124 狐の恋心
朝。
かがりはいつもぬくぬくの毛布の中で目を覚ます。この毛布はその昔、かなたが実家で使っていたお古だ。捨てられそうになっていたのを環奈が引き取ってかがりにくれた。
かなたの匂いがする気がする。もうずいぶんも昔に引き取ったものだし、かがりの歯形もついて、匂いもついて、さらには環奈が時折洗濯をしているので匂いが残っているはずがないはずなのに、かがりはその匂いがとても好きだった。
なので飼い主である環奈とは対照的にかがりは朝が好きだった。
好きな匂いに包まれて目を覚ますことが出来るから。
だけど。
「くか~」
すぐに嫌気が差す。
隣を見ると環奈が両手両足をそれぞれバラバラの方向に開いて大きないびきをかいて眠っていた。ストレートセミロングの綺麗な髪も今はぼさぼさに乱れていて、環奈の枕元には大きな酒瓶がいくつも転がっていた。
朝方まで一人で呑んでいたのだろう。
部屋の中は酒とタバコと乾きものの臭いで充満していた。
「わん」
かがりが吠えると部屋の窓がひとりでに開く。
魔力を使って触らずに開けたのだ。窓を開けるとそこから朝の冷たい風が部屋の中に入り込んでいく。新鮮な空気と部屋の中の空気が換気され、少しだけ部屋の嫌な臭いがマシになる。
かがりは環奈のことは好きだが、あまりこの臭いが好きではなかった。
臭い。
とにかく臭いのだ。
鼻の奥にこびりつくような臭いはあまり好ましくない。
それに酒もタバコもあまり健康によくないと散歩中に落ちていた雑誌に書いてあった。環奈には早死にして欲しくないし、彼女の甥であるかなたにも同様の意見だ。
しかし、彼もまた酒が好きなようで。
血筋……だろうか。
一六という歳で結構呑む。
止めようにもあんなに幸せそうに呑まれてしまっては止める気が起きない。これが“惚れた方が負ける”とかいうやつだろうか。う~ん。
窓の傍に立つ。
「くか~!」
背後で百年の恋も冷めてしまいそうなほどの女教師のいびきが聞こえている。ついでに環奈はくたっとしたパジャマ代わりの白いTシャツとピンクの下着だけであった。
今日は日曜日。
よって、環奈は休日の日である。
おそらく夕方までは眠っているだろう。そして、起きたらまた酒を呑むに違いない。
「わふ~」
少し小馬鹿にしたような声で鳴いた。
早死にするぞ。と。
かがりはたんっと窓の縁を蹴って、外へと出た。
かがりには休日も平日もない。いつもと変わりない日常を過ごす。
かがりの一日。
それは。
久遠かなたの素行観察と尾行。
有り体に言えば、ストーキング行為。
外へと出たかがりの姿が、地面に着く前に。
ふっと。
風に吹かれるように掻き消えた。