128 狐の恋心
環奈の家。
環奈はかがりの想像通り、夕方になって起きてすぐに酒を呑んでいた。
一方、あれから家に帰ってきていたかがりはというと。
「……」
かがりはぽっと頬を染めていた。狐のまま。それでも頬を染めていると分かるほどはっきりと、頬を染めていたのだ。
ちびっと環奈が酒を呑みつつ、
「お~い」
と、かがりに声をかけてみた。
しかし。
「……」
返事はない。
ただ、呆然と。
ずーっと本を読んでいた。
環奈はずっと首を傾げていた。帰って来てからずっとかがりの様子がこんな感じだった。
かがりが何か拾い物をしてくること自体が珍しいのに付け加えてこんなに自分の言葉がまるで届かないことなど本当に珍しかったのだ。
気にはなった。
なったのだが……。
「おっと」
大吟醸の酒瓶が空になって、
「ビールまだあったっけか~?」
興味がそちらに移ってかがりのことがどうでもよくなった。空になった大吟醸の代わりにと、冷蔵庫の中のビールを探しに立ち去る。
「……」
ようやくかがりが本を全て読破し、本をぱたりと閉じた。
かがりは初めて、
“感銘を受ける”
という言葉の意味の真意を理解出来た。
この言葉はこういう時に使うものなんだなと、心の底から理解出来た。
本を読み終わったかがりは、
「……」
魔力を練り始めた。
いつものように炎をぶっ放すだけの暴力的な魔力ではない。もっと繊細で、まるで恋する乙女が初めて綴る恋文のような淡く、しかし想いの強い。そんな魔力。
かがりは本当に感動したのだ。
この本に。
『ボクと少年ヴァンパイア』
という本の内容の素晴らしさに。
愛に形はない!
愛に限界はない!
愛に性別はない!
なるほど。
こういうのもアリなのか!
狐は、
「……」
笑って。
狐は、
「……」
じいっと本の表紙を眺めた。なぜか決意めいた瞳で。ぎらぎらと燃ゆる瞳で。
その時、台所の奥から環奈が戻って来た。手にはビール缶。
環奈は、辺りに魔力が漂っていることに気が付いて、
「あ?」
首を傾げる。
その瞬間。
“九尾”の輪郭が崩れた。まるで霧状の輪郭が風に吹かれたように揺らぎ、それはまた別の形を成していく。
そして、
「は?」
環奈がビール缶を落とすのと同時。
目の前に一人の人影が。
中性的な顔立ちのせいで少年にも少女のようにも見える相貌。
さらさらとした真っ黒な髪で目元が黒髪のおかっぱ髪で隠れているせいで表情はよく見えない。だいたい、一三か一四ぐらいの年頃の外見。朱色の古めかしい服を着ている。
環奈はしばらくうろたえて、
「だ……だ……」
いい加減我慢の限界が来て、
「誰だテメェ!?」
指を突きつけてから思いっきり叫んだ。
少年にも少女にも見えるその人影は、てくてくと環奈の元まで歩いていくと床に落としたビール缶を拾い上げてから環奈に手渡した。
にっこりと微笑んで、
「……ぼく、だよ」
環奈はわなわなと震えて。
やっぱり笑ったまま、
「篝だよ。環奈」
ぶいっとピースサイン。