010 変態シスター現る
日曜日。
午前一一時半。普段ならまだ惰眠を貪っているであろう時間帯にも関わらず、僕は目を覚ましていた。普段であればスマホのアラームが鳴るはずだったが、起きていたのでアラーム機能をオフにして、音を鳴らさないようにした。……起こすのも悪いし。
と、
「かなたくん?」
部屋の扉がノックされ、その後から女性の声が届く。声は僕の母親のものだ。
「(げ!)」
決して出してはいけない声が漏れそうになるが慌ててそれを手で塞いだ。
「あれー? かなたくん、もしかしてまだ寝てるのー?」
「あ、いや。起きてる。はい、起きてます!」
「よかったー。あ、もしかして起こしちゃったかな。それだったらごめんねー」
「今日は見たい番組があったからいつもより早起きしただけだから、心配しないで」
「そう」
……ふう、危ない危ない。
僕は扉に意識を集中させながら、背後のベッドを見た。ベッドというか、ベッドの上で気持ちよさそうにしながら寝息を立てているクドラクを見た。
「すう……すう……」
クドラクは未だ、よく眠っていて、朝の来客にも気が付いていない様子。
昨日、あの後……クドラクは“力を使い過ぎた”とか言ってばったりと倒れちゃったんだよね。んで、そのままクドラクを公園内に放置する訳にもいかず、深夜の道をこの子を背負って家に帰ってきたんだ。もちろん、このことは誰にもばれちゃいけない。僕の世間体が粉々に吹き飛んじゃうし。
(それに……)
僕はクドラクの体を見る。
クドラクの服がボロボロになっていたからとりあえずということで僕の学校の制服の下のYシャツを着せたのはいいけど、女の子の下着だけは用意出来なくて、ほとんど裸Yシャツみたいになっちゃって……その。僕が無理矢理着せたみたいに思われたりしたら、その……なんか、やだ。
見た目この子……幼いから。なお更。
「うーん、じゃあやっぱり気のせいだったのかな?」
「え」
扉の向こうの気配が首を傾げるようにして、声を揺らす。
「ど、どうしたの母さん?」
「うん、あのねー?」
天然気味の母さんは扉越しでも分かるぐらいにぽややんと、
「昨日の夜にね~、なんだかかなたくんの部屋から~、銀色の長い髪の毛の小さな女の子がね~、うふふ……出てきたような気がしたから~誰か泊まりに来たのかな~って」
ミルキーボイスでそう言った。
バッと僕はクドラクを見る。よく見るとクドラクの寝ているベッドの上に魚肉ソーセージの赤いフィルムが散乱している。
あ。
僕は持っていたスマホを床に落として、ぱくぱくと口を開閉させた。
(み、見られてた~……! 銀色の髪の小さな女の子って……もう、それクドラク以外あり得ないじゃん!)
で、でも大丈夫。
わざわざ僕のところに確認したところを見るとそれが夢か現実だったかどうかを迷っているということになる。つまり!
母さんには悪いけど、それは夢だったということにすればいい!
くふふ……母さん、僕は悪い子なのですぜ。
「母さん何言ってるの。僕の部屋に誰かがいる訳ないでしょ。それに小さな女の子の知り合いなんていないし」
(大嘘)
「うーん」
僕が狼狽えている間も扉の向こうの気配はうんうん唸っている。
聞くのがすごく怖いけど、ここは聞かない訳にもいかないだろう。
「ど、どうしたの……」
「えっとね~」
な、何だか嫌な予感が……。
またも母さんはほんわかと、
「その子ってすごく礼儀正しかったから、多分夢じゃないと思うな~。私がこんばんはって言ったらこんばんはって返してくれたから」
(なにやっとんじゃあ!)
思わず脳内で三回転半ジャンプで寝ているクドラクに突っ込んだ。
ナニ普通の挨拶交わしてんのこの子!
礼儀正しいのは正しいのはすごくいいことだけど、空気を読んで!
「あ、でもお腹空いてたのかな? 魚肉ソーセージ食べてたから。だから私ね~はいどうぞってお茶をあげたから、もしかしてかなたくんの部屋にコップないかな~」
ギギギ、と部屋を見渡す。
あ。
部屋の中央に鎮座された木のテーブルの上にお茶が残ったマグカップがあった。
(ありまふ……)
あってはならないものが部屋に思いっきりありまふ。
力が抜けて四つん這いに崩れ落ちる。
「あれー? かなたくん、どうかしたの~?」
「にゃ、にゃんでもない……よぉ……」
「そう? で、どうかな? ある~?」
こ、これ……もう誤魔化しようが……。
だって話してる。
話してるもん!
思わず幼児化が進む。
「あ……えっと……あの……その……あのね……」
ダメだ。
何もいい言い訳が思いつかない。何より会話をしているという事実がどうしようもない。
「くあ~」
背後から声が聞こえ、振り返る。
むくりと半身を起こしてからクドラクがこちらを見ながら大あくびをしていた。
「ん~、おはよう」
こちらの事情を何一つ知らない少女は眠そうにごしごしと擦ってから、ぺたりとフローリングの床に足をつける。
「お、おはよう……」
起きちゃったよ……この子。
「???」
クドラクが不思議そうな顔でこちらを見た。
「どうして鼻にティッシュを詰めてるの?」
「いや……これは……」
止む無き事情とだけ言っておいた。
が、
「ふーん」
と、クドラクは軽く小首を傾げるだけでぺたぺたとこちらへと歩み寄ってきた。さも興味はないようだ。
って!
「(わ~! ダメダメ! こっち来ちゃダメ~~!!)」
慌てて制止するように手を前に突き出すジェスチャーを試みたが、クドラクは寝起きで頭が回っていないのか、
「どいて」
と、言ってから、
がちゃり。
と、一切の空気を読まずに扉を開けた。
「あら?」
「ん」
扉が開いて母さんとクドラクが対面する。
僕はもうあちゃ~と言った感じで顔に手をやって全てを諦めた。
対し、天然と天然の二人は、
「おはようございます~」
「おはよう」
爽やかな朝の少し遅めの挨拶を交わしていた。