久々だった」
「どれぐらい?」
「ん~」
顎に指を置いて、少し考える。
やがて、
「二〇〇年?」
「にっ!?」
そういや吸血鬼って不老不死なんだよな……。クドの見てくれと思いっきり子供っぽい言動とカップケーキ騒動で忘れてたけど。
「たぶん……それぐらいだと思う」
当たり前のように言うクド。
「でも、たぶんだ。たぶん。その間の記憶はまったくないし、……それを夢で見ただけだからな」
「夢?」
「ん。……いつも眠ると夢を見るんだ。それはきっと……わたしの記憶の。過去の。わたし」
クドは少し俯いた。きっとそれは辛い夢なのだろう。
だけど止めなかった。話すと決めたのは何よりクド自身だからだ。だったら止めるべきではない。
「夢はいつも同じ内容なんだ。古い景色。おぼろげな視界。だけど音だけは聞こえて。街や作物が焼かれ、泣き叫ぶ人々の木霊する悲痛の声。それをわたしはじっと見ていたんだ。無感動に……ただただ見ているだけ。それを見て、心も痛まず、ただ、じっと。不幸になっていく人々を……」
クドはそれから顔を上げ、
「この前の答えだ」
「えっ」
「『どうしてキミは僕を助けてくれたの』というカナタの問いにわたしはちゃんと答えていない。だから言おうと思う。……きっとわたしはつみほろぼしをしようとしているんだろう。その夢を見続けて、きっとそれが古いわたしだと知って、そんな悪魔のようなわたしを変えたくて、否定したくて。わたしは延焼していく人や動物たちの代わりに助けられる命だったら助けてみせたいって思うようになっていった。無条件で手を差し伸べて、その手が払われようともその命を救いたいって思うんだ。……だからカナタを助けた。……だから血は吸ってないと、思う。たぶん。わたしにはそんな資格がないから」
信じて、と。
最後に彼女はぼそりと言った。
「はぁ~」
長い長い彼女の古い夢を聞いて、最後に僕は呆れるような息を漏らした。
信じて、だって?
ぽんぽんと俯くクドの頭に手をやる。
「もう信じてるよ。クドのこと。僕は」
ハッとクドが顔を上げ、そんな彼女に僕は笑顔を返す。
「キミにどんな過去があるにせよ。クドは僕のことを助けてくれた。それだけで十分信じるに値する。それにね、人を助けるのってそんな簡単じゃない。関わることで自分が不幸になるかもしれない。恨まれるかもしれない。それでも助けなきゃって行動出来る人は、きっといい人だよ。たぶんね」
撫でながら、僕は思う。
僕も初め、分からなかった。
彼女を助けた理由が。
もちろん、助けなきゃいけないと思ったのは事実。
だけど、それだけじゃないんだ。
僕も。
――僕も、この子と同じ。
理由は分からないけど、無条件で人を助けることを選ぶ。
そんな性格。
ああ……。
そうか。
僕がこの子を助けた本当の理由。それは。
――――似ているんだ、何となく。僕と、この子は。




