125 狐の恋心
かがりは姿を不可視のまま町を歩く。
最近は野良猫とか野良犬とかの駆除を人間たちは盛んに行っている。別に自分が駆除されるようなことはないと思うのだが、いちいち相手にするのは非常に面倒なのだ。
だから不可視のまま歩いていた。
歩きながら、
「……」
ふと。
空を見上げた。
青い空。
雲一つない綺麗な青空。
かがりは太陽が好きだ。ぽかぽかしてぬくぬくして。気持ちがいい。
まるでかなたのようだ。
かなたという名前を考えてみて、物思いに耽るように考え事をした。
今日はどんな風に遊ぼうか。環奈に酒とタバコを止めさせる方法。遠い森の中のこと。
今日の夢のこと。
あの夢を見たのは久しぶりのことだった。
あの夢は見ると、嬉しい。だけど少し、切ない。
あの夢の中の出来事は全て本当にあったこと。自分の妄想や空想では決してない。腹をよく見ると分かるのだがあの時の傷跡が今も残っている。
思っていたよりも傷が深かったせいで“九尾”と呼ばれる狐の再生能力を持ってしても完全に治ることはなかった。
この傷は自分にとっては彼との絆の証。
だから少しだけ誇らしい。
だけど。
そう思う反面、やはり悲しい。
だって。
――きっとかなたはそのことを覚えていない。
忘れている。
いや。
忘れさせられている。
そのことを知っているのは彼以外の“八神”の関係者だけ。それを認めているのも彼以外の“八神”の関係者だけ。
彼は当事者であっても部外者なのだ。
ちょっとだけ、可哀想だ。
かがりは頭を振り、嫌なことを考える頭を切り替えることにした。
今日は日が高く、少し暑いぐらいだった。こんな日は少し気分が高揚する。かがりは散歩が好きだ。その理由はきっと、昔はずっと日の光も月の光も届かないような森の中でずっと暮らしてきていたからだろう。
楽しい。
日の光も。太陽の匂いも。
全てがかがりにとって新鮮だった。
心地よい風を受けながら、跳躍。家々の屋根を伝いながら、どんどんと先に進んでかなたの家がやっている喫茶店『スタブロス』に向かう。
途中。
電柱と赤いポストが見えた。
酒臭さに負けて随分早く出てきてしまったせいで、少し時間に余裕があった。
ちょっと寄り道。
たんっと地面に着地するのと同時に不可視を解く。
そこは近所の空き地だった。そこではすでに近所の野良犬連中が集まって集会のようなものを始めていた。あまり人間の手が入っていない空き地のせいか、雑草が生い茂り、そこに潜むように野良犬たちが散在している。
かがりの姿を見ると、そこの大ボス的な存在の一回り大きな暖色の雑種犬がギョッとする。
その犬は最近、気まぐれでかがりがシメたここ一帯のボス犬だ。ただの犬程度の存在ではかがりには勝てなかった。
犬社会は実力主義。
ボス犬が、
「わん!」
と、吠えると周りにいた野良犬たちも、
「わん!」
と、一斉に吠えて、まるで陸軍の敬礼のような意で野良犬たちがかがりを称えた。
かがりは少しだけ威張って胸を張る。
空き地の土管の上にぴょんっと飛び移るとそこに座った。ここは以前まではボス犬が座っていた場所だが、今はかがりの特等席だ。
つまりここら一帯のボスは、今は自分である。
まあ……かがりとしてはボスとかそういうのには興味は一切ない。ただの暇つぶしでちょっと遊んだだけのつもりだったのだ。しかし、想定外にもここら一帯の野良犬たちはかがりのことを尊敬した。あまりにもかがりが強かったせいだ。ボス犬ですら、今はかがりに媚び諂い、かがりに尊敬の念を送っている。
ちょっとやり過ぎたか……。
少しだけかがりは反省していた。
どうも自分は遊び癖がヒドイらしい。この前の“神狼”のことも、ちょっとは反省している。
でも。ちょっとだけ。
反省はしても後悔はしない。そういう生き方は環奈に教わった。そういう風に生きた方が絶対に楽しい。
かがりは楽しいのが好きだ。
『らくにしろ』
かがりがプラカードを出してそう伝えると犬たちが、
「わん!」
と、吠えて。
再び集会が始まった。
かがりはそれを満足そうに見て、足の裏で首を掻いた。
新年明けましておめでとうございます。
まさか、年を超えてしまうほどの長編になるとは思いませんでした。
よければ今年も今作をよろしくお願い申し上げます。
感想・評価お待ちしております。