101 晴れのち再会、ところによって湯気
露天風呂に続く廊下。
そこを歩きながら、ふとした疑問が過る。
僕の隣を歩くクドに尋ねてみた。
「そういえばさ」
「うん?」
「吸血鬼が霧とかに化けられるとかいう話って本当なのかな? よく聞きはするよね。霧とかコウモリとかが一番有名だとは思うけど」
「……」
クドは足を止め、少しだけ俯いた。誰が見ても分かる。少し、辛そうだ。僕の顔をじっと見つめ、そっと呟く。
「できる……と思う。吸血鬼にとって変身できるものは本性だから。変身とは少し違う。戻る。うん……戻るってのいうのが正しい表現だって思うな。……でも」
そこで一度言葉を区切る。
「わたしにそれを求めないで……ほしい。その……」
その目は。
とても寂し気で、何かを隠しているような気がした。
「うん。参考になった」
「え」
クドが顔を上げた。意外そうな顔だ。もっと根掘り葉掘り聞かれるものだと思ったのだろうか。しかし、僕もそこまで不躾ではない。
「そっかー。やっぱ吸血鬼が何かに化けるって話は本当だったのかー。そっかそっかー」
うんうんと頷きながら前を進んでいく。
あえて無視。
あえてスルー。
が、逆に不安になってきたのか。
「……聞かないの?」
と、聞いてきた。
「うん」
即答。
クドがびっくりするぐらいの即答ぶりだった。
その問いに対する答えは実に明快であり、
「言いたくないんでしょ? だったら言わなくてもいいよ」
手をひらひらとさせて、これ以上の会話は無意味だと諭した。
「カナタ……」
「無理強いはしない、というより……したくない」
「え」
「そんな関係ではありたくないよ」
振り返らずに答えた。
なので、一体僕の言葉にクドがどんな顔をしていたのかは分からない。
「もし……言いたくなったら言って。それまでは無理に聞かない。でもいつかは聞きたい。クドのことをもっと知りたいから」
にこりと笑う。
笑ってみせた。
笑える。
僕はこの子に微笑みを返せる。
それで十分だった。
「知っても……」
クドがすがるような目でこちらを見上げた。
「変わらない?」
「うん?」
「今と。何も。変わらないかな?」
「うん。変わらないと思うよ。いや、変わるかも」
「……」
ちょっと意地悪だったかもしれない。
クドが伏し目がちになる。
その頭をぽんぽんと撫でた。
「もっと親密になれる。そんな気がする」
言葉にクドがきょとんとする。意味があまりよく分かっていないみたいに。
「ま、なんにせよさ。焦らなくてもいいよ。ただ、覚えていて。僕はキミの味方だから。何があっても。ね」
最後にぽんっと頭を撫でる。
撫でられた頭にちょこんと手を乗せて、少し考え込むようにクドが一度黙り込んだ。
そして、
「くろい……けもの」
「え?」
「わたしの本性は……黒い獣」
そう言った。
クドは歯切れ悪く、
「まるで悪魔のような狼だ。……きっと」
とても複雑な表情で、
「見れば……遠ざける。だから……あまり」
羽虫が鳴くようなか細い声で、
「見られたくない……」
僕は近づいて。
思わず。
「えい」
むにっと彼女の頬を伸ばした。
「ひゃ、ひゃなた……?」
「言ったろ。焦らなくていいって。こういうのは焦るとろくなことがないんだ。だから焦って全部話そうとしようだなんて思わないで。……それにどんな姿のキミでも僕はキミのことが好きなんだから、嫌ったり遠ざけようだなんて思わないよ。安心して」
しばらく呆気に取られていたクドだったが、やがてその表情から緊張が解け、穏やかに笑ってみせた。
安堵し、僕も微笑み返す。
それにしても……。
黒い獣……か。
黒。
アレとは違うのかな……。
あの姿は黒い印象の強い姿だったけど、獣という感じではなかったよなぁ……。