145 三者三犬
ちょうどその頃、月城町の住宅街の屋根の上を飛んでいる二つの影があった。
「なあ?」
一人の少女が素朴な疑問をぶつけた。
クドラクである。
クドラクは自分の目の前をものすごいスピードで疾駆している彼女に向かって、
「……どうしてそんなに急ぐ?」
走りながら彼女はずっと不思議だった。
常識に疎い彼女でさえ、ちょっとこの人おかしいんじゃないの? と、思うぐらいには彼女の様子は少しおかしかった。
なんとなくだけど……そう思っていた。
だけど、
「ふふふ。何か勘違いしてますね。別に焦ってなんかいませんよ」
(あれ……?)
そこでクドラクは自分の誤解に気が付く。
梨紅の持っている刀のせいで何か異様に感じていたのだが、梨紅はいたって冷静だった。口調も普通。態度も普通。内容も普通。
まったくの誤解。
「……実は怒っているんじゃないのかなって思ってた」
「あはは。そんな訳ないじゃないですか」
梨紅が爽やかに笑う。
やっぱり気のせいだ。あんなに笑ってる。
クドラクは人知れず安心。
「そうだ」
と、今度は逆に梨紅の方からクドラクに問いかけてきた。
「ちょうどいい機会だから教えてください」
「何を?」
「実のところ私って吸血鬼のことってあまり詳しくないんですよね。吸血鬼って色々な迷信があるじゃないですか」
「まあ、そうだね」
「あの……手足を切断してもまた生えてくるって話本当ですか?」
「そんなのあるわけないよっ!?」
思わずクドラクが突っ込んだ。
「むぅ……」
すごく残念そうにしている梨紅。
もしその話が本当だったら何をする気だったのだろう……?
と、すごく聞きたいクドラクであったが、聞けば後悔する気がして聞かなかった。ちょっとだけ大人になった。
しばらく二人は跳び続けた。
すると、
「あ」
「え」
二人が同時に驚いた。
探していた少年の姿を確認することが出来たのだ。
それは、嬉しい。
二人の目的であった少年を見つけることが出来たのだから。
当然、嬉しい。
でも。
二人の表情は微妙だ。
複雑と言ってもいい。
状況も少し奇妙だった。
まず、少年が何者かに追われていた。
正体はよく分からないが、女。
修道服を身に包んでいるシスターがかなたの後を追っている。それは見て取れる。
だが、二人はそんなことには気が付いていない。
二人が衝撃を受けたのは何やらものすごい形相でかなたの後を追いながら、時折ナイフを投げている危険人物ではなく。
「な、ななな」
「どうして……」
少年が叫んでいた。
「ちょっと! いい加減離れてくれないかなー! 跳びにくいよっ!!」
ぎゅーっ。
二人が同時にわなわなと震えている。
それは怒りか。嫉妬か。
どちらでもいい。
ともかく耐えることの出来ない感情が二人を支配しようとしていた。
そのことだけは確かなのだから。
かなたは逃げていた。
シスターから。
――謎の子供に抱き付かれたまま。
ぎゅーっと。
「は、ははは……」
子供は頬を染めている。
ぎゅーっと。
抱き付いたまま。
「……」
「……」
二人が同時に互いを見やり、
「……」
「……」
こくっとこれまた同時に頷いた。
梨紅の中で、
“やれやれ……”
という声がしたが、梨紅が気が付いた様子はない。
やがて、
「かーくん!」
「カナタぁ!」
限界点を超えた二人の少女が雄叫びを上げる。