196 クラリス、自分の勘違いに気が付いてホッとする
本当のところを言うと、クラリスは久遠かなたの背中で目を覚ました。
でも狸寝入りをすることにした。
理由は、簡単だ。
恥ずかしかったから。
それ以外にない。
狸寝入りをしながらクラリスは思い出していた。
彼の。いや。あの男の。あの言葉を。
――クラリスさんと、――友達になりたいんだ。
――ぎゅっ。
「? ……あれ?」
思わず力が入り、無意識の内にかなたの首筋を掴んでしまう。もちろんかなたもそのことに気が付き、不審そうにクラリスの方を見るが、
「……すう……すう」
クラリスが寝息を立てていることを確認すると、
「気のせいか」
と、何の疑問も持たずに前を見て再び歩みを進め始めた。
クラリスは内心、
(……ほっ。よかった……気が付いていない。さすが……鈍感男)
軽く毒づきながらほっと一安心するように胸を撫でおろす。
最初、クラリスが眠っていたのは本当のことだ。かなたに友達になりたいと言われて、その後に頭を撫でられて、軽くパニックになった。そんなことを言われたことも、頭を撫でられた経験もクラリスはなかったのだ。その結果、彼の手を振り払い顔の熱さを誤魔化すように走り去ろうとして、こけた。それはもう、盛大に。
その後、酔いと疲れのせいで気絶するように眠ってしまったらしい。
そして今しがたクラリスは目を覚ました。
――なぜか、久遠かなたの背中の上で。
最初、本当ならクラリスはすぐにでも彼をはっ倒してでも背中から降りようとも思った。――いや、いつものクラリスならそうしていた。こんな辱めを受けるぐらいなら死んだ方がマシ。そうとまで考えるのがクラリスという少女の本質のはず。
でも、そうしなかった。
いや。
――出来なかった。
理由は、前述の通り。恥ずかしいから。
あの言葉を聞いてからと言うもの顔が熱を帯びたように熱くて熱くてたまらない。思い出すだけで今もなお顔が熱い。
だけどそれはおかしな話である。
だってさっきまで顔が熱くなっていたのは知らず知らずの内にお酒を呑まされたせいのはず。
(でも……もし本当にそうなら、どうして今もこんなに顔が熱くなっているの?)
また顔が熱く。
――ぎゅっ。
顔が熱くなるとまた無意識の内に力が籠り、かなたの背中に体を押し付けるような形になった。恥ずかしさで頭がボーっとしてくる。
(そういえば……私。こんな風に誰かの背中におぶさるなんて……何年振りなんだろ。……ははっ、もう……覚えていないや……)
こうやって間近で見てみると、この少年の背中は大きい。……そして何より、この背中は――温かい。
「……………………………………パパ」
ぼそりと。誰にも聞こえないような小さな声で呟くと、クラリスはまた眠気に襲われ始めた。
もう眠ってしまおう。きっと自分の勘違いだ。何もかもが。全部。
久遠かなたのことを意識してしまったのも。自分の大好きなパパと同じような温かさと大きさを感じてしまったのも。この顔の熱さも。
何もかも全て。
自分の勘違いなんだ。
きっと、そう……。
(……そういえば、さっきから……背後の方で妙な視線と気配を感じるような気がするけれど……それも……ぜんぶ……お酒の……せい……なんだ……)
そしてとうとう睡魔に打ち負けたクラリスは重くなった瞼を閉じ、眠りの世界へと……。
◇
「…………………………………………かーくん」
背後の方でわずかに聞こえた声は夜半の風に掻き消えていった。