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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.10
159/368

158 少女は狐を追いかけ、少年はシスターの服を脱がそうとする

「指輪が……武器?」

 頭が混乱する。

 どう見てもこの指輪は武器の類には見えない。中に毒が仕込んであるようにも見えない。本当に無機質な銀の指輪なのだ。

 少なくとも武器じゃない。装飾品。カテゴリーするなら、そこ。

“おい、梨紅。その指輪をよく見せてみろ。お前の目で見れば俺の目にも映る。指輪を(かざ)しながら、俺によく見せろ”

「え、あ、はい」

 謂われた通り梨紅は指輪を手に取ってよく見る。

 指でいじった後、指輪の内側を覗く。

 すると、

「文字……が……彫ってある。c……r……u……x……、Crux(クルクス)……って読むのかな?」

“……間違いない。本物だ……”

 声が納得したように呟いた。

「え、これだけで分かっちゃうんですか?」

“…………”

 しばし黙った後、

“……ああ”

 と、神妙に答えた。

「???」

 梨紅はその声に妙な違和感を感じた。

 ……何か、変。

 言葉では説明しづらいのだが、何か。そう。何かが変と思った。

“……やはり信用ならんな、貴様は”

 敵意剥き出しの言葉を今は素っ裸になっているであろう男の子にぶつける。

「ちょ、ちょっと……」

「それはどういう意味かな? 先代」

“簡単だ。……お前は嘘に塗れている。出逢った時から、先ほどの戦闘の時も、今でさえ。お前は嘘を吐き続けている”

「……」

「……嘘?」

“ああ。こいつは真正の嘘()きだ。こいつをお前を通してずっと観察してきたが、こいつの言動は嘘ばかり。お前に殺されかけた……あの瞬間でさえ、嘘を吐いていた”

「えっ?」

 声に驚いた梨紅は恐る恐る郵便ポストの方向を向いた。

 声が言っているのはあの時のことだろう。

 梨紅が刀を振り下ろさなかったが、あのまま刀を振り下ろしてしまえば絶命していたであろう、……あの瞬間。

(あれが……嘘? そんなバカな……)

“残念ながら……お前はあの狐には勝てない。化かすという点ではやはりあの狐の方が一枚も二枚も上手だったというだけの話だ”

 声はそう言うが、

「わ、私、ちゃんと追い詰めて!」

 梨紅は本気だった。

 刀を振り下ろす寸前まで、梨紅は本気だった。本気で男の子を追い詰めた。霊力、身体能力、間合いの詰め方。

 何もかもが本気で。

 それが嘘だったということには納得がいかない。

“あの狐がフリをしたのだ”

「ふ、フリ?」

“そう、フリだ。フリ。ヤツはお前に追い詰められて(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)殺されかける(ヽヽヽヽヽヽ)フリをしただけだ(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)。何故そうしたのか。答えは二つある。一つはお前の力を測るため。もう一つは、お前を相手に遊んだか。そのどちらかだろう”

 声は断言する。

 それに間違いがないだろうという確信に満ちた声。

 だから梨紅は黙ったまま郵便ポストを眺めることしか出来なかった。

 やがて、

「は、あはは」

 郵便ポストが笑った。

「あははははははっ!」

 大笑い。

 それはそれはおかしそうに。

 愉快気に。

 なのに。

(な、何……この肌寒さは……)

 ぞわりと。

 梨紅の背中に悪寒が走って、二の腕に鳥肌が立つ。

(こ、怖い……。この、魔力……。なんなの……。も、戻しそうになるほどの気味の悪さ。これが……あの男の子、いいえ……あの、狐の正体――本性、う……う……)

 梨紅は耐えようのない恐怖にその身を蝕まれた。

 こ、殺される……。

 魔力に押し潰されて、圧縮機に押し潰されているかのような錯覚さえ、起こし始めた。

 歯がかちかちと鳴り。

 目尻から涙が零れる。

「ひう……っ!」

 尻餅をついた。

 魔力と殺気の入り混じった妖気。

 その全てが激流のように激しく、梨紅のところへと流れ込んでくる。

 と、その時。


“……気をしっかり持て。あの時の威勢はどこへ行った!”


「え?」

 声が梨紅の中で響き渡った。

 その声はいつも聞き慣れている声だった。

 自分の意志なんかまるで無視して、他人の命を奪えと命令する、梨紅が最も嫌う声だった。

 だけど、

“ただの魔力だ。ただし膨大な量の魔力があの狐を通して出ているだけだ。お前はそれに怖気づいて体に寒気が走っているだけだ。……指輪を指に”

「指……輪……?」


“……それがお前を守ってくれる”


 今、――少なくとも。今、――この瞬間に聞くこの声だけは梨紅のことを心の底から心配して、怖がる自分を慰めてくれるような、優しい……とても優しい、父のような声だった。

 梨紅は伸びた犬歯で唇を噛む。

 尖った牙が梨紅の肌に食い込んで血がにじみ、血がぽたぽたと地面に流れ落ちていった。

 痛みが走ると梨紅の体が少しだけ言うことを聞いてくれる。

 言われるがままに、指輪を左手の指にはめた。

 まず、驚いたのは、

「これ……サイズも何も確認していないのに、吸い付くようにぴったりのサイズ……」

 この指輪の密着感だった。

 まるで何年もはめ続けたエンゲージリングのようなはめ心地。

 今日初めてはめたとはとても思えない。

 だが、それは非常に些細な問題であった。

 何よりも驚いたのは、

「……これ、何で……こんな」

 指輪を指にはめた瞬間に訪れる。

(安心する……)

 この指輪をはめた瞬間、梨紅の中にあった恐怖心が吹き飛んだ。

 まるで何かが梨紅の体全体を包み込んでくれるかのような安心感と暖かさだった。

 日向のような優しい暖かさが、とても心地よい。

「それに……」

 何となく二人の言っていた意味を理解出来そうになる。

 武器。

 指輪なのに。

 武器。

 頭の中にコレの使い方がイメージとして流れ込んでくる。

 まずは。

 この濁流してくる気味の悪い魔力をどうすればよいのか。

 簡単だった。

 左手を裏拳のように構えて。

 払うだけ!

「……!」

 驚いたのは梨紅だけだった。彼女は本当に左手で空気を払うように払っただけなのだ。何もしていない。力も何も入れていない。霊力の欠片さえも力を入れていない。しかし左手を払った瞬間、彼女の周りから濁流してくる魔力が掻き消えた。代わりに払った左手の後に白い炎のようなオーラが梨紅の目に見えるほど残像が残った。

「……怖くない」

 まずは、ぽつりと。

「もう怖くない!」

 次ははっきりと。

“よしよし。よくやった”

「……え」

 とくん、と。

 梨紅の心臓が高鳴った。

 声に。

 さりげなく言った彼の言葉に。

 とても。

 安心した。

(何だろう……彼の、あの言葉。前にどこかで……)

 聞いたことがあるような気がする……。

 と、考えていた時。

 ぱちぱちぱち。

 拍手。

 音はやはり郵便ポストから聞こえてきた。

 郵便ポストの下の隙間から見えた踵がくるっと回転する。恐らく郵便ポストに背を預ける形になったのであろう。

「どう? これでそれが本物だってこと分かってくれたかな?」

 男の子の声。

 緊張が。

 ほどけた。

来週の更新はお休みするかもしれません。最近、ごたごたしてますね。すいません。

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