179 久遠クドちゃんの大変で楽しい学園生活
銀髪の褐色美少女、久遠クドが転入してきた。
その事実は月城高校一年B組にとって、大変大きな事件であった。ただの転入生であれば、ここまで大きな事件ではないと思う。事件に大きいも小さいもないとどこかの刑事ドラマで言っていたような気もするが、やはり銀髪に褐色の美少女留学生というものは年頃の男子女子学生諸君からすれば、十分過ぎるほどの大事件だったらしい。
教室中がどよめいた。ざわめいた、ではなく。
どよめいた。
「俺、初めて見た……留学生」
「可愛い~♡ 何アレ、お人形さんみたい」
「クドちゃんマジ天使」
先生が教壇に立っているのにも関わらず、他の生徒たちのどよめきが収まる気配はない。だけど、それも仕方がないことだと思う。何せ、クドの見かけは完全に外国人で、しかも美少女――いや、美少女ロリ。イベントに飢えている学生たちにとって、これ以上に無いビッグイベントであろう。
「あー、久遠クド。見ての通りの留学生だが、日本語にはある程度精通しているから、言葉の壁なんぞ気にせずに仲良くしてやってくれ」
先生が先生らしいことを言っているが、僕はそんな先生らしい素行などまったく興味がない。というか、意識が飛びそうになっている。
(く、クド……だよね? どっから、どー見ても……クドだ。こっち見て笑ってたし、何より僕がクドを見間違うなんてこと……ありえないし)
僕はちらりと隣に立っていた梨紅ちゃんの方を見た。
「…………」
視線に気が付いた梨紅ちゃんが僕を見て、ふるふると首を横に振って僕と同じように驚きを隠せないことを示す。
そりゃ……そうか。
理解が及んでいないのは僕も同じだ。
な、何でこんなことに……?
思考をぐるぐると回転させながら、ありとあらゆる可能性を模索した結果。
久遠かなた検索エンジンの検索結果。
もしかして:母さん?
と、出た。
というか、それしか思いつかない。
母さん、あなたの思惑は労せず大成功と言わざるを得ないでしょうね。
驚かせるという一点においては驚愕した。なので、僕の負け。
だけど、
「あのー」
クラスメイトの一人が恭しく挙手。
「何だ?」
先生が指差し、生徒が答える。
「えっと……クドさんって、久遠って苗字みたいなんですけど、ウチにもいますよね、久遠ってヤツが」
そら来た。
どう考えてもそこに引っかかる生徒が遅かれ早かれ現れることだろう。
久遠という苗字は正直、田中とか山田みたいに汎用的によくある苗字ではない。珍しくもないが、少なくともこの学校の中で久遠という苗字が被ったということは聞いたことがない。学校レベルのコミュニティでは珍しい。そんな感じの苗字。
一人が素朴な疑問を口にしたことにより、クラスがちょっとざわつく。
やっぱり他のみんなも口にはしないものの、気にはなっていたようで、視線が僕の方へと一斉に向いた。
こっちを見るな。見ないで。お願い。
僕だって何が何やら分かっていないというのに、久遠クドの出生の秘密なんて知る由もない。
立ち上がったまま固まる。
と。
「いもうと!」
意外にも答えたのは教壇に立っているクドだった。
「妹?」
クラスメイトの内の誰かがそう口にする。
「でも……妹って、久遠って一人っ子だったよな?」
「そうそう」
「というか……国籍が違うんじゃ?」
「だよね。クドちゃんってどう見ても日本人っぽくないし、顔だって似てないよ」
堰を切ったようにクラス中に色んな疑惑が混迷する。
そんな疑惑の中、
「わたしとカナタ……あ、じゃない。お、おにいちゃんは……いきわかれ……の、いもうと? で、うんめいてきなぐうぜんのもと、ついこのあいださいかいしたほし……?」
クドがメモ用紙片手に何やら一生懸命喋っていた。
えらく棒読みで一切心がこもってないけど。
したほし……?
謎の言語まで飛び交う。
首を傾げ、とうとう分からなくなってしまったのかクドが教壇を降り、とことこと僕の目の前にまで歩いてきた。
「なあ、これ……どういう意味?」
そして僕に自分が持っていたメモ用紙を手渡してくる。
そして。
「あ。あ~……」
と、納得。
メモ用紙には母さんが書いたであろう文字が羅列してあった。
クドは先ほど、
“わたしとお兄ちゃんは生き別れの妹で運命的な偶然の元、ついこの間再会した☆”
と、言いたかったらしい。だって……そう書いてあるから。でも、言葉の意味があまり分かっていなかったから棒読みになって、最後の星の記号まで口にしてしまった。
たぶん、これは設定。
そういう設定を書いたメモ用紙。
なるほど。
こういう設定で行け……と。そういうわけですか、母さん。
一回だけ、一言だけ言わせてください。
(この設定無理があるだろッ!!)
心の中で大絶叫。
顔がそもそも似てない!
国籍が違う!
どういう偶然があったら国籍も顔も違う兄と妹が再会出来るってんだよ!
最近の携帯小説でももっとマシな設定で書いているぞ!
「カナタ……?」
不安そうな表情で僕を見つめるクド。
(うっ……そんな顔で見ないでおくれ……)
だけど。
僕はそのクドの顔を見て、覚悟が決まった。
くしゃくしゃとメモ用紙を握り潰し、ぽんぽんっとクドの頭を撫でてやる。
やってやる。
クドをこれ以上不安にさせないためにも。
やってやるぞ!
「そ、そう! クドは僕の妹なんです!」
ええい、ままよ。
「父さんと母さんが外国で生んだ子供で、つい先日まで遠い親戚に預けられていたんですけど、なんやかんやあってついこの間、僕とクドは再会を果たしたんです☆」
僕も負けじと語尾に星を付けてみた。
「いや、なんやかんやって何があったんだよ」
「なんやかんやあった」
「いや、だから……」
「なんやかんや!」
「あの」
「なんやかんや!!」
「…………」
「…………」
ごり押しの勝ち。
相手が呆れるぐらいのごり押しで、クドが僕の妹であることを押し通した。クラスメイトが押し黙って顔を伏せた。だけど、ちょっと強引過ぎたのか、
「でも……似てないし」
ぼそっと誰かが呟いた。
またも疑惑が浮上。
くっ。
やはり、魔法の呪文『ナンヤカンヤー』で押し通す作戦には無理があったか。
けど……仕方ないじゃないか。僕だって分かってないんだから!
と。
「あ~……分かる分かる。何となく……似てるな」
誰かがそう言った。
誰?
と、クラスの全員が言葉を発した主を探す。
「なるほど、そんなことがあったんか。色々と苦労してんだな、お前も」
うんうんと腕を組みながら頷いているのは白檀だった。
白檀は何やらしたり顔で、
「お前らな、本人が妹ですって言ってんだからあんま詮索してやんなよ。それぞれの家庭にはそれぞれの事情ってもんがあるだろうに。それを無理に詮索しようとするなんて、お前らデリカシーが無さ過ぎるってなもんだ。……それに、似てんだろ。久遠とその妹さん」
と、言った。
家の事情と言われてしまっては納得せざるを得ない空気が生まれ、他のクラスメイト達が黙ってしまった。
(う~ん……何だか、妙な誤解が生まれてしまっているような気が……)
別に白檀が危惧するような家の事情なんてものは存在しないのだが、白檀のナイスアシストのおかげでどうにかこれ以上の追及はなさそうだ。
でも……。
と、僕はクドの顔を見やる。
(似てる……かな?)
顔は……まあ、正直似てない。
肌の色も違う。髪の色も違う。瞳の色も違う。背丈は比べるまでもない。
どう見ても、白檀の言うような感じはしないのだが。
「似てるか?」
と、誰かが言うと白檀はふっと軽く笑い、
「似てんだろ。顔立ちは……まあ、全然だけど。その。何て言うんだ? 纏ってるオーラっていうのか、雰囲気が」
「あ」
僕はひっそりと得心がいった。
クドと僕はみんなには黙っているが吸血鬼だ。しかも僕はクドに血を吸われて吸血鬼になった。もしかして白檀の僕たちが似ていると感じている雰囲気と言うのは僕とクドの中に流れる魔力の気配を無意識の内に感じてしまって、“雰囲気が似てる”と思ってしまったのかもしれない。
それも教会の生まれのせいなのかもしれない。
だけど、僕はその誤解を白檀のナイスフォローだと捉える。
「あは。確かに僕たち兄妹は似てないのかもしれないけど、似てなくても僕の大切な妹だってことに変わりはないから。みんな、クドのことよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、クドも慌てて僕と同じように頭を下げた。
その瞬間。
どっと、クラス中に笑い声が生まれた。
「ほんとだ~似てる~」
「可愛らしい妹さんだな」
「お前によろしくされなくても、仲良くするに決まってんだろ」
「これから久遠のことはお義兄さんって呼ばなきゃなのか……。あり、だな」
最後のヤツ、後でちょっと話そうか。
でも……とりあえず、クドがクラスの中で浮かずに済みそうで一安心。
――こうして、月城高校一年B組に新しい仲間、久遠クドがクラスのみんなに受け入れられた。