167 とあるJCヴァンパイアハンターの休日
朝、シャワーを浴びる。
それが彼女の一日の始まり。
スプレーシャワーのミストのような水流で髪を洗う。次はしなやかな裸体を。髪から落ちた泡が現在進行形で成長中のわずかばかりの膨らみかけの胸の間を滑り落ちていく。
シャンプーはどこか外国の高級品。
泡立ちがよく、アップルのような甘い匂いがする。
「…………ふう」
髪の毛をわしゃわしゃと洗いながら、クラリス・アルバートは誰にも聞こえないほど小さなため息を漏らす。
(どうしたんだろ……私。前だったら……こんな風に朝を迎えることなんてなかったのに……)
髪と体を洗いながら物思いに耽る。
クラリスはあの日、――間違いなくあの日以降、あの――自分のことを必要以上に過小評価をするへたれ吸血鬼と一緒に変態吸血鬼を退治したあの日から、朝を迎えるのが何だか憂鬱になった。
別にクラリスの生活が変わったわけでもない。
なのに。
……どうしてだか。
――寂しい。
いや――物足りない?
「…………はあ」
こつん、と。シャワーを浴びながら頭を浴室のタイルの壁にぶつけた。
言葉にするとどうもあやふやだ。
だから、もやもやする。
答えがどうしたって出てこないから。
答えの出ない問題を延々と解いているとゲシュタルト崩壊を起こすと、どこかで聞いたことがあるが、今、まさに、クラリスの頭の中がソレだ。
あいつといると調子が狂う。
……普通、敵である私と一緒にご飯を食べようだなんて言うか?
そう。
私とあいつの関係を一言で表すなら敵同士。
喰うか喰われるか。
それだけの関係でしかない。
現に一度、クラリスはあの男を殺しかけた。
まあ。結果は失敗に終わったけど。
クラリスは一五年ほどしか生きていない小娘だが、久遠かなたという少年は今まで出逢ったことのないタイプの男だった。
卑屈なくせにお人よし。
弱腰なくせに度胸がある。
強いくせに他者を重んじる。
「あ~……もう!!」
イライラしながら栓をきゅっと、捻る。
考え事をしている間に体の泡はとうの昔に流れ落ちていた。
タイルの上を素足でぺたぺたと歩き、簡易的な洗面室へと。どこかのブランドロゴが刻まれた真っ白なタオルを木編みの籠から取り出して、体に付着した水滴を丁寧にふき取る。タオルからは柔軟剤のずっと嗅いでいたくなるような心地の良い香りがして、ふわふわもこもこだった。
濡れた髪をドライヤーで乾かす。黄金の髪がドライヤーの温風に流され、さらさらと綺麗な髪の毛が靡く。髪を乾かし終えると軽く手櫛で前髪を適当に整え、それから本格的に櫛で横髪、後ろ髪を整える。
(……少し、髪が伸びてきたかな?)
鏡を見ながら前髪をちょっとだけいじる。
髪が少しだけ目にかかった。
(今日は……いいか。まだ、大丈夫。今度、切りに行こう……)
なんだかんだと理由を付けて髪を切りに行く予定を伸ばす。
クラリスは潔癖症というわけではないが、他人に体を触られるのが苦手だ。それは指だろうと髪の毛だろうと、とにかく苦手なのだ。プロ、素人。そんなの関係ない。……苦手。
髪をサイドで縛り、
「……よし」
クラリスは軽く両手で両頬を叩いた。気合が入る。
彼女はバスローブを纏い、ぱち、と洗面所の灯りを消してからゆっくりと浴室を出た。
いちご柄のプリントパンツを穿き、シルクのキャミソールブラを身につけ、黒のハイニーソを穿いて、長袖のフリルブラウスに袖を通し、最後に空色のプリーツスカートを穿いてからスカートのホックをぱちりと締めた。
クラリスのコーディネートは少々子供っぽいところがあった。そもそも同年代の女の子全員がプリントパンツを当たり前のように卒業している頃、クラリスは堂々とお子さま専用のプリントパンツを穿いている。見えないオシャレに気が回らない。見えるところだけちゃんとしていればいい、と思っている。
歳相応に比べて。
ちょっと。
幼い。