143 三者三犬
「はあ……はあ……」
僕と少年(?)が逃げ込んだのは教会の裏口付近のあまり人が寄り付かない場所。
ここまで来れば……。
僕は知っている。
誤解を解くのは非常に難しい。言葉で説明しようとも、言葉には限界があるので上手く伝わることは決してない。
だったら、こういうのはほとぼりが冷めるまで避難。
これに限る。
「ふぅー……」
壁に背中を預けて一息つく。
焦って逃げ出していた訳ではないものの、やはり子供一人を引き連れて逃げ出すのには多少の体力が必要だったようで、意外と疲れていた。
額の汗を軽く拭おうとして、
「あ」
ようやく僕はこの子の手を掴んだままであったことを思い出した。
「ご、ごめんっ!」
慌てて手を離すと、またもや。なぜだか理由は皆目見当つかないんだけど、少年(?)がしょぼーんとがっかりしたように肩を落とす。
な、なにゆえ!?
「…………」
うるうるとした瞳で僕を見上げてくる。
その表情はどことなく、保健所の前に捨てられた仔犬のような必死さも滲み出ているような気がした。
「…………」
「…………」
うるうる。
「…………」
「…………」
うるうる。
「…………」
「…………」
うるうる。
「…………」
「…………」
うるうるうるうる。
「…………」
「…………」
うるうるうるうるうるうる。
「…………」
「…………」
うるうるうるうるうるうるうる。
「………………これで、いい?」
「…………」
根負けしました。
よく分からない内に手を繋いでました……。
僕が手を繋ぐと、またこの子は嬉しそうに頬を赤らめた。
何がいいんだろ……こんなの。
僕の手にそれほどの価値があるとも思えない。……芸能人じゃないし。ただの男子高校生だよ。僕。
まあ、この子がそうしたいんならさせておくか。
と、ここまで考えてから。
(あれ? そういえば……)
僕はこの子の名前を知らないんだった。
いつまでも無言の会話を貫けるほど僕は強くない。
人見知りをしない方だけど、少なくとも名前も分からない相手とずーっと無言は流石に辛い。
僕は手を繋いだまま、
「そろそろ……キミの名前を教えてくれないかな?」
改めて問いかけた。
少年(?)はわずかばかりに顔を上げて、指を絡めてきた。
(え?)
今までの手の繋ぎ方が普通の繋ぎ方だったのに対し、今度の繋ぎ方はどう見ても恋人繋ぎ。
これには流石に驚いた。
驚いて手を離しそうになる。
が、
「…………」
恋人繋ぎの密着率は意外と高く、そう易々と手が離れることはなかった。
「くすくす」
笑ってるし。
(はあ……困った)
名前を教えてくれる様子は一向に無いし、かといって僕から離れる気もないらしいぞ。
こういう時に強く言えないのが僕の欠点だよなぁ……。
と。
この子は一体何者なんだろう? どうしてこんなに僕に懐いているんだろう?
そのことばかりに気がいっていると、
「え?」
こつ。
と、いう足音を聞いた。
それと同時ぐらい。
裏門の鉄格子が開く音も。
「な、な!? な!?」
もはや言葉にならなかった。
愕然とする。
見間違いでもなかった。
見間違いであって欲しかった。
「あら?」
絹のような柔らかな声。
だけど、その声に僕は全身に怖気が走った。
「……まあまあ」
僕の目の前に一人の女性が立っている。
とても美しい、修道服に身を包んだシスター。
紺色のウィンプルに納まりきらないさらさらとした長い金色のセミロングの髪が風に揺れて、花の香りが鼻腔をくすぐる。二一か二二ぐらいの外見。トゥニカ越しのプロポーションは抜群と言わざるを得ないほどである。多分、男の人であれば街中ですれ違えば二度見ぐらいはする。
それほどの妖艶な相貌。
なのに、
「~~~~~~~~~!?」
全身の神経が警鐘を鳴らしていた。
ぎゅ。
少年(?)の手を握る手に力が入る。
握って。
引っ張る。
「やっとお目覚めになってくれましたのね。わたくしの目が確かならば、その方は男の子ですよね。そしてこのような場所での逢引き。つまり……そういうことなんですよね!」
シスターは嬉しそうに目を輝かせている。
僕は警鐘に従う。
そう思う。
警鐘の内容。
それは、
「に、逃げよう!」
僕は少年(?)に提案。
逃げる。
何が何であろうと逃げるに限る。
少年(?)は僕の無理矢理な提案にも従ってくれた。
こくりと頷いて、
「……」
無言ながら力強く僕の手を握る。
それを見て、
「むっほ! いい! いいですわ! いいですわのことですわああああああああああああああ!!」
謎のシスター、セラさんが飛び込んできた。
刹那。
僕と少年(?)はセラさんと交差するように跳躍。
その姿を見上げて、
「逃、が、し、ま、せ、ん、わ」
口から零れ落ちるほどの長い舌で舌なめずりをした。