135 三者三犬
クドラクが学校にやってきた時にはすでにかなたの姿はなかった。
どうやらすでに『ほうかご』とかいう時間になっていてかなたは帰ったとのことらしい。
だから一度クドラクもまた、家に帰った。
だけど。
かなたの姿が家のどこにもなかった。
いつもかなたが帰る道筋も辿ってみた。
でも。
いなかった。
ぎゅ。
クドラクの心臓が激しく痛んだ。
そういえば胸の痛みで思い出したけど、前にもこういったように胸が痛くなったことがあった。
でも。
同じ胸の痛みのはずなのに。
どうして今はこんなにも苦しいのだろう?
前の胸の痛みは、確かに痛かった。
だけど、その時は痛いけど少しだけ嬉しくなっていたような気がする。
同じ痛み。
だけど。
違う痛み。
本当に謎だった。
それにどうしてここまで不安に駆られているのかさえも分からなかった。
色々な感情が芽生えている。だが、そのことに本人が気が付くことはない。そう、理解しよう無い事象に近い。
だからこそ戸惑う。
分からないこと。不思議なこと。不可解なこと。
クドラクの頭の中はそのことでいっぱいだった。分かりたくても頭の中の思考回路で処理できる容量はとっくに超えてパンク寸前なのである。
なのでいくら考えようとも答えが出ない。
だったら、と。
クドラクは一度、思考を停止させることにした。
考えても答えの出ない答えを考えるよりも、胸の内の不安を取り除くことの方がいくらか健全的だ。
(カナタ……カナタ……カナタ……)
この不安の正体に心当たりはないが、この不安を解消してくれそうな人物には心当たりがある。
だからクドラクはとにかく少年の姿を探していた。
いつもと違うところはそこしかない。
どうしてこんなに胸が痛くなるのか。
分からない。
でも、少年の姿が見えないからこそこんなに不安になるのだ。
だったら、探せばよい。
そう思ってクドラクは少年の姿を必死に探し続けた。
でも、いない。
いくら探しても少年の姿を見つけられないのだ。
探し物が見つからないとどうしたって焦ってしまう。それはクドラクも例外ではなかった。
空を飛びながらキョロキョロと辺りを見回した。
なんだろう……?
自分は以前、こんな光景を見たことがある気がする。
空から。
町を。
大勢の人が住んでいる町を……。
独りで。
「……」
…………。
……………………。
ぎゅう~。
また……胸が。
いたい。
とうとう空を飛んでいたクドラクの体が空中で停止。
動けなくなってしまった。
しゅんと肩を落としていると、
「ちょっと」
その肩を不意に叩かれる。
いや……。
これは……、掴まれている?
クドラクの肩を叩いた者の正体は、
「とりあえず下りましょう! 私! 落ちてますよ、今!」
肩を掴んだまま、ひどくテンパっていた。
「あ」
「私は跳べるけど飛べないんですよ!」
肩を掴んでいたのは栗栖梨紅だった。
クドラクは単純に、
(どうしてここに……?)
と、思った。
それと同時。
どうして空を飛べないのにこんな危ないことをするんだろうと思った。
クドラクとクルースニクは敵対関係にあるはず。
そんな危険を冒すような真似をする必要はまったくないはずだ。
なので、
「えっと……」
クドラクは小首を傾げて不思議がる。
梨紅は、
「だ~か~ら~下りましょうって!」
相変わらずだった。
それが、
(は、ははっ……)
なぜか、とてもおかしかった。
「わかった」
そう囁いてから、クドラクはゆっくりと下降し始めた。
時折、白い歯を見せながら。
笑っていると胸の痛みは不思議と感じなくなっていた。