117 晴れのち再会、ところによって湯気
刹那のタイミングで霧の攻撃を回避。僕が左に。クラリスさんが右に。霧の拳の先端。硬質化された拳の先端がちょうど目の前にあったガラス戸に直撃。ガラス戸を粉々に打ち砕いた!
ガラスの破片が辺りに飛び散る。
それに構うことなく僕とクラリスさんはネーブラの周りを走り続けた。
いわゆる挟撃の構え。
「芸の無い……」
と、淡々とした口調でネーブラは逆の霧の腕を構えた。
「私に挟み撃ちなど無意味」
迫りくる僕とクラリスさんの両方を見比べて、
「ですが。やはり止めておきますか、な!」
ネーブラが選んだのは僕。体を捻り、僕に向けて霧の拳を大きく横に薙いだ。
霧の腕は露天風呂の中心にあった大きな岩ごと吹き飛ばすほどの衝撃。温泉を巻き上げぐわんとした熱風が吹きすさぶ。人間で言うところの二の腕部分の霧の腕のところでちょうど飛び、それをかわす。
そして流れるように、
「喰らえ!」
飛び掛かりながらネーブラに向かって殴りかかる。
まだ。
まだだ。
僕は腕に魔力を宿すことのない普通の状態でネーブラを殴った。
当然、
「ふっ。無駄ですよ」
ネーブラが霧となって攻撃を難なくやり過ごした。
「くそっ!」
悔しがる。
あえて。
わざとらしく!
これも作戦の内!
体勢を戻しつつ、辺りを見回す。
ちょうど。
「はっ!」
くるっと空中で一回転をして、ネーブラの背後に跳躍し、たんっと着地。
腕を交差させ、
「『鋼糸の結界』」
と、クラリスさんがそう言った。
ぴくりとネーブラが動く。
「あら? 動かない方がいいわよ。ここら一帯に鋼糸で物理的な結界を張ったから」
彼女の言う通り、すでに露天風呂内に鋼糸が張り巡らされていた。先ほどの霧の拳が巻き上げた温泉の水滴が鋼糸に伝い、きらきらと輝くようにして鋼糸の正体をそこに晒していた。
「私はね、霊的な結界を張る能力に関しては無力。でも、こういう感じの結界なら張れるのよ。"霧の変態”。アンタはすでに私の結界内にいる。この『鋼糸の結界』内の鋼糸にわずかにでも触れれば私の指から霊力が伝ってあなたを襲うわ。この鋼糸は純度の高い銀を編み込んである特殊な鋼糸でね。吸血鬼の弱点なんでしょ。銀って。それを媒介にした霊力の威力は、そりゃもう。効き目十分よ」
ネーブラは冷静に、
「ならば。動かなければよいのですかな?」
と、言う。
「ええ」
クラリスさんはそう返す。
が。
左手の中指を屈伸させ、鋼糸に引っかける。
「まあ。動かないのなら、こっちが動けばいいって話だけどね!」
ぴん。
弾くように引っ張る。
と、
「霊力を全力で放出! 喰らえ! アンタの体に『鋼糸』から伝わる銀と霊力を混ぜた一撃をお見舞いしてやるわっ!!」
彼女の指先から青白い光が流れ込む!
見えなかった鋼糸に青白い光が流れ込み、一瞬で鋼糸が青く光る。それは光の早さでネーブラを襲い始めた。
だが、ネーブラは余裕しゃくしゃくで、
「お忘れですかな?」
そう言って手を前に翳す。
霧化。
「私に物理攻撃は通用しませんよ。なにせ、霧ですから」
ネーブラの言う通り、鋼糸は彼の体に触れることすら敵わず、ただ青く光るだけのイルミネーションと化す。
そして。それを見て、クラリスさんは、
「く!」
今まで見たことがないほど。
にやりと笑ってみせた。
「作戦通りに事が進むと本当に楽しくて仕方ないわね!」
「何ですと?」
霧のまま、男が喋る。
その背後で、
「そう。最初っからこの時を待っていた」
僕が少し低く抑えた声で言った。
「霧の状態のあなたは一切の反撃が出来ないようでしたので、安全に試すことが出来るんですよ」
『鋼糸の結界』内、一本の鋼糸を掴む。
「あなた……言いましたね。“青”って。クラリスさんの攻撃を受ける直前、“青”と。それって……霊力のことですよね。だったら……」
すうっと鋼糸に力を込め、僕の手から青白い光が漏れ出した。
「真っ赤な魔力なら効くんですかね!」
その瞬間。
鋼糸に僕の魔力が伝い始めた。
「ま、魔力!」
焦る声。
右からは青い光の霊力。
左からは青い光の魔力。
「青! 青! なぜどちらも青なのだ!」
二人のチカラがほとんど同時。
ネーブラの体に襲い掛かった。
「げええええええええええええええええ!!」
ネーブラがもんどり打つように叫び声をあげる。
「やった!」
「よし!」
今度こそ本当に、二人は勝鬨を上げた。