021 新しい服と古い夢
「カナタには言わないっ!」
部屋のベッドの上でクドがぷいっとそっぽを向いていた。
いかん。
……からかいすぎた。
あまりにもクドの反応が可愛すぎてあれから延々と『可愛い』『可愛い』と言い過ぎてしまい、すっかり機嫌を損ねてしまった。
クドには聞きたいことがあったのに。
「ね、ねえ。機嫌直してよークド。僕が悪かったから~。でも褒めてるんだよ。可愛いって」
「む~、また言った。バカ。バカバカ!」
枕を投げてクドは反抗。
すっかり駄々っ子である。
むず痒い感情の正体が分からずにクドはすっかりご機嫌斜め。
それが照れだということも分からずに、だ。
色々とクドの機嫌を直そうと試みてはみた。
土下座だったり。食べ物で釣ってみたり。
だけど相も変わらずベッドの上でそっぽを向いていた。
「だから教えて! 僕って人間じゃないってのは何となく分かる。けど、僕っていったい何なんだろう。生屍人? それとも…………」
「むぅ………………ん」
クドが少しだけこっちを見て、何かに気が付いて視線が集中する。
「え」
それは。
「なに……それ」
じーっと視線が静止し、凝視。
クドが見ていたのはテーブルの上に乗った僕がクドの機嫌を直させようと思って持ってきたモノ。
「……」
「クド?」
さっきまでは怒りで僕が何を持ってきたのかも分からなかったようだけど、少しだけ時間が経ってお腹が空いたのか、物欲しそうにそれを眺める。
お腹に手をやって、体を二つ折りにして、生唾をごくりと呑んで。
僕は苦笑して。
「食べる?」
その途端、ハッと顔を上げて、
「い、いらないいらない!」
首をぶんぶん振って必死に抵抗する。
が、その表情からアレにもの凄く興味があるのは目に見えて明らか。
「いいよ、食べなよ。クドに食べさせようと思って持ってきたんだから。このカップケーキ。店で売れ残ったカップケーキだから食べなかったら捨てるだけだし」
今日の売れ残り分はイチゴと生クリームのカップケーキ。
それから僕はテーブルの上のカップケーキを持ち、
「はい、クド」
ベッドの上で視線が一点に集中しているクドに手渡す。
「こ、こんなもの……ふん」
言いながらクドは両手でカップケーキを受け取った。それから上目遣いで僕を見やる。
「どうしたの? 美味しいよ?」
「……」
クドはこくりと頷いてから、大きく口を開ける。彼女の大きな牙が零れる。そして、がぶり。
目を瞑りながら、んむんむと口を動かす。
と、クドが突然。
「~~~~~~~~~~~~~」
ふるふると体を震わす。
「~~~~~~~~~~~~~」
ふるふるしている。
感銘を受けたように。天啓を見たように。そして、
「おいしい!」
ぱあっと目を開けて、ぐわっとこちらを見た。気のせいでなければクドの瞳の中に星が見えた。
「おいしい! ものすごくおいしい!」
ちょっと興奮気味だ。
「そ、そう……?」
少し引いた。
ベッドの上に立ってクドはカップケーキを掲げながらくるくる回る。
「なんだこれ! なんだこれ! すごく。すご~くおいしいぞ! あは、おいしい!」
そしてあむっとまた一口食べる。
口の周りに生クリームがつく。
「知ってる? これ、すごくおいしい!」
「いや……ま、知ってるけど。父さんが作ったやつだし……ほら、覚えてる? さっき母さんと逢った男の人。あの人が作ったんだよ」
「そうかそうか♪」
たんとんとリズムを刻みながら、またもやぱくっと食べる。もむもむと口を動かす。
「~~~~~~~~~~~~~」
ふるふる震える。
それを何度か繰り返して。
ようやくクドの手からカップケーキが無くなった。
「はあ……」
恍惚な表情を浮かべてからとすん、と。ベッドの上に腰を下ろす。
僕はというとぽかんと呆気に取られていた。
まさかこんなに喜ぶとは思わなかった。
指に付いた生クリームやスポンジも綺麗に舌で舐めとってるし……。
「聞きたいことがあるって言ってたな……」
「え、あ、うん」
クドは小さく目を瞑り、
「わたしの好きなものはかっぷけーきだ。好きな食べ物はかっぷけーきだ。好物はかっぷけーきだ」
そう言った。
「いや、あのクドさん?」
「おいしい食べ物はかっぷけーき。必要栄養素はかっぷけーき。生き物はかっぷけーきと水さえあれば生きていける。ほかに聞きたいことは?」
「もしもーし!」
すっかりクドはカップケーキの虜、というよりはカップケーキ中毒みたいになっている。
機嫌を悪くしていた過去などすっかりどこかへ吹っ飛んでしまい、すっかり笑顔で僕と会話をしていた。
まあ、ほとんど一方的に話しているだけだけど。
猫にマタタビというか。女の子に甘いものというか。
もしかしたら吸血鬼にカップケーキを与えてはいけないものの類だったのだろうか。にんにくとかネギとかは入っていないはずだが。
……やっぱり子供なんだな。食べ物一つでこうも機嫌が直るとは。
ともかく。
今はひたすら父に感謝をせねばなるまい。
クドがこの家に住まうことを二つ返事で『OKだ! 夕実ちゃんが言うならなんだってOKだ!』と親指を立てて、きらりと歯を光らせたことも、こうやってクドの機嫌が一気によくなったことも。
ひたすら感謝。




