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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.8
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099 晴れのち再会、ところによって湯気

「いやいや遠方遥々(はるばる)お越しいただきありがとうございます。本来なら入り口で出迎えるはずでありましたが、どうやら従業員の手違いで。いやはや。申し訳ありませんでした」

「いやー……えっと」

 恐縮至極。

 と、言った感じでオーナー自らお茶を注ぎながら何度も頭を下げて、すっとお茶を差し出した。

 ちなみにこの人はやはりこの旅館のオーナーだった。

 僕は一応、お茶と高そうな茶菓子には口を付けなかった。

 まだ、この人の勘違いだという可能性も捨てきれないから。

 というより。

 そうとしか思えない。

 僕は心の中で、

(何言ってるんだろう……この人?)

 とか、割と本気でそう思っていた。

 理解が追い付かない。

「あの!」

 もう我慢の限界だった。

 もし、この人が誰かと勘違いをしてこのような手厚い歓迎をしているのだとしたら、何と申し訳ないことか!

 話がややこしくなる前にと。

 僕は先手を打って、

「あの、すいません。もしかしたら誰かと勘違いをしているのではありませんか?」

 と、僕がオーナーの誤解を解こうとしたら、

「いえいえ! 滅相もない。ちゃ~んと存じ上げておりますよ。男の方と小さな女の子を連れてやっていらっしゃると先方から」

 と、オーナーが鷹揚に笑った。

「はい?」

 先方……?

「まあ。驚いたというのは本当ですが、ご安心めされよ。私は他人様ひとさまの外見だけで能力を決めつけるようなことはしません」

「はあ……」

 能力……?

(ナニ言ってんのこの人。さっきから)

 頭がどうにかなりそうだった。

 正直、頭を抱え込みたいぐらい軽くパニックには陥っている。

 隣でクドはぱくぱくと高級そうな茶菓子を美味しそうに頬張っているので助け舟を要求しようにも、それは大変難しいようだ。

 色々頭の中で考えて、何とか会話の突破口を開こうとして、

「あの……先方って言うのは……ひょっとして……」

 と、さも先方の名前を知っているかのようなていで尋ねてみた。本当はその相手に何の心当たりもないので、きっと名前を出されてもぴんと来ないのだろうが、ひょっとしたらその僕の反応を見てこの人が不審がるかもしれないという期待を込めたのだ。

 オーナーは微笑みながら、


「えーっと確か……若い女の人でしたな。名前は……八神環奈……さま。でしたかな?」


 と、言った。

「あー……」

 その言葉で全ての疑問が氷解する。

 ものすっごく知ってる人の名前だった。

「なるほど」

 もはやヤケになっていた。

 隣で、

「おー」

 と、クドが思わず感心するような息を漏らすほどにまで顔をキリッとさせる。自分では中々気が付けないモノだが、キリッとした顔は意外にも様になっている。

 クドは口の周りについた餡子を指で舐めとりながら、少しその顔に見惚れていた。

「ふふ。やはりあなたは本物のようだ」

「本物?」

「先ほどまではどこかおろおろして、少し頼りないと思っていたものです」

「はあ……」

「しかし。やはり仕事ともなれば人は顔つきを変えるものですな。いやはや、あなたを少しでも疑いそうになっていた自分が恥ずかしい。……そうですな。私はしかるべきところへ依頼を出したのですから、それを信用しないで、何が客商売ですか。本当に申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げるオーナー。

 いや……合ってますよ。あなたの見解。

 全部。ぜ~んぶ、合ってますよ。

 さっきまでおろおろしてたのも本当。

 疑ってしかるべきなんですよ!

 とは。

 とても言い出せない空気が応接室の中を支配する。

 しかし。

 しかるべきところに依頼?

 それって先生のことなんだろうか。

 だとしたら。

 もしかして、この人が“依頼”なんてものを出すほど困っていること。それって。

 僕は出来るだけ無表情で、

「吸血鬼ですか?」

 と、尋ねた。

 普通であれば「頭、大丈夫ですか?」と救急車でも呼ばれそうな案件だがオーナーはいたって真剣な表情で頷いてからテーブルの上にあった湯呑みの中身を少し飲む。

「もう一度依頼の内容を確認したいので、改めて説明願います」

 もっともらしいことを言って情報を集めることにした。何も分からない状態で何かしろだなんて無茶ブリには対応出来る気がしない。

 幸いにもオーナーが僕の言葉に不審がる様子はない。

 オーナーはことんと湯呑みをテーブルに置くと、僕に向き合った。

「元々この温泉宿の名物は露天風呂だったのです」

「だった?」

「はい。すでにお気づきになっているかもしれませんが、今、この宿には若い女性客が極端に少ないのです。その理由は出るのです」

「出る?」

「ええ、露天風呂にね」

「吸血鬼が?」

「いえ」

 と、ここでオーナーは首を横に振った。

 少し眉をひそめる。

 話の流れが急に止まってしまった。でも流れの読みは決して間違っていないはずだ。

「いえ、吸血鬼ではなく」

「なく?」

 オーナーはぼそりと。


「覗き魔なのです。出たのは」


 オーナーの言葉を聞いて、思わず腕を組んで考え込んだ。

「えっと、それって……その。警察の仕事なのでは?」

 割と常識的な発想だと思う。

 覗きは犯罪なのだから、現実的な思考としては警察に相談という方法が一番的確かつ最優先すべき選択なのではなかろうか。どこの世界に覗きが出たからヴァンパイアハンターに相談を持ち掛けるような輩がいようものか。

 オーナーがだんっと机を叩いてから勢いよく立ち上がる。

「もちろん相談いたしました! ですが……ですが」

 そこで言い淀むように小さな声で、

「警察は取り合ってはくれないのです。覗きは実害がない。この場合の実害は物理的損害です。何かが壊されたとかお客様の誰かが怪我をされたとか。そういう話は一切ありませんでしたので、警察は動いてはくれませんでした。従業員の中だけで用心してくださいとの一点張り。……確かに実害は一切ありません。ですが……覗きが出るなどと噂される露天風呂に好き好んで入ろうとする人などおりません。ですから特に女性客の客足が止んでしまい、ウチの売り上げはがくんと下がってしまいました。なので、警察の言いなりという訳ではございませんが、色々と手を打ってみたのです。ですが……そのどれもが意味をなさないのです。策は露天風呂の中に行けばすぐに分かると思いますので、ここでは割愛しますが。一応、自信はありました。これで、覗きの件が終わって元の霧屋に戻ってくれると。しかし、どれもこれもが効果がない。泣きそうでした……」

 と、ささやく。

 話の内容は分かった。

 覗きが出るが、警察は対応してくれなかった。

 それはとても可哀そうだとは思う。

 しかし。

 しかし、だ。

 一つの疑問がふっと湧いて出てくる。

「なぜ……吸血鬼の仕業だと?」

 こう言ってしまうと元も子もないのだが。

 吸血鬼だなんて眉唾もの。信じるには値しないと思うのが普通だろうに。

「それが……」

 と、オーナーが内緒話をするみたいな本当に小さな声でぼそりと、

「霧でございます」

 そう言った。

「霧?」

「お客様の中に露天風呂の中で霧を目撃したという話がありましてな。従業員のある者も露天風呂の点検中に霧を見たと証言する者もおります。……短絡的ではございますが、霧と聞いて真っ先にイメージされたのが“霧の怪人”だとかそういう印象の強い吸血鬼の話でしてな」

「“霧の怪人”……」

「この地方にはそう言った話が昔から語り継がれておりまして。“霧の怪人”には気を付けろと。耳にタコができるほど聞かされておりましたので、つい。これは吸血鬼の仕業なのではないのでしょうか?」

「うーん」

 オーナーの要領の得ない話に首を捻る。

 本当に藁にも縋る思いでヴァンパイアハンターに相談を持ち掛けたということなのだろうが。

 にしても……霧か……。

 普通に考えれば。

 それは。

 霧と湯気を見間違えただけではないのだろうか?

 霧と湯気は似てると言われれば似ているし、見間違えても不思議ではない。

「ん?」

 気が付くとオーナーがすがるような視線を僕に向けていた。

「はあ」

 小さく息を漏らすと落胆するような表情で視線を少し下げるオーナー。

 それを見て、

「分かりました。吸血鬼のことは僕にお任せください。大丈夫です。僕とこの子が力になってみせます」

 とんと胸を叩いた。

 一切、躊躇ためらわなかった。

 オーナーはほっと安堵のため息を吐いた。

「ありがとうございます!」

「はは……」

 その様子をクドが感心したような目で見ていた。

「……どうしましょう? 早速露天風呂に案内した方がよろしいですか? それともまずは部屋に荷物を置きに行きますか。何だったらお食事の用意も出来ますが」

 と、オーナーが尋ねてきた。すっかり僕に対する不安感なんかはどこかに消えていた。

 なので、

「ええ、そうですね。まずは部屋に。少し電話もしたいので」

 と、僕が言ったことに素直に従って僕とクドを促して南向きの設備の整った『桜の間』へと案内をしてくれた。

「あ、そうだ。お名前を伺うのをすっかり忘れてしまいました。お名前は?」

 案内の途中、名前を聞かれたので、

「僕ですか。かなたです。こっちがクド。こう見えてこの子はとても頼りになるんですよ」

 と、答える。

 オーナーは、

「“八神”かなた様と“八神”クド様……と。……はい。では、お部屋の方へご案内しますね」

 と、懐にしまい込んでいた宿帳にそう記し、前を再び歩き始めた。

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