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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.9
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136 三者三犬

「で、まず。聞きますけど、どうしてあなたは一人でいるんですか?」

 どこかの会社のビルの屋上に着地した後、梨紅は真っ先にそう尋ねた。クドラクは屋上のへりに腰かけて、梨紅はその後ろに立って、少し話をしていた。

 不思議な光景と関係だった。

 二人は謂わば敵同士。

 交わすべきは言葉ではなく剣戟。

 なのに。

 二人は不思議と話が通じていた。

「どうしてって……わからない。起きたら……かなたが……いなくて……」

「なんだ。寝過ごしただけですか……」

 梨紅は拍子抜けしたように呆れた感じのため息を吐いた。

 いつも少年の傍にいるこの少女がいなかったのはもっと大そうな理由があると思ったが、聞けばこの少女が寝過ごしただけという、ひどく間抜けな話だった。

「じゃあ……次に」

 梨紅は聞くべきかを少し迷った。

 こんなこと聞くような間柄ではないし、そもそもこんなことを聞いてどうするのか。

 でも。

 自分にも心当たりがあるのだ。

 梨紅は話しながらクドラクを見やる。

(やっぱり……)

 クドラクの顔は今まで見た時のような顔とはまるで違っていた。

 自分が知っているクドラクの顔は戦いを前にしても怯えない、毅然きぜんとした振る舞いと覚悟に満ちた瞳をしている、ちょっとだけカッコいいと思ってしまうような顔であった。

 だが。

 今の彼女の顔は一体どういうことだろう。

(寂しそうです……)

 瞳は揺らぎに揺らいで今にも消えかかりそうな灯火のような弱々しい印象。顔もどこかやつれているような印象。

 とてもじゃないが、この状況の彼女を闇討ちしようなどとは思えない。

 中の先代ならともかく(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)

(はあ……どうしてそんな顔をしているんだか……)

 あの人の声であれば、好機(ラッキー)とばかりに今の彼女を襲えだなんだのと言うのだろうが、なぜだか今の梨紅はそんな気分になれない。

 どうしてこうまでも……。

(同じ顔……)

 あまりにも同じだった。

 まるで当時の自分の顔を鏡で見ているようで、少し胸がちくっと痛んだ。

 そして、その痛みを無視出来るほど。その痛みを看過するほど。

 梨紅は大人ではなかった。

 つまりは。

 ほっとけない。

 まるで、彼のように。

 だから、少し助言でもしてやろう。

 一時休戦。

 そういうのも……アリ……だろうか。

 そっとクドラクの隣に立つとずっと言い淀んでいた言葉を紡ぐ。

「どうしてそんな顔をしているんですか?」

 言葉に、

「えっ?」

 と、クドラクは驚いたように口を半開きにさせた。

 本当に言葉の意味が分かっていないようだ。

 呆れたように大きなため息を吐く。

「自覚ナシですか……。気が付いていないようであれば教えて差し上げます。今のあなたの顔はひどいです」

「……」

 ぺたぺたとクドラクは自分の顔に手を宛がう。

 やがて、

「……べつにどこも怪我とかしてないけど」

 梨紅は珍しくずるっとこけた。

 危うく屋上の縁から落ちそうになる。

「け、けがとかの話じゃないですよ……」

「???」

「まったく……」

 起き上がり様に梨紅は再びクドラクの顔を見やる。

 その顔は厭味で言っているとかそういうのではないと思う。

 無邪気で。無垢で。

 常識知らず。

 有り体に言えば、

「本当に……子供なんですね……」

 まあ。

 つまりはそういうことだった。

 何だか馬鹿馬鹿しくなる。

 今まで彼女の話なんて聞こうともしなかった。

 だけど、聞いてみると彼女は本当に子供なのだ。こんな相手にムキになってどうする。

 そんな想いが胸の内を染めていく。

 ()同士なのに……。

 梨紅は一度頭を振ってから、邪念を振り払う。

「ひどいって言ったのは顔の怪我とかではありませんよ。とにかく辛そうで苦しそうで、見てられないって意味です」

「辛い……? 苦しい……?」

 俯き顔で呟く。

 その意味を確かめるように。

 それを見て梨紅は改めてクドラクの隣に座った。

“ありえない……”

 梨紅の中で声が聞こえた気がした。

 本当にかすかで小さな声。

 だが、確かにその声は驚嘆していた。

 クドラクとクルースニクが並んで座っている。それは今までの宿敵同士ではあり得なかったことなのだ。

 隣に並ぶなどと。

「もやもやしていませんか?」

「……」

 クドラクは答えなかった。

「だったら、そのもやもや。一度言葉にして、すっきりさせてみませんか?」

「言葉に?」

「ええ。意外とすっきりするかもしれませんから。ほら、話してみてくださいな。あなたのもやもや」

 クドラクが不思議そうに顔を上げる。

「どうして、わたしを気にかける?」

「それは……」

 梨紅は少しだけ照れくさそうにしながら、

「そんな寂しそうな顔を見たら、ほっとけないんですよ。これが、ね」

 軽く頬を指で掻く。

 それを見て、

「???」

 やっぱりクドラクは首を傾げていた……。

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