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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.8
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106 晴れのち再会、ところによって湯気

「で、では」

 背中まではなんとかなった。頭を洗う要領で手を背中にまで動かしてタオルでごしごしと擦ればよかったから。

 ただ、問題は。

 お尻。

 とにかくお尻がどうしたものかと困りに困りまくった。

 沈思黙考ちんしもっこう思案投首しあんなげくび千思万考せんしばんこう

「はっ!」

 人間、考えることをやめてはダメだと悟る。どんな窮地に陥れられようとも考えることをやめなければ答えは出るものだ。妙案を思いつく。

 さっと自分の持っていたタオルをクドに渡す。

「やっぱり覚えよう。いつまでも甘えてちゃダメだと思う!」

 勢いですべてを誤魔化す。

「どうした? お尻は洗わないの?」

「い、いいから! はい! これ!」

「???」

 クドが首を傾げながらつい先ほどまで自分の体を洗っていたタオルを受け取った。僕の考え出した妙案は、体の洗い方をデモンストレーションしてみせること。

 正直言ってこれ以上クドの体を洗うことは出来ない。

 お尻も。前も。

 洗う訳にはいかない!

 男子として!

 男の子として!

「いい。これからやることを真似するの。僕のやった通りにクドもやってくれればいいから」

 そう言った。しかし、クドは不服そうに、

「面倒。カナタが洗ってくれた方が早いと思う」

「だめです」

「むぅ。どうして急に? 髪と背中は洗ってくれたのに」

「きゅ、急じゃないです!」

 危ないところを突っ込まれそうになって慌てて大きな声を出してクドの疑問を遮った。少しでもその疑問に触れられたら僕はアウト。もうどうしようもない。

 改めて石鹸とタオルを擦り合わせて持っていたタオルを泡立てる。

 それを見て、

「よいしょ、よいしょ」

 見よう見まねでクドもそれと同じ動作をする。

 やはりこの作戦は正解だったようだ。クドは少し子供っぽいところがあるのですぐに真似をしてくれた。この調子でやっていけばなんとかなりそう……。

「そうそう。上手い上手い」

「これぐらいなら、できる」

 僕が腕を擦ると、

「よいしょ、よいしょ」

 クドも同じように腕を擦る。

 首を擦る。

 胸を擦る。

 そしてどんどん体を洗っていく。

 ははっ。

 最初からこうしていればよかった。

 直接僕が彼女の体を洗う必要なんてなかったな。

「じゃあ次はお尻ね。お尻は立ってから洗わないといけないからね」

 そう言ってお尻を洗う。

 クドも立ち上がってから、お尻をごしごしと洗い出す。

(!!)

 ばっと慌てて視線をずらす。

 油断をしてついクドのお尻を見てしまう。少し小ぶりの桃のようなお尻だった。

 小さな子供のお尻であっても、女の子のお尻には違いない。

 とにかくテンパった。

 顔を真っ赤にしてあわあわと狼狽。

 そんな僕に対し、クドはだんだんと体を洗うことを覚えてきた甲斐もあって、自主的に体を洗い出していた。お尻の次は足。

 初めにお尻の付け根辺りの太ももからだんだんとタオルを下げていき、

「よいしょ」

 ふくらはぎに到着。

 そして、

「よい……って、きゃっ!」

 足の裏を洗おうとして、クドが石鹸に足を取られてしまった。いくら百戦錬磨の如きの戦いをするクドであっても突然の足の滑りには理解が追い付かず、体だけがすってんころりんと転がる。

「あ、危ないクドっ!」

 慌ててクドの体を押さえに向かう。が、何とも都合の悪いことにクドの足を滑らせた原因の石鹸がころころと露天風呂のツルツルした床を転がって、僕の足元にまで。

「え」

 気が付いた時にはもう遅い。

 僕もクドと同様に足の裏に入り込んだ石鹸に転ぶ。

 だけど、せめて。

 せめてクドだけでも助けようと思って手を前に出してクドの前傾に倒れようとしていたクドの体を抱きかかえた。

「おふ!」

 ぺしゃんという音。背中に鈍い衝撃。

「いてて」

「うぅ……」

 地面に折り重なるように転がって、ようやく止まる。

 まさかのハプニングに肝を冷やす思いだったが、どうやらここでこのハプニングは終了のようだ。

 僕の胸板に当たる柔らかな感触とクドのすべすべとした肌の感触が直接攻撃しているという点を除けば、だが。

 顔を真っ赤にして、

「と、とりあえず下りてっ!」

 と、ひとまず。最優先の提案を持ち掛けた。

 クドも、

「う、うん……」

 小さく頷いてくれる。

 クドが腕で体を支えて起きようとして。

 ――――して。

 まさにその直後。


「ったく。何なのあの失礼な人は! こっちに依頼をしておきながら別口にも頼んだですって? 普通依頼人(クライアント)に気を遣ってしかるべきでしょ。……まあ、いいわ。とっとと仕事を終わらせて帰ってやりましょ。はぁ……やれやれ。面倒なしご……と……を……?」


 ――最悪だった。ガラガラと露天風呂の入り口の戸を開けて誰かが入って来たのだ。その人は体に湯あみ着を着たままの状態で僕――というより、僕とクドの二人を見て固まっていた。

 ぱちぱち。

 ぱちぱち。

 ほぼ同時に僕とその人は瞬きをした。

 って……あれ?

 瞬きをして、しばらくしてから、

「あれ?」

 何かが引っかかった。

 入り口の戸の前で固まっている人影に見覚えがあったのだ。

 しかも、なぜか。

 背中にみょ~な冷や汗が流れる。

 ぱちぱち。

 その人影は日本人ではなかった。

 髪の色が金色だった。黒髪を無理矢理染め上げたような人工的な色ではなく、天然物の金色。

 温泉に入るために髪留めはしていない。なのでショートカットのブロンド髪。

 体躯は中学生ぐらいの女の子。

 そして何より。

 その人物は指輪を一〇本もしていた。

「え?」

「は?」

 しばらく互いに硬直をしていたが、目の前の少女が先に動く。鋭い目つきで僕を見下ろして、

「なに……やってんの?」

 少女は問う。

「えっと……」

 問いかけの答えは、

“転びそうになったクドを助けるために手を貸したものの、僕も転んでしまった”

 である。

 模範解答はソレ。

 が。

 現実は非常である。

「何をしているように……見える?」

 他者の目から見てこの状況がどういう風に見えるのかがすごく気になって、逆に少女に問いかけた。

 少女は養豚場の豚でも見るかのような蔑んだ目で、

「裸の女の子と乳繰り合ってるように見える」

 と、言った。

 不正解である。

 が。

「ってか」

 少女は答えを口にしたことでそれが確信であるかのように頷いて、脇に置いてあった桶を黙って拾い上げ、

「何で変態(アンタ)がこんなとこにいやがんだーーっ!!」

 投擲とうてき

 すこーん! と、桶が僕の顔面にクリーンヒット!

 少女。

 それは。

 どこからどう見ても、クラリス・アルバートその人であった。

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