018 変態シスター現る
命がけの鬼ごっこは日が落ちてもまだ続いていた。
「ぎゃあああああああああああああああ! もうほんと勘弁してー!」
「グッド! グッドですわ! 激しい一面も持ち合わせているなんて……たまらない……ですわああああああああああああああああああああ!!」
セラは顔面に瓦を投げられたことに対し怒っている様子はなく、むしろ称賛していた。
「完全な受け顔かと思えば、そういう一面も持ち合わせているだなんて……最高。さいっこうですわ」
受け顔ってナニ!
ほんと、ナニ!?
閑静な住宅街に悲鳴が木霊する。
もう自分が屋根の上を走っていることに驚いている場合ではない。自分がビルの三階ぐらいの高さを跳躍し、軽々と飛び回っている状況にびっくりしている場合ではない。
逃げなくては!
僕の中にある全ての警報装置がレッドゾーンを示す。
「クオンク~ン」
セラは修道服の懐からサバイバルナイフを取り出し、
「ニゲナイデ~」
指の間に挟んで、
「オハナシシマショウ」
計八本のナイフを、
「ヨ!」
投げた。
「ちょ、ま!」
咄嗟に驚くべき身体能力で飛んできたナイフをかわす。ちょうど僕がいた辺りにナイフが突き刺さり、屋根に穴が開く。
驚くことに。
セラはナイフを投げたことに罪悪感を覚えていない。それどころか、
「ふひひ」
にやりと笑って、
「活きが良ければ良いほど」
ケモノのように目を光らせて、
「調教のしがいも上がるってなもんですわ!」
再び投擲。
シュッ! ズカッ!
何本ものナイフを投げ、襲い掛かってくるセラ。それを僕は死にもの狂いで避ける。信じられないことにナイフは一度も当たっていない。
けど……ギリギリだ。少しでも反応が遅れればナイフは僕の体に直撃する。
だからこその死にもの狂い。
そしてその僕をセラは追尾。
どん! という衝撃。
セラが跳躍してくる。
「ひ、ひっ」
口裂け女のような表情とラスボスのような身のこなしで、セラが空中でムーンサルト。
くるくると回りながら、ナイフを投げる。
「おほほほほほほ!」
「くっ!」
一度静止。そしてすぐさまに屋根を蹴ってとんぼ返り。ナイフはまたもやギリギリのところで当たらず、かわす。
が。
(しまっ……)
やったこともない宙返りのせいで瓦に足を取られ、バランスが崩れた。
そして、悪魔と目が逢う。
「いやあああああああああああああああああああああ!」
絶叫。
僕が悲鳴を上げて、死を覚悟したその時。
ごいん。
(えっ……)
宙を舞うセラが住宅街の街灯に頭を直撃した。暴走したセラは周りの景色に目がいかず、街灯に気が付かなかったらしい。
街灯に頭をぶつけたセラは走っている車にぶつかったセミみたいに、ずるずると街灯を軸に落ちていく。
正直、身動きを取ることが出来なかった。
それから、やがて。
街灯を持って、するすると屋根から滑り降りる。そして足先でつんつんとセラが起き上がってこないのを確かめて、
「や、……やった……やったぞ! やったんだ!」
歓喜のあまり、ぼろぼろ泣いた。万歳をして、オリンピックの金メダルを取ったみたいに震えた。
た、助かった……っ。ほんっっっと、助かった! ほんと、本当に死ぬかと思った!
それからやっと。ほっと胸を撫で下ろして、へなへなと崩れ落ちた。