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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
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175 クド、キミは一体何を望むの?

 その日。

“悪疫”と呼ばれた少女はとても安らかに眠ることが出来た。

 最近、少女はあまり深い眠りにつくことが出来ていなかった。

 理由は簡単だ。

 少年。

 ――久遠かなたのことだ。

 彼のことを考えるといつも、眠る前。胸が痛くなった。

 少女の傍に彼はいつもいた。

 いや、いてくれた。

 少女が寂しい時。

 少女が苦しい時。

 少女が幸せな時。

 彼はいつも一緒にいてくれた。

 だけど、いつも一緒にいてくれたからこそ。

 少女は一抹の不安を感じていた。

 彼は、きっと……いつも一緒にいてくれる。

 少女が望めば。望むだけ。

 彼はその望みに応えてくれる。

 だけど……。

 それは……。


 いつまで?


 この幸せな時間はいつまで続くんだろう……。

 そう考えてしまうと眠れなくなった。

 以前の少女であればそんなことで悩むことなどなかった。そもそも、そんなことで悩みさえもしなかったのだから。

 でも。それが不幸せかと尋ねられれば、きっと……答えは否。

 考えることが幸せ。

 悩むことが新鮮。

 でも。

 やっぱり。

 ――苦しい。

 そんな夜を少女はひたすら繰り返していた。

 だけど……今日は少し違った。


「すう……すう……」

 今日はじっくりと。ぬくぬくと布団の中に入って眠ることが出来た。

 今日も彼のことを考えた。

 すでに彼女の日課になっている。

 眠る前に彼のことを考える。

 それが彼女の日課。

 今日の彼の内容は当然、指切り。

 初めてした。

 小指と小指を絡めるだけの、ただの行為。

 なのに。


 ――幸せな気分になった。


 眠る前、少し考えただけで体がぽっぽっと体が熱くなり、体だけではなく心の奥底まで熱くなったような気になる。熱くなった体を誤魔化すように、彼女は夜眠る前に以前呑んだことのある“ジュース”をしこたま飲んだ。それが原因か。

「…………むう」

 少女はまるで子供のようにむずがり、眠たい目を擦る。

 深夜、深く遅い時間帯に少女は目を覚まし、

「…………おしっこ」

 と、尿意をもよおす。

 目を擦りながら上体を起こす。ちなみに少女、クドと少年、久遠かなたは同じ部屋に寝泊まりをしている。元々の部屋の主であるかなたは床に布団を敷き、上の位であるかのようにベッドを占領しているのはクドの方だ。こうなるまでは結構な一悶着があった。かなたは自分が床で寝ると断固として譲らないし、クドが一緒にベッドの上で眠ればいいと提案すると、少年は顔を真っ赤にしながらそれをまたもや全力拒否。

 そんな感じで、なんやかんやがあって今の状態に。

 体を起こした彼女が床で眠っているかなたの寝顔を見ると、

「…………!」

 また。

 またもや、ぽっと。

 顔が熱くなった。

(ま、また……!)

 両頬を手で押さえて、熱さを少しでも抑え込もうとするが手で抑えれば抑えるほど、彼女の体は反比例しているように熱くなっていった。

 クドは気が付いていないが、彼女が眠る前に呑んだ“ジュース”はカクテルドリンク、つまりはお酒である。彼女は吸血鬼なので、酒に対しての抵抗力が強いにしろ、眠る前に呑んだアルコールがまだ少しだけ残っているようで、体が少し熱くなっているのはそのせいもある。――が、彼女が呑んだ“ジュース”は缶一本だけだ。呑みやすい“ジュース”にしては、少々。

 少々……ほてりが続いている。

 ぶるぶる。

「……おしっこ、いこ」

 顔を大きく横に振った後、彼女はベッドの上からすーっとそのまま扉の前までふわふわと飛んでいく。そのままベッドの上から降りてもよかったのだが、眠っている彼を足音で起こしてしまうのは悪いと思って宙を浮かんで移動することにした。

 そのまま壁をすうっと透過し、外へ。

 これも同じような理由。

「はあ……」

 とんっと壁を背に、クドが小さくため息をつく。

 まだ、ほてりは収まらない。

 一体、自分はどうしてしまったんだろう?

 あの“ジュース”のせいなのかな?

 でも……。

 少なくともこんなに頬が熱くなったことは、今の今まで。

 感じたことはなかった。

「…………ゆび、きり……」

 クドは無意識の内に右手の小指をぴんと立てて自分の顔の目の前に持ってきて、

「…………」

 指をじっと見て。

 ほとんど、無意識。

「…………ん」

 と、小指に小さく唇で触れた。

 つまり。


 小指にキス。


「…………」

 クドは切なそうに自分の小指をまじまじと眺め、

「…………え」

 と、意識がどんどんと返ってくると、

「あ、あうあうあうあうあう!」

 ものすごく恥ずかしくなってきた。

 不可視になって、深夜、音を立てないように思い切り地団駄を踏む。不可視になれば音は出ない。だから、好きなだけ踏んだ。踏んで、踏んで、踏みまくった。

(は、恥ずかしい……! な、何でか分からないけど……ものすごく恥ずかしいぞ……!)

 尿意も忘れてクドは恥ずかしさに悶える。

 自分の指にキスをしただけだ。言い換えれば自分の指を少し舐めただけ。別段不思議なことでも何でもない。

 でも。

 なんか。

 恥ずかしい。

 あと。

 自分の指が。

 小指が。

 なんか。

 愛おしい。

 今は何ともないが、小指にキスをした時。ふっと頭の中をぎったのは彼の顔。

 かなたの優しい笑顔。

 かなたの自分を責めるかのような厳しい顔。

 かなたの自分を見つめてくれた、いつもの顔。

 その時に彼の顔が過ったということは……。

 つまり?

「あ、あうあうあうあうあう、あう~~~!!」

 彼の触れた小指に。

 自分の唇を近づけ。

 キス。

 つまり……それって。

 認めてよいのか。認めて悪いことなのか。

 判断はつかない。

 が。

 つまるところ。


 ――キスが、したい……のだろうか。彼と。…………かなた、と。


「あ、あうあうあうあうあう、あう……」

 そのことを意識した途端、クドの動機が激しくなった。

 胸が苦しくなって。

 つい。

「…………あ」

 涙が零れ落ちた。

(………………おかしい)

 自分はおかしくなってしまったのだろうか?

 何で……涙?

 クドは。

 その場で泣いた。

 訳も分からず。

 ただただ。

 声を殺して。

 ――泣いた。

 涙を拭っても拭っても。

 クドの瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。

(なんで……な……んで……。どうして……こんなに……こんなに……かなしいんだろう……)

 それは彼女が生まれて初めて感じる“恋”と言う名の感情であった。自覚すら出来ない感情の波に、クドは溺れ。苦しくなっていた。

 と、そこへ。


「……クド、ちゃん?」


 寝間着姿のかなたの母、久遠夕実くおんゆみの姿が。

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