168 とあるJCヴァンパイアハンターの休日
朝食。
焦げかけたトーストを齧る。
朝食は自分で作る。
テーブルにはちょっと焦がしてしまったトーストの他に、スクランブルエッグとシーザーサラダにオニオンスープが載っかっている。
スクランブルエッグは生クリームと卵を混ぜ、ふんわりとした本格的な出来。シーザーサラダはレタスを千切り、パルメザンチーズの擦りおろしとオリーブオイル、そこにレモン汁を混ぜて、本来ならマヨネーズで味を決めるところを今日はマヨネーズではなくプレーンヨーグルトを使ってカロリーを少し抑えてあるドレッシングをかけて。オニオンスープは顆粒のコンソメスープにローストした玉ねぎとそれと一緒に炒めたベーコンが入っているのでスープとしてもおかずとしても最良だ。
「……うん、おいしい」
スープを飲んでクラリスが頷いた。
玉ねぎをローストしたことで甘みが増し、ベーコンの脂がスープの中に溶け込んでいるので安い材料費の割には味も悪くない。
大体クラリスは食事を一人で取る習慣があった。
部屋は一〇畳程度の部屋だが、やはり一人が使う分には広すぎる。テーブルもあと五人くらいは座れそうなほどの大きさに、やはりクラリスが一人。
他には誰もいない。
少し寂しさを感じるため、クラリスは充電中のスマホのミュージックアプリを起動して、適当に購入した曲を流す。音楽のジャンルは色々で、邦楽だったり、洋楽だったり。たまにアニメソングなんかも混ざってある。
ただアニメソングは旬の放映中のアニメの曲ではなくて、放映がとっくの昔に終わってしまったようなちょっと古い懐アニソン。
『~~~~♪』
今、スマホから流れている曲がクラリスの最もお気に入りの曲。
アニメのタイトルなんかは忘れてしまっているのだが、この曲だけは好き。
(な~んか……この曲、頭から離れないんだよね)
と、コップの中の牛乳を飲みながらクラリスは思う。
確かこの曲のアニメは日曜の朝ぐらいにやっていたような気もするが……あまりよく覚えていない。
(まあ……さすがにアニメ何て卒業したしね)
と、まあ。そういうわけである。
アニメどころか、クラリスは最近テレビを見ていない。
見ると……辛いから。
テレビは幸せなモノしか放送しない。
不幸せなモノは見向きもされないから、だからテレビに映ることはない。
映るのは幸せモノだけ。
そんなもの……見ても。
辛いだけ。
だから見ない。
……見ない。
「んく……んく……」
クラリスは自身でも分からないような“なにか”を誤魔化すようにして、コップの中に残っていた牛乳を飲み干して、その“なにか”を牛乳と一緒に胃の中にへと流し込んだ。
全ての指にはめられた一〇本の指輪が鈍い光を放っていた。
鋼糸付きの指輪を軽くいじりながら、
「……ふう」
と、クラリスは小さなため息を吐いた。彼女の立ち姿を黄色い照明が頼りなく照らす。
食事を終えたクラリスは今、関係者専用エレベーターに乗っていた。このエレベーターは専用のカードキーがなければ乗ることすら出来ない。そしてそのカードキーを持つことを許されたのはクラリスが所属している月神結社の盟主以上のみ。少なくとも月神結社の日本支部において、カードキーを持つことを許されている人数は二桁もいないはずだ。
そもそもクラリスが現在、いる場所が結社の日本支部のビル。
月城町の近くの繁華街。その繁華街のど真ん中に建っている超高層ビルこそが結社の日本支部である。
有に四〇階以上はあるこの高層ビルにクラリスは住んでいる。
このビルの中にはいくつものテナントが入っており、一階から五階までがいわゆる商業スペースになっていて、ブティックやお洒落なレストランやらカフェなどたくさんのお店が入っている。――が、クラリスは一度たりともここのお店を活用したことはない。大体利用しているのは外からやってきた客ぐらいなものだ。
六階から一五階までは会社のオフィスエリアになっていて、この階からは一般の客は入ることは出来なくなっている。
そして一六階から最上階までは月神結社の構成員が住まう住宅スペース。いわば結社のマンション。
この住宅スペースは結社のヒエラルキーが分かりやすく表現してあって、単純に高層に行けば行くほど結社の中での位が高いということになる。
ちなみにクラリスは三九階で一人暮らし。
親は……。
いる。
今、クラリスが向かっている場所に。
……いる。
クラリスが乗っているエレベーターは真っ直ぐに地下深くに降りている。
すでに一階の商業スペースを通り過ぎ、体感で地下一〇階ぐらいを降りた辺りでエレベーターが一度停止した。
「……はあ。二回もカードキーを通さないと先に進めないのが面倒なのよね」
ぴっ、とクラリスはエレベーターの端末にカードキーを通した。このエレベーターは乗る時に一回カードキーを通さないと扉が開かないことに加え、地下に進むためにはもう一度エレベーター内でカードキーを通さないといけない。
厳重過ぎると言えば厳重かもしれないが、――結社が相手にしているのは人間の敵である吸血鬼だ。これぐらいの用心をしても、し過ぎることはない、とクラリスは考えている。
と、クラリスが少々の考え事をしている間に、ちん、と甲高い音を立ててエレベーターの扉が開く。
このビルの最下層に到達したのだ。
「…………」
クラリスはあまりこの場所は好きではない。地下は薄暗くちょっと開けた空間になっている。地下はどこかカビ臭く、クラリスはこの臭いが嫌いだ。
そしてこの臭いに慣れ始めている自分自身も――嫌い。
「……ふん」
と、クラリスは軽く鼻を鳴らしてから、地下の道に踏み込んでいく。
クラリスが一体どこに向かっているのかと聞かれれば。
一言で言って。
牢獄。
で、あった。