180 久遠クドちゃんの大変で楽しい学園生活
クドは僕の想像以上にクラスの人気者となった。
一時限目、二時限目、三時限目の合間のわずか五分足らずの休み時間の間、クドの周りには人だかりが出来た。転入生だけではこうもいかないだろう。やはりその見た目と留学生という物珍しさに、クラス中のみんなが浮足立った。
「ねえねえ、クドちゃんって呼んでもいい?」
「いい……けど?」
「本当に髪、キレイだね~。ちょっと……触ってみてもいい?」
「いい……よ?」
「頭撫でていい?」
「えっと……?」
まあ……人気者というよりは愛でる愛玩動物のような感じもしなくもないが。
クドもそこまで嫌がっていないようにも見えるし、まあ……いいか。
とりあえず……僕のすべきことは、と。
僕は一時限目と二時限目の間はクドの様子を伺うために教室に残り、ずっとクドの傍にいた。――が、やはり僕の心配するようなこともなく、クラスのみんなに可愛がられていた。余計な心配だったと、反省して、二時限目と三時限目の間に僕は必要なモノを買いに行くためにこっそりと学校を出て、すぐに戻って来た。
そして、昼休み。
今、僕は教室にクドを残して、職員室の前まで来ていた。
(とにかく……話をしないと)
ノックして職員室の中へ。
すご。
職員室の中に教師に交じって、不良がいた。
探す手間が省けたことは大変喜ばしいことだが、それでいいのかと思わず聞いてしまいそうになる。
僕の目的はずばり八神先生。
そしてその目的の先生は職員室の中で机に足をどかっと乗せ、近づきたがいオーラを放っていた。
(あの人……本当に教師?)
一応メガネに白衣は羽織っているので教師モードでは間違いないものの、その不機嫌さから滲み出るオーラのせいで教師と言うかヤクザにしか見えない。そのことは教師間にも伝わっているのか先生の机の周りには誰も近づこうとしていない。
でも……考えようによっては好都合だ。
僕は意を決して、
「先生!」
と、職員室の入り口の近くで不機嫌そうな白衣の教師に呼びかけた。
先生は、
「あん?」
と、首だけを動かして僕を見た。
「ち」
……舌打ちしたよ、この人。
どうやら僕が来るのを分かっていたのか、首の裏を面倒そうに掻きながらも机から足を下ろして立ち上がる。
「なんだ」
「なんだ……って、まあ。大体想像はついていると思いますけど?」
「まーな。けど、悪い。今は無理」
「何でです?」
「これから職員会議」
「先生の口から先生っぽい言葉が……」
「うるせー」
仕事なら仕方ない……。
と、納得するとでも思うてか。
こっちは先生の都合なんて知ったこっちゃないレベルで気になる案件がある。僕は後ろポケットに忍び込ませていたとあるブツを先生に見せた。
「先生……とりあえず、一服しに行きませんか?」
先生に見せたのはタバコだ。
先生は、
「!」
一瞬で僕の手からタバコをふんだくった。
それは生徒がタバコを持ち歩いているという素行を注意するためではなく、
「行こう。すぐ行こう。今行こう」
先生のタバコを吸いたいという欲を満たすためのものであった。
やっぱり、と。僕は思った。
今日、先生がタバコを吸っている姿を一度も見なかった。もしかしてタバコが切れているのでは? と思った僕は休み時間の合間に先生の行きつけのタバコ屋にタバコを買いに走ったというわけである。
案の定先生は僕の肩を抱き、職員室を出ていった。――っていうか、走った。走って、そして出た。
「ふい~」
先生が階段下の日陰でタバコを一吸い。そして白い煙をもくもくと口から吐き出す。
「いや~気が利くね、お前。今日、タバコが切れてるの忘れててさ、いや~ほんと焦ったわ」
「そんなにいいもんですかね、タバコって」
「ガキには分かんねーよ。……ふー」
相変わらずのニコチン中毒っぷりだが、今はそんなことどうでもいい。僕は先生の傍まで近寄り、周囲に聞こえないような声で囁く。
「で。どういうことなんですか」
「何が?」
「分かってるでしょう。クドですよ、クド。何でクドが学校にいるんです? しかも、ウチの制服まで着て!」
「姉さんに頼まれただけだよ」
「頼まれたって……」
「姉さんがな、“クドちゃんを環奈ちゃんのクラスに編入させて~”って言ってきただけ。で、オレはそれに応じただけ。そんだけだ」
「そんな無茶苦茶な」
「無茶苦茶なのはお前の母親だろ?」
ぐ、と。僕は喉を詰まらせる。先生の口から正論が飛び出るとは。明日はきっと雪どころか槍の雨が降るに違いない。……しかし、何でまた母さんはクドを学校に通わせようだなんて思ったのだろう。そこが謎。
「……何かよ、あれこれ考えるのもいいけど、オレなんかに聞くよりも本人の口から聞いた方が早いんじゃねーの? 姉さんには姉さんの考えがあるように、あの小さな子にも小さな子なりに考えた結果、お前と同じクラスに入ったんじゃねーのか?」
……確かにそうだ。クドの様子から察しても嫌そうな雰囲気はなかった。寧ろ、喜んでいたようにも見えた。それこそ、自分から望んでいたかのように。
僕は、先生の手にタバコの箱を押し付け、
「……分かりました。ありがとうございます。僕、ちゃんとクドと話してみますね。……あと、その。二度目になりますけど……ありがとうございます。クドのこと、この学校に通わせられるようにしてくれて」
頭を軽く下げてその場を後にした。
走りながら、ふと。
(でも、変だな。一教師が、急な編入生をどうこうできるものなのかな?)
そんな疑問が頭の中を過ぎった。
だけどあまり気にせずに教室に戻った。
戻って、僕が目にしたものは。
「あ~う~」
クラスの女子たちにもみくちゃにされたクドの姿だった。
「クド~!」
この後、兄としてクラスの女子たち全員にめちゃくちゃ説教した。