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第九十一話:案内人

 アラストア大陸の西にある沙漠の国エルード最北の街、サルーメル。大陸中央に近い事もあり、比較的穏やかな天候と少ないながらも緑に囲まれた沙漠の入り口。

 俺達はこの砂漠を超えて大陸南端の街ベルゼムに向かうべく、この街へと訪れた。


「さてと。さっそく砂漠越えの為に装備を整えないとな」


「水に食料、着る物も要りますね。日除け用と夜の防寒用も揃えないと……」


「その辺り、先ずは案内人を雇ってからの方が良いのでは?」


 アデリシアの言う通り、その辺りはプロに任せた方が良いに違いない。俺達はまず案内人を雇うべく、街の斡旋所へと向かう事にした。

 

 泊まっていた宿の主人に紹介してもらった斡旋所は街の片隅にあった。


「随分と街の外れにありますわね……」


「それに、かなり小汚い建物だわ。壁は薄汚く所々崩れているし……。本当に大丈夫なの?」


 俺達の目に映る斡旋所は廃墟と言われても納得してしまいそうな所だった。


「あの言い方だと、何か訳ありだとは思ったが思った以上に胡散くせぇな」


 俺が良い所は無いかと宿のおやじに尋ねた所、教えて貰ったのがこの斡旋所だった。

 何でもおやじの知り合いの斡旋所らしく、話だけでもいいから行ってみてくれと言われたのだが……。 


『うむ。あからさまにトラブル臭がするのぉ。主様はそう言うスキルを持っておるのやもしれんな』


 シェルファニールが楽しげに言って来る。

 

「ああ、そうかも知れないな。だが、その場合お前がトラブル第一号なんだからな」


 それもそうじゃな。と笑うシェルファニールは取り敢えず置いておき、俺は毒食らわば皿までの気持ちで斡旋所へ入る事にする。


「すみませーん。宿のおやじから紹介されて来たんですがー」


 俺は無人のロビーで声を上げる。

 ぐるりと周囲を見渡すと、中もボロボロではあるが掃除はきちんとされている事に安心する。

 少なくとも働いている人間は真面そうだ。


「は、はい! 今すぐ行きま-す」


 奥から女性の声が聞こえると、パタパタという足音がこちらに近づいてくる。

 暫くして、長い赤毛の女性が息を乱しながらロビーに現れた。


「お、お待たせしました。ライメル案内人斡旋所へようこそ。私は当斡旋所のオーナーのライメルと申します」


 女性が丁寧に頭を下げて挨拶をしてくる。歳は二十歳前後ぐらいか? 随分と若いオーナーだな。


「ああ。俺の名前は高志。砂漠を超えてベルゼムへ向かいたいんだが」


「はい。ベルゼムまでの案内人ですね。お任せください。当案内所にはこの道十年以上の案内人が数多く在籍しております。お客様を安心、安全、丁寧に目的地までお送りさせて頂きます」


 ライメルはそう言うと、斡旋所の奥へと向かう。

 暫くして、一人の案内人らしき人を連れてきたのだが……。


「おい」


「は、はい?」


「十数年のベテランとか言ってたよな?」


「は、はい……」


「その子……。どう見ても十二、三歳にしか見えんぞ?」


「えーっとぉ……。そ、そう。この子は見た目は若く見えますが、歳は三十を超えています! 大丈夫です。問題ありません!」


「嘘付けぇ!」


 俺の大声で、ライメルがビクッと小さくなる。


「ライメル。後は私が話を進めるから、洗濯の続きをしてきて」


 小さな女の子は、見た目と反し大人びた声でそう言う。


「で、でもぉ……。アリアちゃん一人で大丈夫?」


「私一人でいい。寧ろいると邪魔だから引っ込んでて」


 アリアと呼ばれた女の子は身も蓋も無く言ってのける。

 

「えーん。アリアちゃんが苛めるぅー。お洗濯してきまーす」


 ライメルが悲しいのか楽しいのか解らない声でそう言うと裏へと引っ込んで行った。

 アリアはその後ろ姿を見送ると、くるりと俺達の方へと振り向く。


「大変お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。私が案内人を務めさせて頂くアリアと申します。案内歴は十年もありませんが、三年はこの仕事をしていますのでご安心下さい」


 アリアはペコリと頭を下げてそう言ってくる。


「ですが、失礼ですがあのオーナーさんの言動を考えると……」


 アデリシアが安心出来ないという声で不安を口にする。


「ご不安は御尤もですが、うちのオーナーはバカですので。バカがバカな事を言うのは至極真っ当な事ですからご安心ください」


 アリアがニコリと可愛い笑顔で辛辣な事を言う。

 うーむ。正直俺はこの子の事が気に入ったんだが……。だけど、事は俺達の安全に関わる事だ。それだけで決める事は出来ないな。


「皆さん。不安に思うお気持ちは解ります。ですから、あちらのテーブルでお話を聞いて頂けませんか?」


 俺達の表情からこちらの考えを読み取ったのだろう。アリアが部屋の中央にあるソファーを勧めてくる。

 

 そうだな。取り敢えず話を聞くか。


 俺達は勧められるままソファーに座るとアリアが地図をテーブルの上に広げてベルゼムまでの道筋から掛かる諸経費までを説明してくる。

 話を聞く限りでは、説明もきちんとしているし子供とは思えない程しっかりとしている。


「……とってもしっかりとしているのね。正直驚いたわ」


 一通りの説明を聞いてロゼッタが目を丸くしている。


「保護者がバカなので」


 アリアはしれっと酷い事を言っている。


「保護者? ライメルさんはお姉さん?」

 

 ロイが疑問を口にする。正直あまり似ていないので俺も驚いた。顔形では無い。人種自体が違うように見えたのだが……。

 ライメルは赤毛で色白の現実世界風に言えば西洋系の見た目だったが、アリアは短い黒髪に黒く焼けた肌をした中東系の見た目をしているのだ。


「いえ。血の繋がりとかは無いのですが……」


 ロイの疑問にアリアは少し小さな声で答えてくる。


「アリア。君の話でベルゼムまでの経路や諸経費などの仕事面の事は良く理解出来た。仕事で言えばここまでの話で十分なのかも知れないが、出来たら俺はもう少し君達の事を教えて貰いたいと思う。もし良ければその辺りも聞かせては貰えないか? 正直君のような子供が案内人をしている点やライメルさんとの関係、このオンボロな斡旋所など不安点が多すぎる」


 ハッキリと言えば、今の情報だけでは子供を雇う気にはなれないのだ。幾ら個人的に気に入った性格をしていると言っても、やはり命が掛かってくる事なのだ。それ相応の理由なしでは頼む気になれない。


 俺の言葉にアリアは少し考える素振りを見せたが、すぐに結論が出たようで俺を正面から見据えると自分達の事を話し始めた。


「この斡旋所は元々はライメルのお父さんが経営していました。その当時はもっと沢山の案内人もいましたし、建物もちゃんとしてたんです。でも、お父さんが亡くなってから経営が傾いてしまって……」


 沢山いた案内人は次々に辞めて行き、建物の修繕をする余裕も無くなって今に至るとアリアは言う。


「お父さんはこの斡旋所の裏に孤児院を作っていまして、私はそこの孤児院で育った子供です。お父さんの死後はライメルが後を継いで、この斡旋所と孤児院を経営しています」


 成程。だから保護者という事か。


「本当なら、ここの経営が傾いた時に孤児院を止めていればライメルはこんな苦労はしなかったのですが……」


 ライメルはバカだからとアリアは言うが、そのバカには深い愛情が込められているようだ。

 

「君はその歳でどうやって案内人に?」


「私は小さい頃からお父さんや他の案内人に連れられて砂漠を越えてきました。他の案内人の人達が居なくなった後は私一人で案内人を続けています。ですから子供ではありますが、キャリアは十分に積んでいます。ご安心下さい」


 アリアがぺこりと頭を下げる。

 随分と大人びた子どもだと思ったが、どうやら想像以上に苦労した結果のようだ。早く大人に成らなければ生きて行けない状況だったのだろうな。

 

「案内人は君一人なの?」


「はい。他の案内人は全て辞めてしまいましたし、孤児院にいる子供は私が最年長で他はまだ小さく働く事が難しいので。ライメルはバカですし……」


『この娘。随分苦労しておるのぉ。主様よ、雇ってやって良いのではないか?』


 アリアの言葉にシェルファニールが同情する。  

 どうするか……。聞けばキャリアは十分みたいだし、子供とは言えかなり頭も良いし度胸もある。


「先生。私はこの子にお願いして良いと思いますわ」


「うん。僕も問題ないと思います」


「この子は少なくとも大人と変わらない考えを持っている。頼んで問題無いと思う」

 

 三人が声を揃えて賛成を言って来る。

 どうやら全員が賛成意見のようだ。 


「そうだな。ではアリア、今回の案内人を君にお願いするよ」


 俺の言葉にアリアが有難うございますと頭を下げてくる。

 さて、そうなると次は装備や持ち物の件だな。

 

 ……どうせなら、この子に全てやってもらうか。


 俺はこの子の話を聞いて同情を禁じ得なかった。施しをする気は無いし、この子もそう言った事は望まないだろう。プライドを持って生きている事は目を見れば解る。だが多めに依頼料を払えるように仕事を増やすのは問題あるまい。


 俺はそう思い、テーブルの上に金貨を二十枚程乗せる。

 それを見たアリアが最初目を丸くし、その後睨むように俺を見つめてくる。


「この金貨は何?」


「ああ。案内の他に仕事を頼みたい。砂漠を越えるのに必要な物をこの金で揃えて欲しいんだ。相場とか良く知らないんだが、これぐらいで足りるか? 無論手数料は払うぞ」


 俺の言葉にアリアは睨むのを止めて何時もの表情に戻る。

 どうやら誤解は解けたようだ。


「解った。でもこんなにも要らない。全部含めて金貨五枚もあれば十分よ」


 俺は金貨五枚をアリアに渡す。

 アリアはその金貨を受け取ると、ジッと俺の事を見つめてくる。


「何だ? アリア」


「……貴方。結構お金持ちなのね。……ライメルをファックしてもいいわよ?」


 ぶっー!


 その言葉に俺は思わず噴いてしまう。


「お、お前……、何いって……」


 俺は思わず立ち上がってしまう。

 横に座っていたロイ達も目が点になっている。

 だが、当のアリアはきょとんとした表情で俺の事を見ていた。


 おーけー、おーけー。落ち着け高志、紳士たれ。

 どうやらアリアは良く意味が解ってないんだろう。小さい頃から大人に交じって生きていたから、こういう汚い言葉を意味も解らず覚えてしまったんだろうな。

 俺はそう思い至って、ソファーに座りなおす。


「ふう。いや、アリア。遠慮しとくよ。だけどアリア、子供がそんな言葉……」


 俺が言葉を言い終わらないうちにアリアが、

 

「……そう。もしかして大人の女に興味が無い人? だったら私をファックしても良いわよ?」


「子供がそんな事言うんじゃありません!」


 俺はまた立ち上がって叫ぶ。


「お金で体を売るような事はあかん! あかんよ!」


 思わず関西弁で叫んでしまう。何というか、小さい子供が体を売る系の話はダメなのだ。思わず涙が出そうになる。


「当り前よ。ファックしたらちゃんと責任とってもらうわ。この斡旋所と孤児院の経営とそこの孤児十人の面倒をみて貰わないと」


 何それ、怖い。美人局よりこぇー。


「あのなぁ……。そんな事を簡単に言うのは止めておけ。世の中には碌でもない奴が沢山いるんだから……」


「当然相手はちゃんと選んでるわ」


 ちゃんと責任を取る男を見る目はあるとアリアは言う。

 その言葉に俺は思わずため息をつく。


「俺を信用してくれたのは嬉しいが、遠慮させてもらうよ」


「そう。残念ね。いい加減ライメルには早く男を充がいたかったんだけど……」


 こいつ……。見た目子供でもかなりやべぇ……。油断すると退路塞ぐ系の女だ。


『思った以上に逞しい子供じゃな。我は気に入ったぞ』


 シェルファニールの好みは偏ってるな……。危険系に……。


「じゃあ、私は買い物に行ってくるわ。明日のこの時間ぐらいにもう一度ここに来てくれる? 装備の確認と打ち合わせをしたいから。それが無事すんだら明後日早朝にはここを出ましょう。それでいい?」


 アリアの言葉に俺達は頷き、この日は解散となった。

 

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