129 三者三犬
事の発端はある少年の優しさと甘さの境界線から始まったのかもしれない。
その朝、僕は制服のポケットに手を突っ込んでとある問題を思い出した。着替えの途中、何となしにポケットに手を突っ込んでみるとそこには指輪が入っていた。
「あ」
銀の指輪。
内側には『Crux』と文字が彫ってある。
英語……なのだろうか?
聞き慣れない言葉に間違いはない。
この指輪は以前、温泉宿のオーナーから依頼料の代わりに貰ったものだ。実は一度断った依頼料ものちにいただいているので少し詐欺みたいな感じになっているのでちょっと複雑だったりする。
「これ……どうしようか」
学生の身分としては指輪の扱い方がよく分からなかった。
指輪というとやはり『婚約指輪』というイメージが大変強い。そして『婚約指輪』の印象が非常に重い。指輪を誰かにあげるという行為がかなり重さを印象付けているせいで、誰かに相談することも難しい。
なので、
「う~ん」
困っていた。
万が一誰かにあげるということならば、やはり女の子にあげるのが好ましいだろうか。僕は指輪とかには興味ないしね。
クドに。
栗栖さん。
クラリスさん。
あとは先生と母さんだが……。あ、一応あのシスター……ってことも……。
うん。それはないな。
さすがに大人組に指輪をあげるというのは、ない。うん。ないな。
となると、やっぱり。
あげるとすればこの内の誰かと言うことか。
でもクラリスさんには断られているから、クドか栗栖さんのどちらか。
「う~ん」
腕を組む。
でもやはり重くないだろうか。
指輪だよ。指輪。
とにかくいくら考えても答えは出なかった。出しようもないと言うのかもしれないが。
ま、そのことは学校に行った後にでも考えればいいや。
着替えを終え、鞄を持つ。
「クド~そろそろ学校に……って」
いつもの調子でクドに声をかけた。
しかし。
「ありゃ? まだ眠ってるや」
今日は珍しくクドは起きていなかった。ベッドの上で母さんが買ってきていた子供用のパジャマを着て、すやすやと寝息を立てていた。
気のせいかもしれないが温泉地から帰って来てからクドの寝起きが悪いような気がする。
寝不足?
まあ……起きてからの体調は悪くないようだし、体調が悪いという話でもなさそうではあるのでそこは一安心。
「ま、起こすこともないか」
どうせ学校に行かなければならないのは僕一人で。クドはその付き添いのようなものなのだから強制ではない。眠っているというのならゆっくり寝かしつけておいてもよいだろう。
鞄を持ち直し、扉に手をかける。
ゆっくりと扉を開け、
「行ってきます……」
そう呟いてから扉をゆっくりと閉めた。
ストックが溜まってきたので、ちょっと早めの更新です。