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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.8
111/368

110 晴れのち再会、ところによって湯気

 気が付けば時刻は丑三つ時。

 すでに他の客や従業員の姿もあまり見受けられない時間帯になっていた。すれ違った従業員が言っていたが、露天風呂の最終入浴時間は夜中の三時らしいので、二時間ほどしか猶予はない。が、自分は長風呂をするようなタイプではないので全然余裕だった。それにこの時間帯ならあまり人が来るようなこともないらしいので、ほとんど貸し切り状態に近いらしい。

 ラッキー!

 少しうきうきしながら露天風呂へと続く脱衣所の中へ。

 手早く着替えると湯あみ着を手に取って、

「ま、いっか」

 どうせ誰もいないのだから湯あみ着じゃなくてタオル一枚だけにしよう。その方が気持ちよさそうだ。手に持った湯あみ着をカゴの中に戻す。

 服を脱いでから腰にタオルを一枚。

 これぞ由緒正しき温泉スタイル。少しどや顔になってみたりして。

 と。

 いつまでもこんなことをしている場合ではない。ガラスの引き戸をがらがらと開けて外に出る。

 少しひんやりと肌寒い。

 手早く体を洗い、お湯を頭から被る。体が冷えるより先に湯気が立ち上る温泉へと身を沈め、一気に体を温めた。

「く~」

 うむ。

 これは気持ちがいい!

 お風呂は何度入っても気持ちがよいものだ。家ではほとんどシャワーで済ませることが多いので、肩までお湯に浸かる行為がこうも気持ちが良いものだと再認識させられる。

 それにさっきは女の子と一緒に入っていたせいもあって、ゆっくり出来なかった。混浴はどうにも気持ちが落ち着かない。混浴は男の夢だとかいう人もいるけれどゆっくりと独り占めにして露天風呂に入るというのも悪くないもんだよ。

 残念ながら今の時間は日が沈み切り、太陽も昇ってきていない深夜の時間帯なので露天風呂から一望出来る景色は暗闇だけだ。決して絶景と呼べるような代物ではないが、岩場の近くに置かれた提灯のおかげでわずかな光が白く濁った温泉のお湯をライトアップして、なんとも風情があった。

 ばしゃばしゃと温泉のお湯で顔を洗う。

「はぁ~……いいお湯だな~」

 あまりにも気持ちがよく少し気分が高揚してきてしまった。

 広いお風呂。

 と、くればやることは一つ。

 すい~っとお湯を掻き分けて泳いだ。

 行儀が悪い行いであることは重々承知している。

 でも、やっぱり。

「気持ちいいな~さいこ」

 う。

 と、言いかけて。

 僕は凍り付く。

 犬かきのような泳ぎ方をして。

 中心にある岩場の周りをぐるっと迂回しつつ。

 湯気と提灯の灯りの中を進み。

 ぼてっと。

 何かに当たる。

 岩のような硬いものではなく。

 どことなく柔らかい。

 わなわなと震えながら、目を見開いている一人の少女と目が逢い。

「は」

 最初は戸惑いのような声。

「はああああああああああああ!?」

 次にまるで必殺技でも放ちそうな雄叫び。

 しかし、必殺技は出ない。

 出たのは、

「な、な、な、な」

 目の前の少女の怒りと照れが入り混じっている声。

 顔を上げるとそこには顔を真っ赤にしながら手ぬぐいで胸を隠しているクラリスさんが立っていた。

 彼女は自分の体勢に気が付く。

 決して豊かとは言えない胸、余分な肉の付いていないお腹や華奢な肩、二の腕が外気に晒されていることと、なぜか僕の頭がお腹に密着していることに。

「!」

 とりあえず挨拶とばかりに僕の頭を掴んだ。

 そのままヘッドロックのような体勢で僕の頭を膝の頭に擦り付け、そのまま膝を上げて、ほとんど時間差もなく僕の頭を露天風呂の中に突っ込む。

 これは往年のプロレスラーの必殺技。

 その名もココナッツクラッシュ!

「ぶば!」

 し、死ぬ!

 マジで死ぬ!

 お湯の中でもがき苦しむ。お湯をいっぱい飲んで、咳き込んだ。涙が滲んできて、何とか溺れまいとして立ち上がる。

「はぐぐっ! ごほっ! ごほっ!」

 ばしゃあ! と、お湯の中から立ち上がると、

「アホ! どこ向いて立ってんだ! このアホ!」

 クラリスさんの怒声が飛ぶ。

 くらくらとする意識がようやく戻ってくるとどういう状況なのかを把握出来た。僕とクラリスさんは向き合っている。裸で。

「わっ! わっ! わああああああああああ!!」

 どうにか大事な部分は白く濁ったお湯のおかげでクラリスさんには見えていなかったようなのだが、九死に一生を得たばかりの僕は気が動転しまくりだったらしく、見えている(ヽヽヽヽヽ)と勘違いをして慌てて首の根元までお湯に浸かった。

「ハッ!」

 と、そこで彼女もまた自分が未だに立っていることに気が付いて慌てるようにどぶんとお湯の中に体を沈めた。

 殺気を帯びた視線で殺せるものなら視線だけで殺してやると言わんばかりの眼光で僕を睨みつけていた。

 無言。

 睨み。

 とても怖い。

 なので、

(こ、殺される!)

 と、何度も頭の中でリフレインする。

 どうにかして誤解を解こうとする。が、何一つ思いつかない。

 必死に手を動かす。

 とにかく誤解なんだ!

「あわわわ!」

 そもそも何をどう弁明してよいかも分からないので意味不明の言葉を繰り返す精神異常者みたいな感じになる。

 と、ここで。

「はあ……」

 クラリスさんの口から大きなため息が漏れる。沸点が限界に達して、後は噴火を待つばかりかとも思ったが、

「本当に情けないわね。アンタ……」

 どうやら怒りを通り越して呆れかえっているらしく、

「……いちいち狼狽えてんじゃないわよ。アホ」

 そう言って髪を掻き上げた。その表情はまるで母親に怒られるのを忌避する幼児に向けられているような、優しく、どことなく女性らしさのある表情だった。

「……今回は事故。私も油断してたしね。水に流してあげるから……そんな顔しないでよ」

 僕はその意外な反応に驚き、

「あ……」

 ちゃぽんと顔の下半分をお湯に隠して。

「…………」

 思わず動きを止めた。

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