172 クド、キミは一体何を望むの?
というわけで、昼休み。
購買で買ったパンやらおにぎりなどの昼食を広げつつ、僕と白檀の二人は空き教室にやってきていた。
あ、一応クドも僕と一緒に来ているが白檀にはその姿が見えていないので、実質僕と白檀の二人きりである。
「ははっ、今朝は散々だったな。ほら、飯でも食って元気だせ」
「まったくだよ。……ふう、あ、このコロッケパン美味しそうだ」
「おう、持ってけ持ってけ」
ちなみに今日の昼食代は白檀持ちだ。
何やらこの間の礼だとか何とか。
僕はこの前も奢ってもらったんだから別にいいと言ったのだが、改めて礼をさせて欲しいと白檀が言うので、白檀の厚意に甘えることにした。
この間の。
というのは、
「いや~……しかし驚いたよな。お化け騒動の犯人がまさかウチに奉公に来ているシスターだったとは」
「あの人、本当自重しないといつか本当に捕まるよね」
コロッケパンをはむっと齧りながら話す。
僕は以前、白檀に教会の“お化け騒動”の犯人捜しを頼まれて、無事(?)に犯人が教会のシスターのセラさんだということを突き止めて、白檀に引き渡した。
「というか。久遠、お前はあの人のことを知っていたのか? 俺はそっちの方が驚いたぞ」
「不審者の正体よりもそっち!? ま、まあ……知り合いっちゃあ知り合いだけどね。ウチの店の客だったんだよ、あの人」
「そういやお前の家は確か……」
「うん。喫茶店をやってるよ。そこのお客さんだったからね、セラさんは」
「はは、そうか。小さな町だな、意外と」
「はは、そだね」
話しながらコロッケパンを食べ終わり、二個目のパンを頬張る。
「でも……さ」
と、僕が少し歯切れが悪そうにとある会話を口にする。
「前に白檀、言ってただろ。僕のことをお人よしだって」
「うん? まーそうだな。俺はお前ほどのお人よしは見たことがないぞ」
「じゃあいいことを教えてあげようか。もし、白檀がどうしてもお人よしを見たいって言うんなら鏡を見ることをおすすめするよ」
「何?」
「白檀もお人よしだってことさ。……だって、セラさんのこと……今でもあの教会にいさせてあげるんだもんな~。中々出来ないことだよ」
「何だ。そんなことか」
白檀が口の周りについたパン屑を指と舌を使って舐め取りつつ、
「俺がお人よしだってんなら、きっとお前に風邪のようにうつされたんだろう」
「人のこと病原菌みたいに言うなよな」
「はははっ、確かに。確かにだ! お前を見ているとな、何というか……自分もよいことをせねばな、と思う。そういう意味ではお前は質の悪い病原菌なのかもな……」
「あれ? ひょっとして……僕、バカにされてる?」
「バカになどしていない。俺は……お前のそういうところ……――結構、好きだぞ」
僕を見据えて、白檀が真剣に言った。男相手に、面と向かって誉められてしまうと、どうにもむず痒い。
なので、
「そっか」
と、だけ。
それだけを返して僕はまたパンを齧る。
「ま、でも……アレだね。こういう場面をもしもあの人に見られでもしたらって考えると……その、ぞっとするよね」
「む、う……」
ちょっと白檀の表情が曇った。
あー……何か悪いこと聞いちゃった気分……。
「久遠。……世の中には知らなくてもいい真実って言うのが本当に存在するんだな……。俺は少し、大人になれたよ」
「あ~……うん」
ちょっと遠い目をしている友人は、ちょっと……大人びて見えた。
白檀はセラさんの真実を知ってしまった。
セラさんの真実。
それは……BL好きの一面。
日本人のブロンドコンプレックスに見事感染されていた白檀は、当然のようにセラさんに対して憧れのような感情を持っていたらしく、セラさんの裏の顔を垣間見て、結構へこんでいた。
そっとジュースを差し出してやる。
無言でジュースを受け取った白檀がぐびっと一口ジュースを飲む。
「でも……本当によかったの。セラさんを今でもあの教会にいさせても」
「まあ……優秀なんだ。あの人は」
そう、白檀はセラさんを。子供たちの寝顔を盗撮した犯人を許し、なおかつあの教会に未だに奉公させ続けている。
「趣味でとやかく言うほどあの場所は固くない。とりあえず子供たちには全員頭を下げさせたし、しばらくは教会の草むしりを担当させた。罰としては安いかもしれないが、優秀な人を無くしたくないっていうのが俺と親父の判断だ。……子供たちも許すって言ってるしな」
「いい子たちだね~本当に」
「まったくだ。自慢の子たちだよ」
白檀はそう言いながら少し誇らしげな顔をしていた。よっぽど、教会の子たちのことが大切なんだろう。血は繋がっていなくとも、白檀と教会の子供たちとの間にははっきりとした絆が見て取れる。
(やっぱり……白檀は僕のことをお人よしだって言うけど、白檀も負けず劣らずのお人よしだよな。類は友を呼ぶってやつかな?)
「お、そうだ」
「ん? どうしたんだよ。急に」
ついでにと言わんばかりに、白檀がおにぎりのフィルムをぴ~っと剥がしながら、聞いてくる。
僕もすっかり油断しきっていて、お茶を口に含んでいる途中だった。
「本題に入らんと俺があいつらに殺される」
「はあ?」
意味が分からずにお茶を飲む。
しびれを切らした白檀が、突然。
「ぶっちゃけ、付き合ってんのか? お前と栗栖さん」
と。
「ぶーっ!?」
剛腕スラッガーも真っ青な直球の話題に僕は盛大に口の中のお茶を噴き出した。
「うわっ! きたねっ!」
毒霧みたいになったお茶は見事、白檀の顔面にほぼ命中。
顔がお茶だらけになっていた。
で、でも……仕方ないだろう。い、いきなり何言いだすんだこの男!
「げほっ、げほっ……い、いきなり……何なんだよ、それ~!」
「な、何なんだよって……そういう噂が立ってるの、知らんのかよ」
「し、知らないよ。ってか……何その荒唐無稽な噂は~!」
全然心当たりも何もない噂だった。
「何もクソもあるか。そういう噂が学校中に流れているぞ。何せ、栗栖さんは学校のアイドルみたいなもんだ。高嶺の花だとか言われているしな。実際、あの人は何人かの男子生徒に告白されたこともあるらしい。ま、全員が全員玉砕されたらしいが。……となると、何であの美人は誰とも付き合わないんだってことになる。後は簡単な連想ゲーム。誰とも付き合わないんじゃなくて、もう誰かと付き合っているから男子の告白を断っているんだろうって、そういうわけになる。で、今のところの第一彼氏候補の筆頭がお前、久遠かなたってなわけだ」
「まじ?」
「マジだ」
…………。
「い、いや~……その噂、絶対に誤解が誤解を生んだ負のスパイラル的なやつだと僕は思うんだけど……」
と、僕が言い返すと白檀が信じられないほど大きなため息を吐いた。
「な、なんだよ……その目は」
「あのな、女心の“お”の字も分からんお前に一つ言っておいてやる。そんな噂、あの子が否定すりゃすぐに流れるような弱っちい噂なんだ。でも……その噂がクラス中どころか、学校中に広まっているのはなぜか。答えは簡単だ。まんざらでもないから、否定せんのだ。それぐらいは分かってやれ」
「うぐ……」
否定、――出来なかった。
事実、僕は……その、梨紅ちゃんに告白されたことがある。ついでに押し倒された経験も――ある。子供のころに約束した婚姻届けも梨紅ちゃんが今も大事に持ち歩いている。何というか考えれば考えるほど噂に真実味が増してくるような気がするのは気のせいだろうか。
「まあ……今朝のはな、栗栖さんが左手の薬指に指輪をしていたもんでみんなが驚いてしまっていたっていうわけだ。……で? 実際のところはどうなんだ?」
「どうって……言われても……」
煮え切らない僕の返事を聞いて、白檀は一人で納得するように呟く。
「その様子じゃ、付き合っているというわけではなさそうだな」
「うん、付き合ってはいないよ」
「そうかー……じゃあ」
と、白檀が質問を変えるようにして、
「お前自身、栗栖さんと付き合いたいとかは思わないのか?」
と、聞いてきた。