140 三者三犬
その後、僕は教会の中を案内された。
日本人ゆえ、寺や寺院などの仏教的な建物なんかは馴染みがあるものの、こういった西洋のキリスト教を信仰しているみたいな教会なんかは初めてだった。
そして、すごく意外だった。
教会はもっと堅苦しい場所だとばかり思っていた。
主に映画のイメージ。
信仰心の強い人ばかりが教会に訪れ、傅いて神に祈る。
そういったイメージが大変強かった。
だけど、
「次はぼくのばん!」
「ははは!」
案内された礼拝堂には大勢の子供たちや子連れの親御さんなどの姿がちらほらと見受けられ、教会特有のイメージである堅苦しさなど微塵にも感じられなかった。
意外。
いや。
ちょー意外だった。
「ん? どうした。驚いているようだが?」
「いや……まあ、ちょっと」
「ああ」
何かを納得したように白檀が朗らかに笑って、
「意外だったか?」
「たはは」
図星を突かれたことにちょっとだけ気恥ずかしくなって、頬を軽く掻いた。
ここは教会という堅苦しいイメージはない。あるのは、託児所の憩いの場のような子供たちが無邪気に遊んでいる姿。
だが、同時に。
「………………、…………」
そんな憩いの場に腕を組みながら何か――この場では神様とでも言った方がいいのか。いるかどうかも分からない神様に祈っている人たちもちらほらと見受けられる。
……信者? とかいう人たちだろうか。
「色んな人がいる。子供たちから老人までがいる。なんか……すごく変な感じがする。ここには色んな人がいる。色んな人が色んな目的を持って、一同に会してる。なんか、それってすごく不思議な気分だ」
遊んでいる人がいる。
談笑している人がいる。
祈っている人がいる。
普段であれば決して交じり合うことのないような人たちが教会の礼拝堂の中には多種多様な人たちがいる。
本当に不思議な光景だった。
そんな僕の戸惑いにも似た驚きに白檀がかかかと笑って、肩に手を置く。
「ま。教会のイメージってのはやっぱり堅苦しい。堅苦しい原因のほとんどが信仰とかそういうの。確かに教会ってのは神に祈りを捧げる場所ではある。でも、神様を信じなくても教会ってのは来る者を拒まず、ってのが信条だ。ここへは何をしに来てもいい。昼寝をしに来てもいいし、学校のサボりとか会社のサボりに来てもいい。何だったら逢引の待ち合わせに使ってもいい」
「自由だね……」
「そう、自由だ。ここは堅苦しい場所では決してない。来たい人が来ればいいし、来たくない人は無理に来ることはない。何も祈りを捧げるだけが教会じゃない。教会ってのは、謂わば逃げ場所だ。辛いことがあった時、疲れた時、ちょっと休みたくなったら気軽に寄れる気軽な場所。それが教会だ。……少なくとも、ここは、な」
「おー……」
白檀の立派な言葉に思わず感嘆の息を漏らし、ぱちぱちと拍手。
確かに白檀にそういった“力”はないのかもしれない。
だけど……僕は断言するよ。白檀は立派な聖職者だよ。
「ま、たまにカップルなんかがやってきてこそこそと色々エロエロやってたりするの見れたりするしな。役得役得♪」
最低だよ……。
こっそり見るなよ聖職者。
「……にしても」
エセエロ聖職者へとジョブチェンジを果たした白檀がキョロキョロと辺りを見回しながら、そう言った。
「どうしたの?」
「いや」
少し言い淀む。
だが、隠すようなことでもないらしいのですぐに言葉を続ける。
「今日は……いないと思ってな」
「いない?」
いないと言われて僕も礼拝堂の中を見回したが、一体誰のことを指しているのかを理解していないので見回したところで徒労だとすぐに分かる。
そんな僕の様子を見て、
「ああ。今日はシスターの姿が見えないんだよ。前に言わなかったっけ?」
「ああ。奉公に来てるとか」
「そうそう。そのシスター」
確かに前、そんなことを言っていたような気がする。
「結構な美人だから久遠に紹介っていうのもいいかなーとも思ったんだが、残念だな」
「へー……」
そうこうしている中、僕たちの後ろを付いてきていた子供たちの内の一人が、
「シスターなら買い出しに出かけるって言っていたよ?」
と、言った。
「おーそうかそうか」
答えた子供の頭を軽く撫でてからこちらを見やる。
「ま、いないもんは仕方ない。帰って来てからでも紹介するわ。それより案内の続きでもするか」
「うん、頼むよ」
結局そのシスターのことは頭の片隅にでも追いやって、白檀の後を追うことにした。
ついでにさらに僕の後ろには暇を持て余していた子供たちが付いてきていた。
その時、何かの違和感を感じていた。
気になるけど気にすることでもないほどの小さな違和感。