013 変態シスター現る
喫茶『スタブロス』。閑静な住宅街に店を構える小さな喫茶店。
店内は店長とその妻の意向により、いわゆるモダン風の調度品やテーブルなどで統一されていた。店前にはテラス席も用意されていて、そこではパソコンを開いているビジネススーツでばっちり決めた社会人や喫茶店特製の極上スイーツに舌鼓を打つ学生の姿が見受けられる。
「おいし~♪」
「でしょでしょ! ここ、ほんといいよね~。スイーツはたまらなく美味しいし、コーヒーも絶品。し、か、も」
テラス席でケーキを食べていた女の子二人組のうち、お下げの女の子の方がちらりと店内に羨望のような眼差しを送る。
(あ~♡ ほんと、イケメン~♡)
「ごゆっくりどうぞ」
日本人にしては珍しい一八〇以上はあるであろう長身に、和風ではあるが整った顔立ち。やや赤みがかった茶髪をオールバックにしていて、瞳はきらりと光ってまるでテレビの向こう側にいるはずのイケメン俳優がそこに現れたみたいに心を奪われそうになる。仕立てのいい制服に身を包んで、接客をする姿はさながらドラマの撮影のように見事に様になっていた。
明るく、とても清潔な雰囲気。
彼の名は久遠楽斗。この『スタブロス』の店長であり、久遠かなたの父であり久遠夕実の夫である。
「あ~♡」
彼女のように彼のファンになった女子も少なくない。
「あれ? 食べないの。へへっ、も~らいっ」
もう一人の女の子が恍惚な表情を浮かべているお下げの女の子の皿に乗っていたケーキをぱくりと食べる。彼女のように色気よりも食い気のある女の子もこの店に足繁く通うのもまた、この店の評判の一つである。
と、そこへ新しいお客が店の中に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「一人だけど大丈夫かしら?」
「もちろんです。こちらへ」
「どうも」
お下げの女の子が固まった。
(な、なによ……あの女~)
いや……慄いたとでも言うべきか。店内に入ってきたお客を見てわなわなと震え始めた。
「どったの?」
もう一人の子は口の周りに生クリームをつけたまま首を傾げ、そのままお下げの女の子が固まっている視線の先を見た。
「わぁ~……綺麗な人。ハ、ハリウッド女優? って……んなわけないか。あはは」
そう。視線の先には美女がいた。
まず真っ先に彼女を見て心を奪われるのはその黄金に輝くブロンドの長い髪だろう。彼女が首を動かすたびに彼女の煌びやかなブロンドの髪がふわりと揺れ、カスミにも似た柔らかな芳香が辺りを漂う。香水ともまた違う鼻腔を刺激する匂いに異性を初め、同性の同じ女子からも羨望の眼差しが送られる。脱色による金髪と違い、彼女のセミロングの髪の色はまるで黄金のようであった。
次にその小さな白い顔。高く整った鼻筋、瑞々しい桃色の唇、髪と同じく黄金に輝く眉、長く品のあるまつ毛、そして翠玉のように輝く瞳。それらがまるで国宝級の彫刻のように見事なバランスで配置されている。
そして何より、その見事と言わざるを得ない抜群のプロポーション。
近くの教会から来たのか美女はゆったりとした修道服に身を包んでいた。にも関わらず、修道服の胸の辺りが激しく隆起していた。とても大きな胸だ。目測だけで九〇以上はあるに違いない。同性はその胸を見て嫉妬や妬みを覚えるに違いない。しかし異性の男性がその胸を見れば、思わず飛び掛かりたくなるような衝動に駆られるであろうマシュマロのようなおっぱいだった。
「お久しぶりね。わたくしのこと覚えているかしら?」
「いえ……失礼ながら」
「ま。そうよね。一、二回ここへ来たことがあるぐらいですし」
「貴女がセラという名前で、近くの教会に仕えるシスターであることと、とても美しい女性であるということしか。あ、確か読書が趣味だということも聞きましたね。だからそんなに流暢に日本語を話されているので?」
目をぱちぱちとさせ、美女が笑った。
「くすくす。まあ、お上手ね。うーん、やっぱりあなたはいいわ。うん、すごくいい。でも……流石の記憶力ですわね。わたくしがここへ来たのは何ヵ月も前のことなのに、よくこんな平凡な顔のわたくしのことを覚えていらしたわね」
「貴女が平凡に見えるのは貴女を映す鏡が嫉妬しているからですよ。ああ、なんて美しいんだろう、ってね」
「あら、ありがとう。くす、やっぱりあなたはいい逸材だわ。ほんと、もったいない。あなたが結婚していなければわたくしはきっとあなたを放っておかないのに」
そう言って美女が悪戯っぽく笑う。
「ん? もしかして私を恋人にですか? いえいえ。そんなもったいない」
謙遜するように楽斗が笑う。
「え? あらあら」
美女は肯定も否定もせず、ただただ笑った。
「おっと。おしゃべりが過ぎましたね。いつものコーヒーでよろしいですか?」
「ん、そうね。ごめんなさい。わたくしが引き留めてしまって」
注文を承ると楽斗は軽く頭を下げ、美女の元から立ち去って行った。
その後を美女が眺める。
「う~ん」
そして、小さく。
「恋人って訳じゃないんだけどな~」
息を漏らす。
「あ~あ、どこかにいないかしら。わたくしの心をときめかせてくれるような逸材が」
そしてそのまま外をうっとりとした表情で眺め始めた。
一方、おさげの女の子は涙を流していた。
「そんな……店長さん……結婚してたの……」
がくりとこの世の終わりみたいな感じで肩を落とす。
「え~ん! こうなったらやけ食いよ! って……あーっ! 私のケーキがなーい!」
「ごみん。もういらないって思って食べちゃった。てへぺろ」
「てへぺろじゃなーいっ!」
ぎゃあぎゃあ。
二人は大絶叫をした後、食い気のある女の子が新しいケーキをお下げの女の子に奢ることで落ち着いた。