164 少女は狐を追いかけ、少年はシスターの服を脱がそうとする
結局、写真は全て盗撮されたものだと判明した。
「はい、ごめんなさい……」
セラさんがジャパニーズ土下座をしながら謝ってきた。
「じゃあ……やっぱりあの騒動の犯人はセラさんだったんですね」
「新しいコレクションを増やしたくて……つい、出来心で……。まさかあんな騒動に発展するとは夢にも思わなくて……」
「まったく聖職者であるあなたが子供たちを怯えさせてどうするんですか」
「はい……」
どうして教会の子供たちの男の子たちだけが怯えていたというと、セラさんが子供たちの寝室に忍び込んで男の子たちの寝顔を盗撮していたから、だそうだ。
白檀が一緒に見回っていたシスターがお化け騒動の犯人。そりゃあ……二人で見回っていた時には見つからないわけだよ。だって、不審者を探すために不審者と一緒に見回っていたわけなんだから。
人騒がせというかなんというか。
でも、ま。
これだけ反省しているならそこまで強く糾弾することもないか。
「ふう……ほら、顔を上げてください。そんなんじゃせっかくの綺麗な顔が台無しですよ」
「うぅ……久遠くん……」
「でも……ちゃんと教会の子たちには謝るんですよ。僕にいくら謝ったって仕方ないんですから」
「優しいです……好きになってしまいます……」
「それだけは勘弁してください!」
セラさんの恐ろしい提案は断固拒否した。
お化け騒動の真実が判明したわけだけど。
このことを白檀に言っておかないとな。
ポケットからスマホを取り出す。
と、
(そういえば……栗栖さんたちはどうなったのかな?)
不意に指輪を追いかけて消えていった栗栖さんたちのことを思い出した。
(何もないとは思うんだけど……何だか心配だな……)
持っていたスマホを見る。
(そういえば……僕、栗栖さんの連絡先、知らないんだよなあ……っていうか)
僕、栗栖さんのことをあまり知らない……いや、そうじゃないな。あんまり覚えてない……のか。
でも、そんな僕に対して栗栖さんは好意を向けてくれている。
それは嬉しいことなんだけど。
(何だか騙しているような気がして……何だか申し訳ないよな~)
やっぱり言うべきなのかな。
言ってしまうと……きっと今までの関係ではいられなくなるよな。
今の関係が壊れてしまうことが怖いかと聞かれれば……やっぱり怖い。
好意を向けられている、その好意がまったくの逆の方向を向いてしまうことは……すごく、怖い。
「……臆病だな……ほんと」
思わず声に出してしまった。
「おや? どうかしましたか、久遠くん。もしかして……何か悩み事でもあるんですの?」
「え?」
「何やら先ほどから深刻そうな面持ちですし……ここはわたくしに話を聞かせてみるのはいかがですか?」
「そんなに顔に出てました……?」
「ええ。それはもう」
顔に出ていたのは盲点だった。
そうか……意外と悩んでいたのか。
「ほら、また」
「う……」
心配そうに顔を覗き込んでくるセラさん。ふう……と、セラさんが小さく息を漏らす。
「悩みって言うのは人の心身に小さなダメージを蓄積するものですよ。そういうのは……一回吐き出しちゃった方がいいんです。どんなに小さな悩みでもいいです。わたくしに話してみてくださいな。わたくし……これでもシスターですからね。悩み相談には慣れていますよ」
「セラさん……」
ちょっと感動した。
この人の口からそんなまっとうな言葉が出てくるなんて。
明日の朝はきっと隕石が降って来る。
などと、結構失礼なことを考えて。
「いや……うん、そのですね。僕……前に遊んだことのある女の子のことを忘れちゃっていて……そのことに対しての罪悪感と言いますか……そういうのがあって……どういう風に接していいかよく分からなくて」
と、話した。
「はあ……女の子ですか」
「見るからに残念そうにしないでくださいよ……」
「だって……男の子だったらよかったのにって……」
「……」
「ああ嘘です。ごめんなさい。だから……そんな目で見ないでくださいましっ! ……えっと……そうですわね。その女の子は久遠くんに対して何かを言ってきたりしていますか?」
「いや……特には。もしかしたら……僕が覚えていないことに気が付いていないのかもしれませんけどね」
「う~ん」
セラさんが顎を指でとんとんと叩く。
「それは……ないですわね」
「え?」
「これは女の勘のようなものですが、その子……きっと気が付いていますわよ。気が付いていて、気が付いていないフリをしているんじゃないかしら」
「フリ……ですか」
「ええ。ふふっ……多分、向こうも同じ気持ちなんだって思いますよ」
「同じって?」
「今の関係を壊したくないってことですわ」
「あ」
「接し方なんて気にしなくてもいいと、わたくしは思いますわ。久遠くんは久遠くんらしくいればいいんです。そのらしさが、きっとその方はフリをしてでも久遠くんと仲良くしていたいと思っているんだと思います。だから……久遠くんはお気になさらずに、その方と上手く付き合っていけばよいと……わたくしは思いますよ」
初めて。
本当に初めて。
僕はこの人が本当に聖職者なんだなあ……と、思った。
この人のイメージはやっぱり、変態だったわけだけど。
こういう一面もあるんだな、と。
本当に感心した。
「でも……そうですね。久遠くんがどうしても罪悪感を拭いされないというのであれば……」
ぴんっとセラさんは指を立てて、
「いっそのこと、ちょっと踏み込んでみるというのも悪くないと思いますよ」
と、提案してきた。
「踏み込む……か」
簡単には言うものの、やっぱりちょっと怖いな……。
「カナタ」
と、今の今まで踊っていたクドが踊りをやめ、話しかけてきた。
「だいじょうぶ」
「え?」
「よく分からないけど……カナタならだいじょうぶだって思うな。リク……は、いいやつだから。きっとカナタが何をしたって許してくれると思うし」
「え……?」
今……クド、栗栖さんのこと……名前で呼んだ?
と、聞き返すよりも先にクドが僕の背中をぽんっと押す。
「どうした? カナタ。リクが待ってる」
「あ、ああ……」
僕よりも小さな女の子に背中を押され、大丈夫だと励まされて。
それで行かないのは。
「……うん!」
男の子じゃないよな!
「ありがとうクド。ちょっと行ってくる。行って……頑張ってみるよ。すぐに戻るから!」
そう言い残して、僕はクドにセラさんのことを頼んで。
栗栖さんたちが向かっていた方向に跳んでいく。