132 三者三犬
昼休み。
今日は珍しく弁当を忘れたクラスメイト兼友人の白檀典明と一緒に購買で買ったパンを一緒に食べていた。
「相変わらずよく食べるな白檀」
「おう! 男は食べてナンボだろ!」
白檀の机の上には購買で人気の焼きそばパンをはじめ、ジャムパンやらクリームパンなどの菓子パンに加え、ホットドッグやらの総菜パンの数々が文字通り山のようにあった。
「ほれ。お前も食え。遠慮するな。どうせ適当に見繕って適当に買い漁ったパンだ」
このパンの山は白檀が購買部で目についたパンをごっそりと買い漁った……というよりは買い占めたものだ。他の生徒から異常なくらいのブーイングも、ものともせずに購入した。謂わばこれは白檀の戦利品なのだ。
ついでに二人の目の前にはそれぞれが飲むお茶が置いてある。
「いつもはデカい弁当なのに今日はパンなんだ」
遠慮をするなということなので僕は山の頂にあった購買名物の焼きそばカツサンドパンを手に取ってから頬張った。
「もふ。……うん、イケルね」
一見ミスマッチに思える組み合わせのパンは結構美味かった。考えてみれば同じソース系なのだから合わない訳がない。
「あーそれな」
白檀はメロンパンを頬張りつつ、
「いつもはシスターが作ってくれるはずだったんだが、用事があるとかで今日の弁当はナシになってしまったんだ」
「あれ? シスターってしばらくいないんじゃなかった?」
「ああ。でも最近ようやくシスターが奉公に来てくれてなー。いや~本場のシスターってのはすごいな?」
白檀はにやりと笑った。
「本場?」
「そう!」
バンッと机を叩いて、これまた大きな声で、
「そのシスターがすっごい美人なんだよ。これが、マジで!」
誰がどう見ても分かる。
すごく興奮している。
「日本人のなんちゃってコスプレシスターとは訳が違うのよ、これが! く~」
「はあ……」
えらく興奮している。
鼻息がものすごいことに……。
「やっぱ外国人は最高だね。うん!」
「外国人?」
「そ! しかもパツキン! たまらんね! 正直!」
なるほど。
白檀の興奮っぷりに若干引いてしまっていたが、納得がいく。
この男もまたブロンドコンプレックスの一人か。
確かに日本人から見ると天然の金髪の女性だなんだってのは目に惹くモノがある。
「でも、よかったじゃないか。これでしばらく楽が出来るんでしょ。白檀のお父さんと白檀も」
「まーな」
いつの間にか白檀は結構大きさのあるメロンパンを食べ終わっていて二個目のジャムパンに手を伸ばしていた。
相変わらずの早食いと大食い。
時代が時代ならフードファイターにでもなれていたのかもしれない。
白檀がジャムパンを一口齧って、
「でもなー」
と、少しだけ言葉を濁してからお茶を飲んだ。
「でも?」
歯切れが悪い。
「お前も知っての通り、ウチには結構な人数の子供たちがいる。男女問わずに数十人レベルだ」
「知ってるよ。教会で保護しているんだろ。だから白檀の家の教会は教会っていうよりは養護施設のようなものという認識が強いよね」
「うむ」
白檀は大きく頷いた。
今さら確認するべきことではないことを言い出したということは、何かあるのだろうか?
「でも、それが?」
「う……む」
かなり言い辛そうにしている。
しかし意を決して、
「最近……だな。子供たちが何かに怯えているような節がある」
「怯えて?」
「そうだ。子供たちに理由を尋ねても答えてくれんのだ。答えて……というよりは子供たち自身もよく分かっていないような感じなんだよ。理由不明の恐怖。……まるでお化けみたいだ」
「お化け……ってことは……。怯えているのは女の子なの?」
僕の言葉に白檀は一度こちらを見て、
「……そーなんだよな。普通……そうだよな」
はあ~……っと大きなため息を吐く。
「違うんだ。そうじゃない。怯えているのは主に男の子の方なんだ」
「それは……珍しいね」
「だろ。お化けに怯えるっていうのは普通男の子というよりは女の子の方が多いはずだ。だいたいそういった霊的な現象を見るのは女の子の方が多いと聞く。それは女の子の方が男の子よりもそういった力を持っているという話を親父とか他の仕事関係者からよく聞かされていたし」
「そういった力……」
そういった力というのはいわゆる“力”のことなのだろう。例えば霊を見る力だったり、例えば魔力を持っている吸血鬼のことだったり。
恐らくだが。別に白檀は僕の正体に気付いているという話はないと思う。前からこういった話はしていたのだ。白檀はそういうオカルトの類の話を日常的にしている。それは白檀自身が教会の生まれのせいもあり、日常的にそういった話を耳にしているせいでオカルトに違和感がないのだ。別に普通。白檀にとってオカルトの話は天気の話や昨日見たテレビの話と同レベルの日常会話の内の一つ。
だから白檀は何も変わっていない。
変わったのは僕の方。
元々オカルトの話を聞くのは嫌いではなかったのだが、僕自身は確実にオカルト側に足を踏み入れてしまったのだ。
だから、少し。
ちょっとだけ、心に響くものがある。
それだけの話なのだ。
違和感を感じてしまっているのも、ただの気のせい。
それだけ。
「……じゃあお化けじゃないってこと? 不審者?」
「んー、分からん」
白檀は二個目のジャムパンを頬張って首を傾げた。
二個目も完食。
早い……。
手に付いたパン屑を舐めとりながら、
「一応見回ってみたりもしてみたけど、不審者らしき人物がいたという報告はないんだ」
「報告? 一人でやっているんじゃないの?」
僕の言葉に白檀は大きく笑った。
「ははは! さすがに俺一人では深夜の見回りは一人じゃ出来ないっての。親父は朝が早いから見回りはしないから、俺と奉公に来たシスターの二人でやってるよ」
「ふ~ん」
と、ここまで他人の事情だと思ってあまり詳しく話を聞いてはいなかった。
が。早々に気付くべきだった。
僕は焼きそばカツサンドパンを完食して二個目に取りかかろうと思って、手を伸ばして。
「……」
「……」
ぐっと。
白檀がその腕を取った。
「え?」
「……これはな。奢りだ。だから気にせず食べてくれて構わん。それとはまったく関係のない話なんだが、お前……今日、ヒマか?」
「あー……」
そこはかとなく嫌な予感がする。
腕の力は結構強い。
「ヒマか?」
「あー……まあ。ヒマっちゃあ……ヒマ……かな?」
「そうかそうか」
白檀は相変わらず腕を掴んだまま。
決して話を切り出そうとはしない。
ただ、力強く腕を思いっきり掴んでいる。
逃がすまいと。
あえて。
何も言わず。
「うぐ……」
腕を動かしてみる。
振りほどこうと思えば振りほどけるのだが、なぜか腕が動かない。
力強い意志を感じる。
「は~」
と、僕は大きくため息を吐いた。
負けた。負けました。はい。
「分かったよ……。で。僕は何をすればいいの?」
「助かる!」
と、言って。白檀がようやく僕の腕を離す。
「今日の放課後、俺と付き合ってくれ。不審者かお化け騒ぎがよく分からんが、俺と一緒にその事件について調査をしてほしい」
「調査……。まあ……うん。分かった。力になれる程度でいいなら」
「すまんな! ほら、食え」
半分以上残っていたパンの残り全てを僕の胸に押し付けると、白檀は機嫌がよさそうに大きく笑ってみせた。
はは……まんまと乗せられたかな?