159 少女は狐を追いかけ、少年はシスターの服を脱がそうとする
「ちょっと脅かしすぎちゃったかな。ごめんね?」
「うぅ……」
梨紅は照れと戸惑いの表情。
顔を真っ赤にして、恥ずかしさを誤魔化すようにスカートの裾をきゅっと握る。
正直情けないと自分で思うくらいにビビってた。尻餅までついて。涙ぐんで。
思い出すだけで顔が熱くなる。
だけどそれ以上に困惑した。
男の子は謝ったのだ。
軽い言葉だったけど、確かに謝罪の意味を持つ言葉を口にした。
何というか。
毒気が抜けた。
そんな感じ。
もしかして本当はこの子、いい子なのかな?
「まさかあんな怖がるなんて……なっさけないな~。あははっ」
「……」
前言撤回!
やっぱ……ヤな子だ!
「……何であんな真似を」
気恥ずかしさと若干の怒りを誤魔化すようにして話題を切り替えることに。
「簡単にゆーとね、さっきの答えだよ」
「さっきの答え?」
「そ」
さっきの答えとは一体何のことだろう?
ぴょこん、と。郵便ポストの影から指が出てきた。
「まずはキミの実力をちゃんと見たかった。何ていうのかな……人ってさ、ブチ切れると実力以上の力を出せるもんなんだよ。ほら、火事場の馬鹿力とか言うじゃない? それって確かに本人の実力が発揮されているものだって思うけど、本当の実力じゃないって思うんだ。本来の力を一〇〇とすると火事場の馬鹿力は一二〇って具合に。ぼくとキミは色々な形で戦ってみたけど、それってぼくの挑発に乗ってキミが切れて。そんな戦いばっかりだった。……だからね、一度冷静なキミと戦ってみたかった」
「じゃあ……今までのあなたの対応はやっぱり……」
「そ。わ、ざ、と」
がくっと肩が落ちる。
完全に。
完っ全に!
おちょくられてた!
その事実が何より恥ずかしい……!
だって、完全に乗せられてたもの……。
こんな……。
「???」
こんな小さな子に……。
とほほ。
“見た目に騙されるな、愚か者”
急に怒られた。
“こいつは“千年狐”だぞ。見た目通りの年齢じゃない。少なくともお前の数百倍は生きている”
あー……。そう言えばそんな話あったような……。
「だいたい六〇〇歳ぐらいかな?」
「超お爺さんじゃないですか」
「なんやかんやして今は一三歳ぐらいで通してる」
「年齢詐称じゃないですか」
「男にも女にもなれる」
「ついてるのかついてないのか」
「見たい?」
「…………………………いえ」
「そう」
やっぱりこの子は嘘吐きだ。
しかも真正の。
“そう。こいつは嘘吐きだ。嘘で嘘を塗り固めて嘘を貫き通している。そういう人種だ。だが、こいつの言葉の中にいくつかの本物が混じっている。その一つがその指輪だ。その指輪だけは嘘じゃない。本物だ”
「指輪……Cruxでしたっけ? これは元々あなたのものなんでしょうか」
“そうだ――と、言いたいところだが。俺は持っていなかった”
「と、言いますと?」
“紛失していた。少なくとも俺の代では存在すら疑っていた代物だ。だが、俺の前の代のクルースニクから話だけは聞いていた”
「前の代……」
話だけは聞いていたが、やはり彼もまた、梨紅と同じ存在だったのか。言葉にして改めて再確認した。
クルースニクは吸血鬼ではない。
だから転生を繰り返して、その意思を引き継いでいかなければならない。
だったら。
――だったら、クルースニクの宿敵であるあの子は。
あの子もやっぱりこの目の前の男の子と同じで、見た目通りの年齢なんかじゃあないってことになるのだろうか。
ちょっとだけ考えてしまう。
吸血鬼と人間との差異を。
話をすれば吸血鬼は人間と同じだった。
悩む。恋をする。嫉妬をする。
本当に同じだった。
何が違うのかを悩んでしまうぐらい。
ちょっと長生きで。ちょっと死ににくて。ちょっと強い。
だけど、それだけ。
だけど、宿敵。
頭の中がぐるぐるする。
いくら考えても答えが出ないような気がした。
燻る。
「……」
「……」
「――――って、あ、え?」
いつの間にか会話が終わっていた。男の子がこっちをじーっと見ていた。
少し慌てた。
微妙な空気が流れているような感覚。
自分の友達が自分の知らない人と会話をしていたら、こっちに気が付いて会話を止めたみたいな微妙な空気感。
「色々考えているみたいだけど」
そんな空気の中、男の子が喋る。
「キミはキミの役割を果たすことに、今は集中するべきじゃないかな。他のことは役割をちゃんと果たした後で」
「まるで心を読めるみたいに的確なアドバイスですね」
「心は読めなくとも察することぐらいは出来るよ。今のキミの顔はとても分かりやすい。あと……キミはかなたによく似ているからなお更」
「むぅ」
やっぱりこの子は嫌いだ。
何もかも見透かしているから――じゃない。
――自分より、かーくんのことを分かってますーっ、っていうしたり顔が。
不愉快。
すこぶる。
不愉快。
「キミは何者なんです? もうね、それをはっきりしておきたいって思います。人間じゃない。“千年狐”、“九尾”、“狐神”……そういった本性が知りたいんじゃないんです。あなたの名前、あなたの立場。あなたの立ち位置。そういうのが知りたいです」
「敵か味方かはっきりしておきたいって……こと?」
「端的に言えば」
「じゃあ端的に。ぼくの名前は篝。立場は秘密。立ち位置は恋敵、でも少なくともかなたの敵じゃないってことだけははっきりと宣言出来る」
「味方だと断言しないんですね……」
「敵味方で行動してないから」
「行動……」
少し引っかかった。
行動っていうのはどういうことだろう。
行動するということは何かの目的があるということ。
この嘘吐きの目的。
気にならないと言えば嘘になる。
けれど。
今は、いい。
首を横に振る。
確かに敵意を感じない。
彼の敵にはなり得ない。
――気がする。
“何の根拠だ”
「女の勘です」
“そういうものか?”
「そういうものです」
二人でひっそりと会話。
「ま、彼の敵にならないなら別にいいです。あなたがどういう立場の人間だろうと。関係ないので。でも、前にも言いましたが彼の敵に私は容赦しません。この指輪だって使いこなしてみせると思いますよ」
「くすっ」
ちょっと脅したつもりだったのに、篝は笑って返す。
「使いこなすのは簡単だ。だってキミは“十字架を背負うもの”なんだから。自転車に乗るぐらい簡単。必要なのはコツだけ。コツさえ身に着ければ後はなるようになる。それがその指輪の恐ろしさ」
「……よく知っている風ですね」
「うん」
「うん?」
「だってそれを見つけたのってぼくだから」
来週も更新が出来ないかもしれないことをご了承ください。