173 クド、キミは一体何を望むの?
「というか、そもそもお前って誰か好きなやつとかいんのか?」
「え゛」
心臓がドキッと跳ねた。
「そういえば……お前ってそう言う浮いた話とかないよな。一方的な噂とかはあるけど、お前自身からそういう話を聞いたことがない」
「お、男同士でそんな話、普通しないもんだろ……」
「まーな」
まあ、僕の場合偶然的にしないんじゃなくて、意図的にさせないって言う方が正しいのかもしれない。
その辺の話題は聞き手になっている内はまだいい。だけど、絶対に聞き手だけじゃ収まらなくなるのが会話と言うものだ。
僕は話し手側にはなりたくない。
話し手側に回るということは、自分が一体誰が好きで、どーのーこーのだとかを話さなければならない。
(そりゃ……無理だよ……)
――僕は誰かを好きになってはいけない。
なぜだかは分からないけれど、そういう風に考えてしまうのだ。
もし、仮に。
僕が誰かのことを好きになりかけると。
なぜか体が震える。
理由はまったく分からない。
もしかしたら。
覚えていないというのが正しいのかもしれないけれど。
(う~ん……なんでなんだろな~)
謎。
でも、特に解明しようとも思わない。
して、どーにかなるようなものでもなさそうだし。
「で? どーなのよ」
「何が?」
「お前が栗栖さんと付き合いたいかどうかって話!」
「はう……。忘れてなかったのね……」
顔を上げてちょっと考えてみる。
梨紅ちゃんと付き合ったら……。
たぶん。
いや。
きっと。
――楽しいだろうな。
あんな美人な子と付き合えるだなんて。
想像しただけでも。
妄想しただけでも。
楽しい。
人生の勝ち組になったかのような幸福感を味わえるに違いない。
でも……。
何でだろう……。
「想像が出来ないんだよな~……」
と。
まあ、そういうわけである。
「想像出来ない?」
「うん。僕が誰かと付き合うって話さ。……そういう像がまったく出ない」
「これっぽっちもか?」
「うん、これっぽっちも」
「う~ん」
白檀のやつが頭をぼりぼりと掻いた。何だか呆れているようにも見えるが、それ以上に何かを言いたげそうに言葉を選んでいるようにも見えた。
何だろう……?
「お前よ」
「?」
「あの人に感化されたってわけじゃないよな?」
「あの人? あの人って?」
「いや……だから、その……だな」
白檀にしては要領を得ない。
何となく言い辛そう。
しかしやがて、意を決したかのように、
「お前って……ホモ?」
と、とんでもない発想を口にした。
「何があった今の葛藤の最中に!」
思いっきりツッコんでやった。
「だってよ、お前ってそういう話一切ないじゃん?」
そりゃ、ないだろう。そういう話は意図的に避けてきたのだから。
「栗栖さんとか超美人じゃん?」
だから何だよ……。
「そんな子から少なからず好意を持たれてるならよ、普通付き合わね?」
「軽いっ! 付き合うノリが僕の想像以上に軽いよっ!」
ノリが完全にチャラ男だった。
子供好きの聖職者っていう一面は何処?
「いや~俺なら絶対付き合うけど」
「あ、あのね……」
「絶対彼氏彼女の関係になろうとするけど?」
「…………」
ちくり。
たぶん、白檀は何気なく言ったことなんだろう。
実際、白檀は大したことを言ったつもりはないんだろうと思う。……だって、言いながらおにぎりを頬張っているもの。
でも。
ちくり。
なんか。
ちくり。
「なんだよ」
と、白檀が急に笑った。
爽やかに、ではない。
なんか、こう……。
邪悪?
「やっぱ俺の勘違いだったみたいだな。お前はホモじゃなくてノンケっぽいな」
「何で急に」
「くっくっく……」
邪悪な笑みを浮かべた友人はおかしそうに、
「今、お前の顔……すっげー面白いことになってんぞ。何だ? 気にしてんのか、俺の発言」
「別に……」
嘘だ。
完全に嘘。
めちゃくちゃ気にした。
白檀の。
彼氏彼女発言。
その言葉は少なくとも僕の心臓に切っ先が刺さるようなものだった。
僕はあの子の好意を知っている。
でも僕はその好意に応えるわけにはいかないと心のどこかで考えてしまう。
はっきりと言って、矛盾している。
訳が分からない。
自分のことなのに、自分のことが、自分で分からない。
「まー、アレだ。お前はもうちっと自分に対して素直になってもいいと思うぜ?」
僕は小さく首を傾げた。
ひょっとして僕は、今、慰められているのだろうか。
「お前のいいところは他人に対しての優しさを持っているってとこ。で、お前の悪いところは自分に対して異常なまでに遠慮しているってところ。そういうの全部ひっくるめてお前だってのも分かるけどよ、お前はもう少し自分に対して甘くなってもいいんじゃねーの?」
「自分では十分だと思うけど……?」
「そうか~?」
白檀がげんなりしたような声を出す。
どうやら僕と白檀の間には埋めようのない意見の相違があるらしい。
「じゃあ簡単なクイズでお前の人間性ってのを暴いてやろうか?」
「暴くって何だよ、人のことを性悪みたいに」
「うるせー! お前が気づいていないから、この俺が気づかせてやろうっていう俺の友達思いの優しさが分からんのか、貴様! いいから、いくぞ」
「はいはい……」
何だかよく分からないけど、白檀の中にある妙なスイッチが入ったらしく、白檀の気まぐれに僕は仕方なく付き合うことにする。
「そうだな……お前はボートに乗っている。シチュエーションは……そうだな、海だ。それも、極寒の海。その海でお前は溺れているわけだ」
「何その局地的シチュエーション」
「いいから黙って聞け。そのボートにはお前だけじゃない。あの栗栖さんも乗ってるわけだな。でも……それだけじゃない。栗栖さんの他にも乗員がいるわけだ」
「他にも?」
「ああ。そーね、あと二人ぐらい乗っていることにしよう。一人は年端もいかぬ少女ぐらいにしとくか。もう一人は異国の外国人の女の子にでもするか?」
「梨紅ちゃんに……年端もいかぬ少女、外国人の女の子……ね」
(偶然……だよな?)
人選のチョイスに何かしらの意図を感じてしまうが、白檀が知る由もないはず。
だから。
気のせい……。
なんだよね?
「お前とその女の子たちは厳寒の海で溺れている。必死にボートを見つけたお前たちはそのボートに死ぬ思いでしがみついたまではよかった。だが、そのボートの定員はたったの三名のみ。溺れているのはお前を含めて四人。あと数分もしない内にお前たちは確実に溺れ死んでしまうだろう。だが、定員は三名。誰か一人は必ず犠牲にならなくてはならない。そんな状況だ。そんな状況で一体お前はどうする?」
「どうするって……」
ようはよくある心理テストのアレだ。
でも……。
(問題は……そう単純なことになりそうもないな~。偶然だろうけど……)
ただの例え話。
よくある例え話。
他の人たちが自分の知っている人物に該当しそうなところを除けば、だが。
思いがけず懊悩とする。
残りの女の子たちに対して妙な感情移入をしてしまって、悩む。
と、
「え……う……」
はっとして目を剝く。
クドがじっとこちらを見ていた。無垢な目で。手を軽く握って、ちょっと前のめり。
心なしかドキドキしているようにも見える。
「? どうかしたのか?」
「な、ナンデモナイデスヨ」
白檀が僕の様子に気が付いたのか声をかけてきたのだが、白檀の後ろには誰もいない。
いや、いることはいるのだが。
白檀の目には見えていないのだ。
僕と白檀の会話をずーっと聞いていて、白檀の気まぐれに思いついた心理テストの答えをドキドキしながら待っている小さな女の子の姿が――。
クド自身もその心理テストの内容に自分を重ねてしまっているのか、ちょっとその表情が一瞬だけ曇る。だけども、すぐにはっとして、またこちらを見た。
これは……もう。
答えなくてはならないのだろうな……。
「か、簡単な問いだね」
僕はちょっと笑ってみせる。不敵に。ちょっとだけかっこつけた感じで。
その微笑はただ一人の少女に向けて。
「僕がボートを降りる。答えはこれしかない。僕がボートを降りて、他の三人の女の子がボートに乗れば、三人は確実に助かる。迷う余地すらないよ、そんなの。僕の命は海の藻屑となろうとも三人が助かるなら、僕はそれで構わない。……それが僕の答えさ」
「カナタぁ……」
ぎゅっと。
クドが僕の腕に抱き付いてきた。
白檀には見えないが、僕はその頭を、
「よしよし」
と、軽く撫でてやった。
本当に嬉しかったのか、クドは撫でられている最中も撫でられた後も僕の腕に頭を擦り付けてくる。
「え~い! 面白くも何ともないテンプレ回答しよってからに! どうだ、分かったかお前の本性! 他人を優先して自分をないがしろにする偽善者め!」
「何で僕がそこで責められるの!」
「うるさい! 見ず知らずの他人の、しかも異国の外国人っていう逃げ回答まで入れておいてやった俺の気遣いをまるまる無為にしよってからに……何か腹立つ! それがお前のモテる秘訣か! 時代は優しさを求めてるのか! ちょいワルはもうダメなんか!」
「論点がずれ始めてる!」
「俺だってモテたい!」
「本音が露わになってる!」
白檀は言いながらヒートアップしてきたのか床をドンドンと殴りつけ始めた。
「くそ! 何で俺はこんなテンプレ偽善野郎を慰めたりなんかしてたんだ、アホか俺! くそ、偽善野郎! ほんと、この間はサンキュな!」
言いながら白檀は教室の扉までずかずかと歩いて行き、
「もっと自信持てよ! 偽善野郎!」
と、罵って(?)から扉をバタンと閉めて教室を去っていった。
「……」
「……」
僕とクドの二人はきょとんとして。
それからしばらくして、
「な」
「な?」
「慰め方が不器用過ぎ!」
と。
当の本人がとっくにいなくなってから。
ようやくツッコんだ。