第九十三話:遭遇戦
サルーメルを出発してから五日が過ぎた。
初めの内は慣れない環境下で大分苦労したが、今ではある程度慣れた事もあり比較的余裕が出てきたし、何度か遭遇した砂走りとの戦闘も、全く問題無く対処する事が出来た。
人間の適応力とは侮れないものだ。
この日も問題無く進み、時刻は夕方になろうとしている。
この調子なら明日の晩には首都エルドリアに到着するだろうとアリアが言ってくれた。
「何とか行程の半分が過ぎたな。近い道を選んだ事もあるから時間的余裕もあるし、首都に着いたら一日ぐらい観光するか?」
俺の観光提案にアデリシアとロゼッタが即座に賛成と声を上げる。
ロイは何も言わないが、そもそもこの二人が賛成と言った時点で発言権は無い。
悲しいな、男って……。
「私もその方が助かります。出来れば食料などを補充したいので」
アリアの言葉もあったので、俺達はエルドリアで二日程滞在しようかと話していた時、前方から剣戟の音が聞こえてきた。その後魔法によるだろう爆発音もする。
「先生……。誰かが魔物と戦っているのでしょうか?」
「この砂漠に武器を持つ魔物はいるのか?」
俺の質問にアリアは小さく首を振る。
「あの戦闘音なら人間同士の戦いと考える方が自然ね」
アデリシアの言う通りだろうな。となると敵は……。
「全員音をたてるなよ。まずは様子を見よう」
俺はそう言って姿勢を低くして静かに音の方へ向かい、その後ろをアデリシア、ロイ、ロゼッタ、アリアの順についてくる。
砂漠の山を登り下を見ると、騎士とおぼしき集団と黒ずくめの集団が戦闘をしている。数は見えている限りでは騎士が五人、黒ずくめは十五人程だ。騎士は三人、黒ずくめは二人がすでに倒れている。
遠目に見てもその五人は既に息絶えているのがわかる。
「正確な数は解るか? シェルファニール」
『……魔法によるジャミングがかけられておるな。済まぬが我では正確な数は掴めぬ。じゃが、ジャミングがかけられている時点で伏兵がおる確率が高いと思うぞ』
だろうな。あれはどう見ても盗賊なんてちゃちな連中じゃねぇ。
あきらかに訓練された集団だ。
どうする……。あきらかに騎士達が不利だ。各々実力はそれなりのようだが、如何せん数が違いすぎる。どうやら中央にいる人間を守ろうと必死に防戦しているが、このままでは時間の問題だろう。
だが、手を出すには危険が多すぎる。相手は魔獣や盗賊のような雑魚では無いのだ。
「……なあ。ここで俺が危険だから見て見ぬ振りをしようと言ったらどうする?」
「そんな役立たずなキンタ〇は握りつぶして差し上げますわ」
俺の弱気な発言にとても良い笑顔で答えてくれるアデリシア。
だろうね。でも女の子がそう言う事言うのは止めようか。それもそんな良い笑顔で……。
「解った。なら戦いに介入しよう。まずは俺が接触して敵の情報を探ってくる。まあ、見た目で十中八九黒ずくめが悪党だとは思うが、もし俺が右手を上げたら黒ずくめが敵。左手を上げたら騎士が敵。両手を上げたら介入せず逃げる合図だと思ってくれ。それを踏まえて、俺の合図の後、ロゼッタはここから銃で援護してくれ。ロイはそのロゼッタの護衛と彼女の目になれ」
「ロゼッタの目?」
「敵の物理障壁をロゼッタは見えないだろ? だからお前が標的を指示するんだ」
俺の説明にロイが納得して頷く。本来なら前衛が一人でも多く欲しいのだが、武器を持った敵を相手にさせるにはまだ不安が多すぎる。
「いいか。頻繁に位置を変えて敵に見つからないように気を配れ。援護頻度は少なくても構わない。兎に角お前たちの居所を敵に掴まれないようにするんだ」
俺の指示にハイと答える二人。
「アリアは俺達の荷物を持って遠くに離れていてくれ。そして、万が一俺達がやられた時は……」
「大丈夫。そんな事は無いと信じて待ってるわ」
アリアはそう言うと俺達から荷物を受け取り駱駝に背負わせる。
まあ、この子は要領が良さそうだから大丈夫だろう。
「アデリシアは……」
俺はアデリシアの方を向くと、アデリシアは力強い目で俺の事をジッと見つめている。
何も指示する必要は無いな。この娘は自分の役割を理解している。
「すまん。でも無理はするなよ」
俺の言葉にアデリシアは笑顔を向けてくれる。
『さて、では行くとするか主様よ。恐らく今までで一番危険な相手じゃ。油断するでないぞ!』
「ああ。解ってるさ……。ロゼッタ! 初撃は任せたぞ。」
俺がそう言うとロゼッタは狙撃位置に付きいつでもいいとコクンと頷いてくる。
俺はそれを確認すると前方の集団まで一気に坂を駆け下りて近づいた。
「あんた等、こんな所で何をしてるんだ!」
俺は油断なく両陣営を見据えながら問う。正直間抜けな質問と思わないでもないが、他にセリフが浮かばなかったのだ。
「に、逃げるんだ! 此奴らは暗殺者だ」
女騎士が叫ぶ。
「……運が無かったな。見られた以上、貴様も死んでもらう」
黒ずくめが低い声でお決まりのセリフを言うと、数人が俺に向かって剣を向けてくる。
まあ、予想通りの展開だな……。
俺は右手を上げて合図を送る。
すると銃声が響き渡り、後方で様子を窺っていた黒ずくめの頭が吹き飛ぶ。
「なっ? くそっ、気を付けろ! こいつ仲間の狙撃手がいるぞ」
黒ずくめの一人がそう叫ぶと、陣形を整え戦闘態勢を取る。
「と言う訳で、取り敢えずあんた等に味方するよ。詳しい話は後で聞かせてくれ」
俺の言葉に騎士は有難うと礼を言うと、黒ずくめに対して再び防御態勢を取る。
守られている女騎士が一人。それを囲むように守っている男騎士が三人……。
ちっ、一人減ってやがる。
俺は即座に味方の状況を把握すると、黒ずくめに斬りかかる。黒ずくめの数は……、十四、ロゼッタが倒しただけか。
いや、そもそも半分以下の数で防衛していたのだ。損害が一というだけでも僥倖だろう……。
『さて主様よ。どうするのじゃ?』
「とにかく俺は敵の数を減らす事に専念する。というか、俺の技量ではそれ以外に取れる策がねぇ」
シェルファニールの問いにそう答えると、俺は近くの黒ずくめに対し横凪に剣を振るう。
ロイやロゼッタ、アリアに関しては見つからない様祈るしかないし、アデリシアに関しては信じる以外に出来る事が無い。そして冷たいようだが騎士連中には自分の身は自分で守ってくれとしか言えない。
黒ずくめ達はアイコンタクトを交わすと、俺に五人、騎士たちに九人と数を分けてきた。
俺に向かってきた五人は明らかに俺を足止めするだけの動きをとる。
数の優位など関係なく、確実にターゲットを取る事だけに最善を尽くす。こいつ等マジにやり辛い。
暫く拮抗状態が続く。だが、その拮抗をアデリシアが打ち破ってくれた。
俺と騎士と銃に意識を集中させていた黒ずくめは背後から急襲したアデリシアへの対応が出来なかったのだ。俺を相手にしていた五人の内二人の首をアデリシアの短剣が切り裂く。
その後アデリシアは俺と背中合わせになって短剣を構え、二人減った事に気づいた騎士を相手にしていた黒ずくめが三人をこちらに振り向けてくる。
俺達に六人、騎士達に六人。これで大分向こうは楽になったかと思いきや、アデリシアの攻撃と同時のタイミングで騎士の一人も討ち取られていた。
「随分な手練れですわね……」
アデリシアの呟きに俺も頷く。
この黒ずくめは攻撃も鋭いが、それ以上に防御が上手いのだ。そして深追いもして来ない。
「ヤバいな……」
俺は騎士達の方を見る。
騎士達は、執拗に女騎士を狙う六人を二人の男騎士が必死に守っている。
女騎士の技量は精々黒ずくめを相手に一対一で何とか防戦出来るレベルぐらいしかない。このまま時間が経つのは明らかに不利だ。
どうする……。強引に強魔法攻撃を繰り出すか? だが、その一撃で何人が倒せるだろうか? 奪われる体力を考えると……。長期戦に備えた方がいいように思うが、そうなるとあちらの方が不味い……。
そう考えている時、俺の正面にいた黒ずくめが俺に対し剣を振り上げる。俺がそれに対応するより早く銃声が響き、敵の剣が吹き飛ばされる。
「ロゼッタ! ナイス!」
俺はその隙を逃さず黒ずくめの胴を切り裂く。
また、その状況に驚き隙を見せた黒ずくめをアデリシアが見逃さず、その首を切り裂く。
「今のはロゼッタですか?」
「ああ。物理障壁の無い武器を狙うとか、着眼点も良いが、それ以上にそれを実行できる技量が怖いな……」
これでこちらは四人。大分楽になったな……。
「ぐわぁ!」
男騎士の一人がまたやられたようだ。
やられた騎士もタダではやられなかったようで、相討ちになっていた。
向うで残るは女騎士と護衛騎士の二名に対して黒ずくめが五人か……。
「私、判断を間違えましたかしら……」
俺の方ではなく騎士の方に行くべきだったかとアデリシアが疑問の声をだす。
「どうだろうな。回復させる隙をこいつらが作ってくれるとも思えんが……」
俺に対して撃ち込まれた光の矢を剣で切り払いながら言う。
それにアデリシアが回復魔法を使えば、恐らく黒ずくめどもの攻撃がアデリシアに集中する危険もある。
出来ればそれはさせたくない。俺にとって守るべき優先順位はアデリシアの方が見ず知らずの連中よりもずっと上なのだ。
『どうする主様よ。大分数が減った様じゃが……』
そろそろペースアップするかとシェルファニールが問うてくる。
伏兵の事が気にはなるが……。
「少し無理をしようか。シェルファニール。済まないが……」
『うむ。任せておけ』
その言葉と同時に俺の全身に更なる魔力が湧き上がる。
「先ずは目の前の四人を一気に片づけるぞ!」
突如湧き上がった魔力と格段に向上した動きに黒ずくめ達が一瞬狼狽するが、すぐさま平静を取り戻すと武器を構えてくる。
だが……。
「遅ぇー!」
一瞬の隙を突いて俺は黒ずくめの一人を切り裂く。返す刀で打ち下ろした斬撃は打ち払われてしまったが、その際に敵の鳩尾を思いっきり蹴り飛ばし悶絶させる。
悶絶して倒れている敵を俺は放置して、残りの二人に斬りかかる。
何合か打ち合ったあと、一人は胴を薙ぎ払い、もう一人はロゼッタの援護射撃の隙に袈裟切りに切り捨てた。
悶絶していた敵を見るとアデリシアが止めを刺してくれていた。
俺は一旦魔力を平常状態に戻す。
大きく体力を消耗したが、残りの敵を倒すぐらいなら何とかなりそうだ。
「お、お逃げくださいリベリア様……」
最後の男騎士が複数の黒ずくめに抱き着いて必死に動きを止めている。
見るとその体には複数の剣が突き刺ささっている。
即死しても可笑しくない状態で、その男は必死に黒ずくめを足止めし女騎士を逃がそうとしていた。
「こっちへ来い!」
俺は女騎士に向かって叫ぶ。
女騎士は少し躊躇した後、すぐさま俺達の方へ向かって走ってくる。
邪魔をしようと黒ずくめ達が動いたが、瀕死の騎士が最後の力を振り絞り足止めし、またロゼッタの援護射撃もあり何とか俺達と合流することが出来た。
残る敵は五人。こちらは三人+援護二人。
「シェルファニール。もう一気に終わらせる。頼む」
俺はそう言うと黒ずくめ五人に向かって突撃する。
ここからはあっと言う間の出来事だった。
俺が三人、アデリシアが一人、ロゼッタが一人を倒して黒ずくめは全滅した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
俺は荒い呼吸を必死に整えようと深呼吸をする。
前方からはロイ、ロゼッタ、アリアがこちらに向かって歩いてくるのが見える。
「何とか終わりましたね……」
アデリシアが少し悲しそうな顔で言ってくる。
結局助ける事が出来たのは女騎士一人だけか……。
その女騎士は少し離れた場所で死んだ仲間達の亡骸の傍に立ち尽くしている。
「私も彼女の傍に行きますわ。もしかしたらまだ息がある騎士もいるかも知れませんし」
アデリシアはそう言って女騎士の傍へと歩いて行く。
俺はその姿をボーっと見送りながらこちらの損害がなかった事に安堵し、゛二つのミスを犯してしまう゛。
一つ目のミスは、疲れと安堵感からの油断で敵の伏兵の危険を忘れてしまった事だ。
「先生! 後ろ!」
ロゼッタの叫び声で俺はすぐさま伏兵の可能性を思い出し、振り返る。
すると、砂の中から現れたであろう敵が魔法による攻撃を放った所だった。
そしてこの時、俺は二つ目のミスを犯す。
それは、敵が狙う優先順位に気を配れなかった事だ。
敵の強烈な一撃が俺の横を通り過ぎて行く。
この時、俺は自分とアデリシアを守る事しか頭に無く、その一撃に対応する事が出来なかったのだ。
だが、アデリシアは二つ目のミスは犯さなかった。
アデリシアはロゼッタの声と同時に、女騎士を突き飛ばしていたのだ。
そして、敵の一撃がアデリシアの体を貫いた……。
「え?」
俺はその光景をドラマか何かを見るような感じで見ていた。
思考が追い付かない。
今……、何が起こっているんだ?
アデリシアが……。
何でアデリシアが倒れているんだ?
あ い つ は な に を し や が っ た ?
俺の思考が真っ黒に埋め尽くされる。
どす黒い感情が俺の中から溢れるように湧き上がる。
『な、なんじゃこれは……』
黒ずくめはさらに二撃目を放ってきたがそんな物を゛撃たせる訳がないだろ!゛。
射出と同時に掻き消えた二撃目に黒ずくめは驚きの声を上げる。
不利を悟った黒ずくめは俺に背中を向けて逃亡を図る。
「ふざけんな……。てめぇ……。逃がす訳が……。ねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
俺の叫び声と同時に壮絶な爆音が木霊する。
逃げようとした黒ずくめを中心に巨大な爆発が巻き起こりそいつは塵も残さず消滅する。
そして、後にはパラパラと舞い落ちる砂の音と巨大なクレーターが残るのみだった。
『…………』
「アデリシア! しっかりして! アデリシア!」
ロゼッタの絶叫が聞こえる。
殺してやる。あいつ等全員殺してやる。俺の生徒を……、よくも……。
俺の中で暗い何かがドンドンと大きくなっていく。
だが。
「よ、よかった。アデリシア……」
ロゼッタの安堵する声で俺は一気に正気に戻る。
俺は走ってアデリシアの元に向かう。
「大丈夫か! アデリシア!」
俺の声にアデリシアが小さくうなずく。どうやら急所を外れてくれた事とショックで意識を失わなかった事で回復魔法を掛ける事が出来たようだ。
だが、出血は止められても失った血液と体力は戻らないから危険な状態なのは変わらない。また、これから高熱が出る事も予想されるから、早く安静にしなければならないだろう。
俺達はすぐさまここにテントを張ると、アデリシアを寝かせて看病する事にしたのだった。




