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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.2
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011 変態シスター現る

 久遠夕実(くおんゆみ)。僕の母親。

 自分の母親ながら若いと素直に思えるほどに母の顔は整っていた。肩にかかる長さのオーソドックスなボブカットのふんわりとした茶髪も母が若く見える要因の一つであろう。しかしそれは染めた訳ではなく、僕の髪の毛が茶髪であるところを鑑みると、天然茶髪だと思う。また口調もどこか幼く、僕のことをかなたくんと呼ぶ。息子のことをくん付けで呼ぶのはいい加減やめてほしいと高校に入ってから何度もお願いしたのだが、えんえんと泣き始める始末なので半ば諦めた。

 で、その母さんはと言うと、

「ん。これ、どうやって使うの? 刺す?」

「あらダメよ~、それは刺し箸って言って嫌い箸の一つでね、すごく嫌われる作法だから。もしかしてお箸苦手?」

「ん。使ったことない」

「じゃあスプーンとフォーク用意するからちょっと待っててね」

 そう言ってから母さんは立ち上がる。

 何で僕は……というか僕たちは食事を囲んでいるのだろう。

 おかしいな?

 初対面だよね。僕たち……。

 それがどうして朝の団欒だんらん……というかもうお昼だけど。ま、そこはどうでもいいからスルーするとして。

 白いほかほかのご飯。きのこと豆腐の味噌汁。鮭の切り身を焼いたの。味付け海苔。納豆。

 見事な朝食メニューが食卓に並ぶ。

 それはまあ、別にいいとして。そこにどうしてナチュラルにクドラクが混ざっているんだろう。しかも母さんも何の疑問も抱いていない様子だし。

 いや……うん。

 けど……。

 母さん、天然が過ぎるんじゃないのか? 母としてそれでいいのか。いや……、まあ。色々聞かれず、年端もいかぬ少女を家に連れ込んでいることを咎められずに済んで助かったわけだけども。

 食卓からぱたぱたと去っていく母さんの後姿を確認してから僕は隣で足が地面に付かずばたばたと揺らしながら椅子に座っていたクドラクにこっそりと話しかけた。

「な、なんかしてる訳じゃない、よね……?」

「なにかって?」

「だって……母さん……いくら天然だからって……その」

「んー……、あ。魅了(チャーム)系の魔法を使ったんじゃないかって思ってるの?」

「ちゃ、魅了……」

「そ。相手の感情を操作して利用する魔法の一種」

「そんなのあるんだ……で?」

「ううん。無理。わたしはそういう魔法は使えない。だからきっと……あれがあの人……えっと」

「母さんの名前は夕実って言うんだ」

「じゃユミか。ユミのなんじゃないのかな?」

「素って……」

 我ながら自分の母の懐(?)の大きさに痛み入る。

 と、

「は~い。おまたせ~」

 ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら母さんが戻ってきた。

 その手には僕が遠い昔使っていたお子様専用のスプーンとフォーク。柄の先っちょには『がおー』と懸命に吠えている可愛らしいライオンのデフォルメされた飾りが付いている。……いつの? それ。

「うふふ。これね~かなたくんのお気に入りだったものなのよ。よかった~まだあって」

 やめて。羞恥プレイはやめて。

「カナタが……へー」

 やめて。澄んだ目でこっち見るのやめて。

 母さんがこちらを見て、手に持っていたライオンのスプーンを手に、

「かなたくんかなたくん。えへへ、がお~」

 と、思わず『あ、ひらがなだな』と思わせるぐらい可愛らしく吠えた。

 かあっと頬が熱くなる。

 クドラクも目をぱちくりさせて、よく分からない様子で、しかしやがて小声で躊躇(ためら)いがちに、

「が、がおー?」

 そう吠える。明らかに意味を分かっていない。

「やめてってば!」

 ああ……もう。

 恥ずかしくなって味噌汁をずずずと(すす)った。

「もう、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……ねー……って、あら?」

「ん?」

 母さんが何かを思い出したようにしてパンと柏手かしわでを打つ。

「そういえば、まだあなたのお名前聞いてなかったわね」

(げ!)

 そりゃそうだ。いくらド天然の母さんとはいえ、人の名前ぐらいは気になるに決まってる。むしろ今まで名前も知らない子にあんなに親しくしていた母さんの度量の方が不自然だったのだ。

(あわわ)

 僕はひっそりと母さんの背後に回って、クドラクにジェスチャーを送る。

「(名前、言っちゃ、ダメ)」

 不審がられるから、と。付け加えるよりも先にクドラクは軽く、流れるように首を傾げてから、

「ん。わたしの名前? クドラクだ。クドラク」

(だ~……)

 あまりにもあっさりと正体を明かす。

「あら~」

 と、母さんはわずかに目を細めた。

 さ、流石に日本人じゃないことはばれたか。そして次の標的はきっと僕になる。日本人じゃないクドラクがどうして僕の部屋にいたのかっていう話に。

 そうなるとどう説明していいか分からない。

 実は吸血鬼で……とか話したところで伝わるはずもない。最悪その足で病院に連れていかれる。しかも黄色の。

 マズイ。……マズイですたい。

 僕が色々逡巡していると、

「わぁ~」

 母さんは驚いたように口元を手でおおった。

 そして、

「お、おお?」

「可愛い~! クドちゃんって言うの? 可愛い可愛い、か~わ~い~い~!!」

 むぎゅうっとクドラクに抱きついた。

 クドラクが苦しそうに手足をばたつかせる。

 だが母さんがそれに気が付いた様子はない。大きなぬいぐるみを前にしてテンションが上がった女児のように、力任せに抱きついた。

 もはや苦笑するしかなかった。

 ………………母さん。天然過ぎ。

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