194 クラリス、自分の勘違いに気が付いてホッとする
女子中学生に実は酒を呑ませていたのだと正直に話した結果。
「な、な……な……な」
まずうろたえた。
「……こ、……こ……この……」
次に震えた。
「大馬鹿クソ野郎があああああああ!!」
そして殴られた。
思いっきり。五本の指全てに銀の指輪がはめられた拳で。顔面に。ぐーぱん。
「ぐはあ!?」
ごろごろと後転して最後に公園の街灯の支柱に頭をぶつけた。
……いたひ。
でも……まあ。当然の成り行きだろう。酒を呑ませていたんだ、そりゃあ殴られる。いや、殴られて当然。天誅。
「あ、いてててて……」
若干くらくらする頭を振りつつ、顔を上げるとそこには。
「ふー……ふー……」
顔を真っ赤にして肩で大きく呼吸をしている修羅が。
……こわひ。
「ど、どういうことか説明しなさい!」
「えっと……」
「今すぐっ!!」
「は、はい!」
即座に正座して事情を話すことに。
◇
「は、はは……」
クラリスさんが頭を抱えながらふらついた。足元がおぼつかないのは先ほどと同じだが、恐らく今回のふらつきは酔っぱらっているからという訳ではないのだろう。たぶん、呆れの部類。
どちらに呆れているのかは二者択一だが――、自分ではないことを祈るぐらいしか今の僕には許されていない。
ふらつきながら彼女がぼそりと、
「じゃ、じゃあ……何。え、どういうこと……。この顔の火照りも。妙に動悸が激しいのも……ぜ、全部……ぜ~んぶ……お酒……のせい……だったって……こと?」
「……はい?」
何かを呟いていたのだが声が小さくてあまり聞き取れなかったので思わず声をかけてしまったのだが、クラリスさんは気が付いた様子を見せず、
「え……じゃあ、何? わ、私……と、とてつもない勘違いをしていたということ……?」
「……勘違い?」
要点を得ない独り言を続け、
「あ、アレ……と目が逢ったからドキドキしたんじゃなくて……た、単純に酔っていたから……お酒を呑んでいたから……ドキドキしちゃっただけで……銀髪の吸血鬼が変なことを言うから意識したのではなくて……は、はは……全部、お酒のせい……あ、あは……あはは……あはははっ……はは……は」
乾いた笑いを続けたのち、
「よ、よかった~っ!」
再び目尻に涙を薄く浮かべた後、ものすごい笑顔になっていた。
「???」
……どうしたんだろう?
僕には彼女の笑顔の意味がよく分からなかったが、何やら大変喜んでいるということはその一挙一動を見れば分かる。
嬉し涙のような涙を軽く拭った後、
「ふ、ふん。あ、あ~あ……もう、そりゃそうよ。そんなのあり得る訳ないじゃないの。ふ、ふふふ……」
「……」
見たことのないレベルの笑顔を浮かべていた。そりゃあ……もう。嬉しそうに。
……でも、笑っている方がいいに決まっているし、まあ……いいか。
笑顔の意味は分からなかったけど、あまり触れないことにしておいた。僕がまた余計な茶々を入れて泣かれても困る。……困る。
「アンタ!」
クラリスさんが大きな声で僕のことを呼ぶ。急に大きな声で呼ばれたので少し驚いたが、返事をすることにした。
「あ、うん」
ちょっと気が抜けてしまっていたのか、
「ぷっ! 何よ、その顔は!」
笑われてしまった。
「あ、あはは……」
クラリスさんに釣られるように僕も軽く笑ってしまう。
(ん~……何だ?)
笑っていると何かの違和感を覚える。悪い違和感か良い違和感かと尋ねられれば良い違和感だと答える内容のモノなのだが……。何か……変だ。
「あ~あ、負けちゃった。これで二回目か、アンタに負けるのは」
「あ」
そうか。何で違和感があるのかと思ったら、クラリスさん。
(まだ……笑ってる。自分で“負けた”って言っているのに、笑ってる……)
自分で気が付いているのかな……。その、変化に。
でも……あえて、僕はその変化について何かを言及しようとはしなかった。この変化については自分で気が付くべきなのだ。その変化はきっと。触れれば消えてしまう幻のように儚くて、しかし夢のように掴むことが出来れば、自身の力になるようなモノなのだから。
「…………………………気が付いてほしい、な」
願わくば。やはり。
「ちょっと、聞いてるの」
「え……あ、ああ。ごめん」
気が付けばクラリスさんがこちらを見下ろして首を傾げていた。
と。
「そろそろ立ったら?」
「あ」
見下ろしているだけではなく。僕に向かって手を伸ばしていた。
僕は。その手を。
――取った。
「よ……っと」
「ふう。ありがとう」
僕がお礼を言うと、
「別に……これぐらい……」
と、口ごもる。
「はは……」
やっぱり……照れ屋なのかな?
「それで?」
クラリスさんが風で揺れた髪を掻き上げながら、僕に尋ねてくる。
「何をすればいいのよ」
「え……?」
いきなり過ぎて質問の意味が一瞬理解出来なかった、が。
「だから。この勝負に勝った方が負けた方に何でも命令が出来るっていう、アレよ。アレ。その内容」
「あ」
……そういえばそんなのあったけか。本気で忘れてた。言い訳じゃないけど、泣かれたことが衝撃過ぎて、そのことが頭の中から忘却されていた。
「……アンタの靴でも舐めればいいの?」
「どんな鬼畜!?」
どんな世界で生きていればそんな発想が出てくるのかちょっと聞いてみたくはあったが、やっぱりちょっと怖くなったので聞かないことにした。
「そ、そんな命令しないよ! ってか、そんなこと普通は女の子にさせたりしないっての!」
「そなの?」
……どうしてそこで不思議そうな顔するかな。
真剣に僕が負けたりしなくてよかった。もし……負けたりなんかしていたら……。ぞぞぞ~。
「じゃあ……なによ。私に何をさせたいのよ」
あ、改めて対面して言うとなるとちょっと緊張するな。……べ、別にやましいことをさせようっていう訳でもないのに、緊張してしまうのは恐らく僕の中でも一大決心のいるような内容だからだろう、と思う。
別に内容自体は大したことじゃない。ただ、相手が相手だから緊張してしまう。
だけどいつまでも僕が固まってしまっていては話が進まない。
ここは年上らしく。男らしく。
――よし!
「これからは気が向いた時でいいから、ウチにおいでよ。クラリスさんの自由でいいからさ」