200 少年くん
「バックレよう!」
いきなりそんなバカなことを言い出したのは白檀であった。
気持ちが分からないでもない。でも僕の答えは決まっていて、
「文句があるなら先生に言いな。たぶん、絞め技か投げ技、好きな方を選べって言われると思うけどね」
「そっちも嫌だ~!」
最強の殺し文句だった。
僕のクラスの担任教諭、人呼んで“月城の鬼”八神環奈先生は世間の評価などまったく気にしない。気に入らないヤツには何の迷いなく手を上げるし、体罰なんて言葉は先生の辞書には存在しない。ナポレオンも真っ青なぐらい単純な辞書である。現にクラスの何人かの生徒、……僕も含めてだけど、先生に手を出されたことがある生徒も少なくない。
でも……意外とこれが問題になっていない。理由としては恐らく先生の体罰は体罰なのだが、体罰っぽくないのだ。……何て言えばいいんだろうか。……じゃれ合い? の延長線上のような感じがする。すっきりしているというべきか、もちろん叩かれたら痛いし、投げ飛ばされればもっと痛い。絞め技に至っては何度か生徒が落ちた。
はっきりと言って滅茶苦茶だ。
でも滅茶苦茶だけど理由のない暴力は決してしない。そこにちゃんとした意味がある。意味があるからこそ、先生は僕たち全員に慕われているのだ。どんなに、――滅茶苦茶でも。
「お前はよくやるよなあ……こんな面倒なこと」
「そう? 僕は面倒だなんて思わないけどな」
「それはお前が度を逸したお人よしだからそう思うんだ!」
「そんな怒んなくても……」
「俺は面倒だ! 駅前の掃除なんて! たとえ授業だったとしてもなあ!」
そう、今日の授業はいわゆる『課外授業』のようなものだ。内容は駅前の掃除。単純に言えばボランティア活動。
月城町の駅前に赴き、西口を女子が。東口を男子が掃除をするといったような内容。
学生身分の身としては面倒なことこの上ないだろう。それが普通の感覚だということも理解している。
当然、中には白檀のようにサボろうと画策しようとするものも当然現れる。――が。監修“八神環奈”という一文をたった一言加えるだけでその数はぐんと減る。
なんという恐怖政治。
そういう意味では先生の行動は生徒たちにいい意味でも悪い意味でも効果的なのだろう。
「しかし……女子は西口か~。いいよな、西口はこっちに比べてゴミが少ないって話じゃないか」
「まーそうだね、どうしたってゴミが増えるのは上りの方だろうしね。下り側の西口はそういう意味ではラッキーなのかも」
「不公平だ。女尊男卑だ……」
「そこまで言うか……」
さすがに言いすぎだろ、白檀よ。
「まー、そう言うな。さっさと終わらせてジュースでも飲もう。早く終わらせて休憩する分には先生も口を出さないだろうし」
「はー……そうだな。愚痴をグチグチ言っていても仕方ない、か。……うしっ、いっちょやるか!」
ま、根はいい人なんだよな、こいつも。白檀は僕のことをお人よしだって言うけど、白檀も僕に負けず劣らずのお人よしだよな……。だからこそ、教会の子供たちも白檀に懐いているんだろうけど。自覚はしてなさそうだけど。
さて。掃除掃除。
(そういえば……)
僕は手と体を動かしながらふと考える。
(クドは今日が初めての課外授業だけど、大丈夫かな。……東口と西口で場所が離れてしまったから少し心配だな。……まー、でもクドはクラスの女の子たちに可愛がられているし、心配するようなこともないか。何だったら梨紅ちゃんもいるんだし……よーし、掃除をさっさと終わらせてクドの様子でも見に行くか。そうすればクドも不安がらないで済むぞー。よし、頑張ろう)
と、意気込みながら掃除をしようとして。
「ん……」
この課外授業はクラス単位で行っていて、週替わりでクラスを変え、駅前の掃除をするといったような内容のモノ。なのでこの駅前の掃除をしている人たちは僕と同じクラスの人間ばかりのはずだ。しかし……。
「あれ……誰だろう?」
見知らぬ人間が僕たちと混じり駅前の掃除をしていたのだ。
背格好は僕たちとほとんど変わらない、同年代の男の子のようで、どこかの学生のようだが制服が違った。あの制服は他校のモノだろうか。
「なあ、白檀」
何となく目に留まった情報を整理すべく、僕は手を動かしながら白檀に話しかける。
「あれ……誰?」
「あれ? どれ」
「あれ。あの、向こうのさ」
「向こう?」
白檀はいったん手を止め、僕の指摘する方向へと顔を向ける。
「さあな。他校の生徒みたいだが、他の生徒の姿は見えんな」
「だよね」
一人だけ他校の生徒が混じっているというのは何とも異質だ。しかし不審者とも思えない。何しろやっていることはゴミ掃除なのだから。
ゴミを拾う不審者。
うーん、何ともコミカルアンドピース。
「……まあ、放っておいてもいいんじゃないのか?」
「……そうだね」
やってることがやっていることなだけに僕と白檀の二人は特に警戒することもなく、掃除を続けることにした。




