表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.8
119/368

118 晴れのち再会、ところによって湯気

 クラリスさんが喜びに打ち震え、僕は静かに目を瞑って微笑んで、ヴァンパイアハンターと吸血鬼がハイタッチを交わし合った。

 パチン! と、とてもいい音が露天風呂内に響き渡る。

「やったわね!」

「うん」

 霧はまさに霧のように消え、今は露天風呂内にはほとんど晴れかけている湯気だけが残っていた。

「でも……どうしてあいつに攻撃が通じたの?」

 クラリスさんが頭を捻って考えていた。僕はその悩みに、

「霊力、だよ」

 と、答えてやる。

「霊力?」

「うん。多分あの人は霧に化けるのと同時に霊力に対する攻撃を避けるような霧になっていたんじゃないかって思う。逆も然りだから、“霊力をやり過ごす霧”と“魔力をやり過ごす霧”の切り替えが出来るんだと思う。で。僕の攻撃がどうして通じたのかっていうと、ほら。僕の魔力ってよく分からないけど青い(ヽヽ)から、あの人は僕が人間だって勘違いしてたんじゃないかな。霊力を持つ二人が相手だったら“霊力をやり過ごす霧”で十分だって油断してね」

 うーんっと体を伸ばす。

「でも、上手くいってよかったよね~。ほとんど賭けだったし、この作戦に乗ってくれたクラリスさんには感謝してもしきれないよ。ありがとね」

 彼女は俯いたまま、

「どこで気が付いたの? あの変態の霧について」

 そう尋ねてきた。

「どこと言われても……」

 答えに困る。

 頬を軽く指で掻きながら、

「さっきも言ったけど……確証はなかったよ。でも……」

「でも?」

「おや? って思ったのはあの人がわざわざ“青”だって言った時かな。少しだけ気になった。それで集中して見てたら……そうなのかなって。ははは。上手くいってよかったよね。ほんと」

 彼女に背を向けて、辺りの惨状を見て泣きそうになった。

 露天風呂内はボロボロで、これではかえってオーナーに迷惑をかけてしまう。片づけようにも抉り取られた地面ばかりはどうしようもない。

「あーっ! ほんとどうしよ~!」

 頭を抱えて、どうオーナーに弁明しようか考えて。

 ふと。

「……アンタは……すごい」

 と、クラリスさんがそう言った。

 振り返った時、彼女は顔を上げていた。少しだけ顔を赤くしながら、

「認める。私はアンタを認める。ううん。認めなくちゃいけない。アンタは……強い。今日のことでそれが分かったわ」

「え?」

「洞察力も観察力も私よりも上。戦い方も。その場の判断力も。上。だから認めなくちゃいけない。私だって子供じゃないんだから。それぐらいは……ね」

「え? え?」

 ど、どうしたんだろう。急に。

 僕がどう返答してよいやら分からずに固まっていると、

「で、でも勘違いしないで! アンタが強いってことを認めたからって私がアンタに負けた理由にはならないから! こ、この前は……そ、そりゃ負け……っぽい感じになったかもだけど。でもでも! う~」

 一人で勝手に赤くなって。一人で勝手に頭を抱えて。一人で勝手に照れ始めた。

 ど、どうしたらいいんだろう。

「こ、こんなことが言いたいんじゃなくて~……うぅ~。だ、だから……その……」

 謝れば。謝ればいいのか! そうなのか!

 とにかく彼女に対してだけはとことんまで平身低頭を心掛ける。

 何の迷いもなく、何の躊躇ちゅうちょもなく、何の曇りもなく、彼女の前で土下座をしようとして。


「これがツンデレかああああああああああ!!」


 という雄叫びが聞こえてきた。

 僕とクラリスさんが同時に振り返った。

 このダンティな声にものすごく聞き覚えがあったからである。

 振り返るとそこには先ほどよりも服がボロボロになって、ちょっと悲壮感を高め、中世ヨーロッパの浮浪者みたいな感じになっているネーブラが立っていた。

「あ、アンタ……生きて!」

 表情を険しく、クラリスさんが構える。

 僕がそれを後ろ手で、制す。

「アンタ……」

 それを見て、彼女は腕を下ろして、

「ち」

 と、舌打ち。腕を組んで、僕の後ろに隠れた。

「ありがとう」

 僕がお礼を言うと彼女はなぜか顔を赤くする。

「どう見たって戦える状態じゃない。ここは、任せて」

 対面し、

「まだやりますか?」

 と、ひとまず尋ねた。答えは分かりきっていたが、ネーブラの口から直接聞きたかったのでそう聞く。

「ふ、ふふふ。まさか少年が私と同じ吸血鬼だったとは思いもしませんでしたよ……。ふふ。残念ながら私に戦いを続ける力はありません」

「でしょうね」

「では……どうします? 私を殺しますか(ヽヽヽヽヽ)?」

 横目でクラリスさんがこちらを見た。

 そして。

 小さくため息。

「アンタ……まさか……」

 それを見て、

「ごめんね」

 一言。そう告げる。

「僕たちの依頼内容は“この温泉宿に現れる覗き魔をなんとかすること”。それは理解してくれますよね」

「覗き魔と呼ばれるのは大変心外ですがね」

 呆れつつ、

「あなたがやっているのはただの覗きですよ」

「う~む」

 本気で悩んでいる。

 う~ん。やっぱりこの人ちょっとズレてるな~。

「ねえ。やっぱり殺さない? こいつ」

 ちょっとキレ気味の彼女。

「まあまあ」

 一応嗜める。

「???」

 僕たちのやり取りを見てネーブラが眉をひそめた。

 理解が及ばないようであったので、さっそく本題に入ることにした。

「先ほど言いましたね。私を殺しますか(ヽヽヽヽヽ)? と。簡単に言うと……僕は、いえ。僕たちは」

 この決断はきっと彼女からすると偽善に映っているのかもしれない。

 だけど。

 僕は、


「あなたを殺しません(ヽヽヽヽヽ)


 と、断言。

 ネーブラの口が半開きになって。

 クラリスさんがやれやれと言った具合に頭に指を置いて左右に頭を揺らす。

 僕は真っ直ぐとネーブラの目を見ていた。

 真っ直ぐと目を見て、

「でも、もうこの温泉宿には来ないでくださいね。人に迷惑をかけるのはよくありません。覗きもほどほどに。いいですね」

「……許すのですか?」

 言葉に僕はふるふると首を横に振って、

「許すのは僕たちではありません。……分かりますよね?」

 にっと笑った。

 ネーブラが深々とボロボロのシルクハットを被った。

「なるほど」

 そして、

「はっはっはっは!」

 大笑。

 辺りにダンディでいかす声の笑い声が響き渡った。

 しばらく笑ってから、

「ふう」

 と、ネーブラが一息ついた。

 そして、シルクハットを被り直し、

「あなたの名前は何と言うのでしょうか。出来れば、そこのお嬢さんの名前も教えていただきたい」

 と、尋ねてきた。

 僕とクラリスさんは顔を合わせ、きょとんとしてから、

「僕は久遠かなたです。でも……こういう仕事の時は“八神”って名乗った方がいいのかもしれないから。八神かなたとも言いますね。何となく。ま、かなたって呼んでください」

「“八神”……。なるほど」

 なぜかそこでネーブラが笑った。

「……クラリス・アルバート。私は……月神結社(イガルクファランクス)盟主(サークルリーダー)でこいつとは別口の……ヴァンパイアハンター」

 不服そうにクラリスさんがそう言うと、

「“八神”に結社……。くっくっく…………あーっはっはっはっはっは!!」

 ネーブラはまたもや大笑い。今度は腹まで抱え、爆笑とも言えるほど笑った。

「な、何がおかしいのよ!」

 目尻に浮かんだ涙を拭いながら、

「いえ。これは失礼。……あなた方は、そうですか。吸血鬼とヴァンパイアハンターだけでも愉快なコンビだと思ったのに、そうですか。"八神”に結社。……あなた方は……あなた方は……」

 そして興奮気味に、

本当に面白い(ヽヽヽヽヽヽ)!」

 叫んだ。

 きょとんとする僕とクラリスさんを尻目にネーブラは、とても爽やかに笑いながら、こちらを見た。

 そして、

「覗きはやめです。そんなことよりも、もっと面白いモノを私は見つけてしまったのですからな!」

 すうっと彼の体が宙に浮く。

 紳士のように頭を下げ、

「では。ご機嫌よう。かなた殿にクラリス殿。……あ、老婆心ながら一つ。クラリス殿にアドバイスを」

 体の半分を霧として、

「ツンデレもよいですが。時には素直になることも、よろしいかと。では」

 そう捨て台詞を吐いて姿を消していった。

「なっ!」

 クラリスさんは顔をなぜか真っ赤にして消えていったネーブラに向かって叫ぶ。

「誰がツンデレだああああああああああああああ!!」

 僕はその光景を眺めながら、

(はて?)

 何のことを言っているんだろう?

 と。

 一人、頭を捻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ