221 群れへようこそ
メアさんの案内の元、僕とクドの二人は夜の歓楽街を歩いて行く。
近くにある店だと彼女は言っていたが、流石に歩いて数分のところに店がある訳でもなかったらしく、しばらくの間僕とクドの二人は歩いていた。
その間、クドがメアさんから潜むように小さな声で尋ねてくる。
「なあ……いいのか?」
「何がだい?」
「……わたしたちの目的は、洗脳術師を探すことなのだろう?」
だから遊んでいる暇なんてないはずだ、そう彼女は考えている。
もちろんその考えは正しい。――だけど、少しだけ違う。
「僕たちの最終目的はそうかもしれないけど、ここに来た目的は吸血鬼の洗脳術師だよ。あの人は吸血鬼……なんだろう? だったら何かを知っているのかもしれない。吸血鬼のことを聞くなら同じ吸血鬼に聞くのが手っ取り早いよ。だから……今はこうしてあの人についていこう。なに、何かがあっても大丈夫。僕が何とかしてみせるから」
ポンポンとクドの夜の街でも輝きを失っていない銀色の髪を軽く撫でてやると、クドの強張っている表情が少しだけ和らぐ。
(大分……気負っているな、クド。責任を感じるのは仕方がないことだけど……)
悪いのはキミじゃないんだよ、とは軽く言葉にしない方がいいと思って僕はその言葉を口にすることはしなかった。代わりに彼女の緊張を解すことに全力を注いでやる。……兄の務めだ。
◇
「さあ、ここよ」
案内された場所はバーと呼ぶよりはスナックと呼んだ方が適切な不思議な情緒があった。忌憚なく言わせてもらうと決して繁盛している店ではなく、どこか隠れ家的な雰囲気があるようなお店。
ガールズバーと言うと「カクテル」とか「ワイン」なんかが似合うようなイメージだが、どうにもこの店は「日本酒」や「発泡酒」なんかがお似合いなような気がする。「ビール」ではなく「発泡酒」って言うところがミソ。だが、決して古臭い訳ではない。店の看板のネオンもどこか真新しい感じもするし『Freesia』と言う店の名前もお洒落で中々悪くない。
……まあ、ガールズバーなんて来たこともないけど。
大体が宅飲みだったし、そもそも職業は学生。
学生はこんな場所に来るのはあと数年は早い。
「小さな店かもしれないけど、結構悪くないわよ♪」
メアさんが僕たちを促すように店の扉を開き、僕たちが店に入ろうとしたところで、予想外の展開が起こる。
「あ~ら♡」
全身に怖気と寒気が走った。
声がしたのだ。
言葉自体は女性の言葉遣いだったのだが、声が完全に男だったのだ。中性的な男の声、ではなく。本当に紛れもなく男の――何だったら少し男らしい感じの渋い声。
「可愛らしい子ね。お客さん?」
「ママ、こんばんは」
(ママ……?)
――――――、
「ママぁっ!?」
誰がどう見ても、ママと呼ばれた人物は男だった。細くない。どちらかと言えば体躯はがっちりとしていて昔は国体の選手でした、何て言われたとしても違和感がないほどの屈強な肉体。――ただ、仕草がとても女っぽい。あらゆる意味で存在感が半端じゃなかった。
なよなよした屈強な男が隣の建物の中から出てきた。
「んまっ」
男の人は乙女がやるような両手を顔の前に合わせるポーズをすると、
「本当に可愛らしい子じゃな~い♡ ねえねえ、食べちゃってもいい?」
こちらに近づいてきた。
僕は引いていた。
クドは目を丸くしていて。
メアさんはやれやれと言った感じでため息を吐いて、ちょっと呆れている。
僕とクドの二人はほとんど同じタイミングで、
「う、うわ~……」
「お、おお~……」
違う意味の込められた吐息を吐いた。
意味的には同じかもしれない意味の本質はまったく異なるものである。
「な、何、なにナニ何なんですか! この珍妙な人はっ!?」
完全にパニくって思い切り叫ぶ。
「誰が珍妙だ、ゴラァ!」
ヤクザ程度では怖気付かなかった僕だけど、ギロリと睨まれドスの聞いたボイスで反撃されて、すっかり萎縮してしまった。
しかしクドの手前、逃げ出すことはしない。ある意味でクドがいてくれてよかった。体面を保つことが出来たから。
「あれ? こういう生き物見るの初めてだったりするの?」
メアさんは至って平常に言う。
「ひっどい! ひっど~い! メアちゃん、それはないんじゃない! 私は生き物じゃなくてお、と、め、よ!」
も~、と。
男の人はぷんぷんしている。
もはや僕は苦笑することしか出来なかった。
「アンタは乙女じゃなくて、オカマでしょうが。オ、カ、マ」
「お、……カマ……?」
初めて九官鳥が言葉を教えられたみたいにたどたどしく繰り返すと、
「そ。オカマ。ゲイ。ホモ」
メアさんはもう一度繰り返すのであった。




