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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.9
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149 三者三犬

 二人の女の子と一人の男の子が一瞬だけ顔を見合わせ、そしてすぐに顔を僕に向けた。

「……ど、どうした……の、かな……?」

 あまりの出来事に後ずさる。

 今まで取っ組み合いをしていたクドと男の子でさえ、僕を見た。

 鋭い眼光で。

「ゆびわ……そういう意味があったの」

「……」

 男の子の方は言葉を発しないせいで何を考えているのか分からないけど、視線は僕の方に向けられているのは事実。

「カナタ」

「は、はい」

 急に声をかけられて少しびくっとした。

 クドがこちらを見つめ、

「誰にあげるの?」

 と、そう聞いてきた。

 うるうるとした目で。

 心細そうに。切なそうに。

「好きなの……だれ?」

(ぐっ……)

 そ、そんな目で見ないで~。

 く、苦しい。ざ、罪悪感が、罪悪感が~!

 特に悪いことをしているつもりはないのに、なぜか心が苦しくなってくる。

 心が~心が~!

 すでにズタボロだった。死体蹴りされている気分。

 しかしクドの追撃は止まず、

「かなた」

 クドは自分の服の裾をぎゅっと握って、

「誰にあげるの?」

 上目遣い。

(うおっ!?)

 思った以上にダメージが深刻だ。

 クドは無自覚にそれをしてしまっているのだろうが、顎に直撃のアッパーカットをお見舞いされたような衝撃。ほとんどフィニッシュブロー。

 様子だけを見ると恋人の浮気を疑う年下の彼女みたい。

 だけど、どこか彼女は幼い。だから恋人の浮気を疑う彼女と言うよりはご主人様が他の生き物を可愛がるのを見て少し拗ねた感じの飼い犬みたいな様相。

 どこか朗らか。ぽややんとしている。

「だ、誰って……」

「……やっぱり」

 クドは一度口を結ぶ。

 そして、

「……あの女か?」

 そう言う。

「あの女?」

「……」

 そこで栗栖さんと男の子が反応する。

 互いを見合い、こくりと頷く。

 意味合い的には、

(ここは内容が気になる。口を出さずに泳がせる。おーけー?)

(おーけー)

 みたいなニュアンス。

 見ればそう想像するのは容易いのだが会話中の当人同士はその様子に気が付いていない。

「あ、あの女って……?」

「あの女!」

「だ、誰のことか分からないよ」

「温泉の!」

「温泉……?」

 クドが「むぅ~」と涙目で僕を見つめながらそう言った。

「あ、あ~!」

 そこでようやく僕はクドが誰のことを言っているのかを理解する。

「もしかしてクラリスさん?」

 今度は三人がぴくっと反応した。

 二人は当然、栗栖さんと男の子の二人。

 そしてもう一人が意外にも、妄想中のセラさんだった。

「また……名前呼びの女の子。……外国人が好きなんですかね。ふ、ふふふ……」

「……」

「……クラリス」

 だが、当然のように僕はそのことに気がついてはいなかった。

 目の前の女の子の機嫌を直すのに必死だったから。

「いや~クラリスさんは僕なんかから指輪を受け取ったりしないよ。あの子、僕のこと嫌いだからね。第一印象が最悪だったし、そもそもあの子は吸血鬼のことが嫌いなんだろうと思うよ。吸血鬼を恨んでさえいたし。吸血鬼になっちゃった僕のことなんかダブルで大嫌いだと思うよ。そもそもいらない指輪を押し付けようとして、失敗しちゃったぐらいだし。ほら、覚えてない。クラリスさん、指輪はいらないって言ってただろ?」

 僕が手を前にかざしながら、浮気を誤魔化す彼氏のような言い訳っぽい感じでそう話す。

 針の(むしろ)とはこういう感じなのだろうか。初めての経験だった。

「あ」

 何かを思い出したようにクドが柏手を打った。

「そういえば……あの女」

 思い出して、

「断ってた」

 にぱ~っと笑顔。

「断ってた!」

 すごく嬉しそうだ。

「じゃあ、あの女にはあげないんだよな。な!」

「う、うん……」

「そうかそうか!」

 クドは嬉しさのあまり小さくぴょんぴょん跳ねている。機嫌もすっかり直って僕の知っているいつものクド。元通り。

 機嫌が悪くなっている理由は見当もつかなかったけど、とりあえずは安心、

「……」

「……」

 ――するのは、まだ早かったようだ。

 右から栗栖さん。左から男の子。

 後ろでぴょんぴょん跳ねているクドのことなどお構いなしに、僕の肩をそれぞれが掴む。

「……あの小さな女の子を騙くらかすとはかーくんが知らぬ間にワルになっていました」

「ワルて」

 その隣で肯定という意味合いなのか、男の子がやたら頷いていたのが気になったが、あまり気にしないでおこう。

 というか初対面でしょ、僕たち……。

 おおよそ初対面っぽくない対応に少し戸惑う。

 でもやっぱり……ここまで来て喋らないってことは口が利けないってのは何だかアタリっぽいな。

「で、あの子の言っていた女の人のことを私にも教えてもらえますか?」

 栗栖さんは笑っている。

 その顔はとても可愛い。元々顔が可愛い方だから笑えば、そりゃ可愛くなる。

 でも、

(ひっ)

「かーくんが名前(ヽヽ)で呼んでいる女の人のことを」

 肝が一瞬で冷えた。

 笑顔が黒い。明るいとか暗い、ではない。

 黒い。

 ひたすら、黒い。

(ひいいいいいいいいいい)

 内心、悲鳴を上げて、すぐにでも逃げ出したくなるような衝動を何とか堪える。

 ここで逃げ出してしまえば、きっと栗栖さんは追いかけてくる。それも、かなりの鬼気迫る感じで。

 しかも、なぜかこの栗栖さんの隣でじーっとこちらを見据えている男の子も追いかけてくるような気がする。それは僕の味方ではないと思う。栗栖さんの援護だ。なぜだか一瞬でそう思った。

「どこで知り合ったんですか?」

「え、えっと! あの! こ、公園で! 公園で知り合いましたです。はい!」

「公園ですか?」

「はい!」

 ちょっと声がうわずる。

 さっきまでのクドとの応対がペットと飼い主とのやり取りであったのなら、今度は間違いなく、浮気を疑う恋人の眼差しだった。

「ふーん」

 と、栗栖さんは何かを考える。

「それは、まあ。ええ、まあ。分かりました。知り合った経緯は偶然だったことでいいんですか?」

「う、うん」

「……」

 栗栖さんは沈黙する。

 そして何かを黙考し、

「それはよかったです」

 何かを納得して、

「ほんとに」

 微笑んだ。

 それでも僕の肝は未だ冷え切ったままだ。

 彼女の笑顔は依然、黒い。

 それに、

「じゃあ次の質問ですけど」

 次に栗栖さんが聞きたがっていることに何となく察しがいく。

「その人とはどういった関係なんです?」

 そら来た。

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