190 クラリス、酔わせて
その後、あまりにも連敗を続けるクラリスさんを可哀想に思った僕の提案により、勝負を七並べへと変更した。このゲームであれば、運だけでも勝てる。そう思ったからだ。
予想通り……というか、何というか。やはり彼女は七並べのルールも知らなかった。
一応簡単にはルールを説明しておいた。ルールは僕は簡単に知っているので割愛するが、ルールを説明した時、クラリスさんは力強く頷いていたのであまり心配はないと……思う。
さっきのさっきなので、ちょっと自信はないけど……たぶん、大丈夫だろう。
(やっぱり……これ、二人でやるようなゲームじゃないな。時間かかるな……)
もうすでに十何巡目まで回数を重ねても七並べは終わる様子を見せず、勝負に勝つために集中しているクラリスさんでさえ、どことなく空気の気まずさに耐えられなくなったのか時折ジュースだと思い込んで何度もカクテルドリンクを傾けていた。
お酒を一口呑んでから、ふと。
「ねえ……今日のアイツ、何かあったの?」
クラリスさんがそんなことを聞いてきた。
「アイツ? アイツって?」
「だ、だから……アイツよ、アイツ。あの……銀髪の」
「あ、ああ」
一瞬、誰のことか分からずに首を傾げてしまったがクラリスさんの視線がベッドですやすやと寝息を立てているクドに向かっていたので、察しが付く。
「……何か変だったし。……まあ、変なのは私もだったような気もしなくもないけれど……」
「え? あ、ごめんなさい。最後の方がよく聞き取れなくて」
「い、いい! 聞こえてなくて!」
ばん! と、クラリスさんが顔を真っ赤にしながらハートの二を出した。
ど、……どうしたんだろう?
(でも……変、か。確かに今日のクドは妙にテンションが高かったような気もするな……。でも……たぶん、それってお酒を呑んでいるからなんだよな。でも……確かに今日のクドの酔い方は前の酔い方とは少しだけ違ったようにも見えた。……あ、そうか)
考えている内にある答えにたどり着いた。
「学校……か」
そうか……。最近、クドの元気が妙に明るく見えるのってクドが学校に通っているからなのかもしれないな。
もし、学校に通うことでクドの中にある元気がお酒の力を借りてでも表面に現れてきているのだとしたら……それは、うん。とても……嬉しいことだな。
「学校……? 吸血鬼が……?」
まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして驚きを隠せないような声を出すクラリスさん。
「そんなに意外?」
「だ、だって……」
明らかにその顔は納得していない。いや、納得なんか出来るものか、ってな感じの顔だ。彼女の性格から考えてもそう考えていても不思議ではない。
僕は次のカードを出しながら、
「……いいことじゃないか」
僕はそんな一言でクラリスさんの考えているであろう疑問を払拭した。
「クドは吸血鬼だ。しかも“悪疫”だなんて呼ばれるような恐ろしい力を持った、ね。……でも、そんなこと関係なく、僕は彼女が学校に通うことになって単純に嬉しいよ。クドだって楽しそうに学校に通っている。だったらそれでいいじゃない。……違うかな?」
「……ぐ」
僕の言葉にクラリスさんが一度言葉を呑み込んだ。
――何を思ったのか。
――何を考えたのか。
その僅かなる迷いの中に、一体何があったのか。
それは……分からなかった。
「……はー」
やがて、ぼそりと。
「ほんと……アンタと関わると私が私でなくなる」
「え?」
「悔しい……。だけど……なんでだろ。心が……軽くなったような気分になれる」
言葉通り、クラリスさんの顔から険しさが消えた。
……その顔が見たかったのだと、僕は思い出すことが出来た。なぜ、こんな勝負をしていたのか。その顔はただの一五歳の少女の顔であった。
「……やっぱりいいよ。そっちの方が」
「え?」
気が付けば僕の口から勝手に言葉が出てきていた。
もう止まらない。そんな感じで、
「何度見比べても、何度考えても。やっぱり僕は今のクラリスさんの方が魅力的だって思うよ。無理に笑えってな話じゃない。今のキミは自然に笑えてる。それ、自覚してるかい? 自覚していないのなら、それをちゃんと自覚してほしい。知って欲しい。キミはちゃんと笑えるって」
こうやって誰かと一緒に遊ぶことだって出来るんだって。
……とは。あえて言わなかった。
言えば波風が立つとも思ったし、何より、そのことには自分自身で気が付くことの方が大切だと思ったからだ。
と。
(あれ……?)
カードを出しながら話をしていたせいで気が付くのに一瞬遅れてしまったが、顔を上げるとクラリスさんの体が震えていた。
顔を真っ赤にして。
「~~~~~!」
「あれ……? どうし」
「だ~~~~っ!」
体の調子でも悪いのかと思って声をかけると、クラリスさんはおもむろに立ち上がり、叫び声をあげる。持っていた手札を床に叩きつけ、
「な、なんなのよっ! アンタはっ! そ、そんな恥ずかしいことばっかり言って! 私をどうしたいのっ!」
子供みたいに地団駄を踏む。
「は、恥ずかしい……?」
自覚がまったくなかったのだが、どうやら僕は彼女が気に障るようなことを言ってしまったらしい。しかし彼女が言っているのがどれのことだかまったく見当もつかない。何しろ無自覚で言ってしまったようなことだったのだ。無理もない。……うん。すぐに謝ってしまおう。困ったら土下座。これに限る。
と、男の子として情けないことこの上ない行動を実行しようとして、
「も、もう我慢ならないっ! 表出ろぉ!」
――時すでに遅し。