206 “悪疫”と“十字架を背負う者”
「遅いな」
率直な感想だった。
あれからしばらくしても梨紅ちゃんが戻って来る気配がなく、クラスメイトの何人かもざわつき始める。
「まさか来栖さんがサボり?」
「まさかー、お前じゃないんだから」
「なにおう」
疑惑はすぐに雑談へと変わっていく。
いなくなったとはいえ、ここは人目のつく駅前で、月城高校からそんなには離れてはいない。
その気になれば走って一〇分もかからない。
真剣味が足りない。
だから、みんなは心配そうな素振りを見せつつも、心の内では「どうせサボり」ぐらいの認識しかない。
ただ僕は。
少し、心配性だったようだ。
「クド」
「カナタ?」
「よかったらでいいんだけど、梨紅ちゃんの様子を見にいってはくれないかな。出来れば、不可視の状態で」
「見えない方がよいのか? この恰好なら怪しまれずに見に行けるぞ?」
「確かにそう、なんだけど……」
クドの言い分は最もであり、正しい。
だからこれは、僕の心配性。
言葉で言うと、
「保険、かな。一応の、ね」
「ほけん?」
梨紅ちゃんは普通の子とは少し違う事情がある。それを知っているのは僕とクドぐらいだ。……先生はもしかしたら知っているのかも。直接聞いたわけではないのだが。
だからこその保険。
そもそも梨紅ちゃんが授業をサボるようなタイプには思えないのだ。
それはクラスメイト全員が持っているであろう共有認識。
クドは首を傾げつつも、
「分かった。ちょっと見てくるぞ」
「お願い」
姿を消してから、駅の西口方面へと飛んでいった。
ふよふよと空を飛びながらクドラクは梨紅の姿を探す。
だが見つからない。
おかしな話である。
あれからすでに一〇分以上は経っているというのにどうして梨紅の姿を見つけることが出来ないのだろう。
トイレが長い、にしても限度がある。
(ん……?)
クドラクはいったん空中で停止した。
「やっぱりカナタはすごいな」
思わず感嘆する。保険だと彼は言っていたが、その保険の意味がようやく分かった。
すぐにクドラクは下降。
降り立って、右手を前に翳す。
目を瞑り、集中する。
(強い……霊力の残滓がある。でも……これは)
クドラクが意識を集中して降り立った場所の気配を探る。空中からでも分かるほどに、今クドラクがいる場所から強い霊力の波動を感じたのだ。
しかしそれは残滓と呼べるような代物で、ほとんどが残りカスのようなわずかなモノであった。
(うん。やっぱりだ。……霊力は二つある)
おかしな気配だとは思っていたが、降り立って気配を探ればそれは明らかとなる。
二つの強い霊力がこの場の空気中に消えゆくロウソクの灯火のようにわずかながらに混迷していた。
一つはクドラクの慣れ親しんだモノ。
恐らく、これは宿敵が放っていたであろう霊力。
(でも……いつもとは霊力の“気質”が違うような気がするな。いつもリクが放っていた霊力はどこか不安定で、“若い”感じのする霊力なら、この霊力の感じは“老練”されているかのような……)
確かに妙な気配だった。
霊力の残滓というのは何かの力を使って、初めて残るモノである。しかしそれはわずかな力であれば塵のように風に飛ばされ風化されてしまうのだ。
だがこの“老練”な霊力の残滓は、その場に一定の量の霊力を残している。
「……」
クドラクは軽く首を捻りながら、もう一つの方の霊力を探ることにした。
こっちは分かりやすくて、分かりにくかった。
ほとんど消えかかっていた。
霊力の残滓としてはこれが普通なのだ。
分かりやすく力を使って、分かりやすく消えかかっていた。霊力が風化する寸前だったためにクドラクでさえも霊力の波動をちゃんと探らなければ見逃してしまうところであった。
かなたの「保険」というワードが心に引っかかっていなければ、はっきりと言って見逃していたところであろう。
(霊力は……こっち? こっちに伸びている、かな?)
クドラクはそのまま霊力の残滓を追いかけてみることにした。




