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第八十六話:ギルモア研究所跡(後編)

「さて。取り敢えず目的の部屋には着いたのだが……」


 俺はそう言って周囲を見渡す。前方には大きな部屋があり、人が三人ぐらい並んで入れそうな大きさの入り口がある。その入口横に封印の魔法陣とそのコアが埋め込まれている。そこから中を見ると、中央に大きなクリスタルのような物がある。どうやら、あれが死霊やグールを生み出している元凶のシステムのようだ。


「これは……、大変そうだな……」


 俺は入口から中を見ながら言う。封印がまだ機能しているお蔭で部屋から外に死霊やグール共が出て来てはいないのだが、逆に言うと部屋の中に閉じ込められているという意味もあり……。


「すごい数ですね……」


 ロイが呆然と呟く。


「元々、この封印は停止も破壊も出来ないクリスタルから生み出される死霊共を閉じ込める事と周囲から呼び集めないようにする為の物だから……。部屋の中は作り放題になっていたのよね……」


 エルミアが部屋を見て嫌そうな顔をしながら言う。

 本来なら、ここでコアを交換したら終わりの簡単なお仕事の筈だったのだが。

 

「ちょっと後悔してきたな……」


 俺の言葉にララノアが宙を飛び回る。恐らくそんな事言わないでくれと言っているのだろう。


「冗談だ、ララノア。ここまで来て止めるとは言わねぇよ。それより、あの中にギルモアがいるんだな?」


 俺の問いにララノアがコクコクと頷く。

 この中からギルモアを探すとか……、ウォー〇ーを探せ状態だな。


「それで? ギルモアの特徴は何だ?」


 ララノアがロゼッタの傍に近づくとその体に触れて意思を伝える。


「えっと……。燃えるような赤い髪が特徴?」


「……みんな禿げ上がってるよ! 解るかそんなもん。他にはないのか!」


「他には……、童顔で笑うと子供みたいに可愛い?」


「顔なんか区別できるか! 惚気てんじゃねぇよ。もっと他の特徴を言えよ!」


「え? 研究者の割には鍛え上げられた筋肉をしている?」


「……帰るぞ」


 俺の言葉にララノアが目の前を飛び回って足止めをする。


「今のは冗談です。済みませんだって、先生」


 ロゼッタが通訳するとララノアもペコペコと頭を下げている。こいつ、何気に良い性格してやがる……。


「指輪? 先生。ギルモアさんは右手薬指に金の指輪をしてるそうです」


 指輪か……。あの中から右手薬指の指輪を探すのもキツイな……。だけどやるしかないか。


「作戦はどうします?」


「そうだな。基本的にお前らはこの扉からあいつらを逃がさないようにしてくれ。ロイが前衛、ただし倒すな、足止めだけを考えろ。右手薬指の指輪を判別しながらの戦闘は難易度が高すぎる。間違えてギルモアを殺っちまったら目も当てられんからな。その補佐にアデリシア。ロゼッタはその後方からヘッドショットを狙え。速さは要らない、右手薬指を落ち着いて確認してから撃て。エルミアは三人の援護を頼む」


「先生は如何するのです?」


「俺は部屋の中央に飛び込んで片っ端から数を減らしていくよ」


「大丈夫ですの? 先生一人で」


「戦闘面では問題ない。この程度の敵なら俺の障壁を壊す事は出来ないし、万が一ララノアレベルの死霊がいたとしても、体に触れた先から吹き飛ばすから大丈夫だ。まあ、もし長期戦になって体力がヤバくなったらお前らの後ろに退避させてもらうよ」


『うむ。任しておけ』


 俺の言葉にシェルファニールが頼もしく答えてくる。

 そう。戦闘面では問題ないのだ。問題があるとすれば……。いや、考えるのはよそう。こればかりは諦めて耐えるしかないだろう。


「さて、では始めるか」


 俺の言葉を聞いて、エルミアが封印を解く。

 俺はそれと同時に部屋へと飛び込んで右手薬指を確認しながら、とにかく切りまくった。

 

 戦闘開始から数分後、俺達は早くも問題に直面していた。


「ぎゃー! やっぱり気持ち悪るいー。なんかグチュグチュしてる!」


「いやぁぁぁぁ! 何か変な汁が顔にかかったぁぁぁぁぁ」


「か、数が多すぎるぅ! う、うわぁ。す、素手で触るとやっぱり気持ち悪いよぉ……」


「ふ、服にぃぃぃぃぃ。いやぁっ! 水、水浴びしたいぃー」


「皆。御免なさい。私だけ後方支援で……。兎に角頑張って」


 ロゼッタ以外のメンバーは早くも精神的ダメージを受けていた。何せ腐臭漂う肉の塊が大量にあるのだ。そんな物に囲まれての戦闘は思っていた以上に心を砕く。


「くそぉ! 何処だ、何処にいるギルモアァ!」


「あーん。やっぱりあんたらのロマンになんか付き合うんじゃなかったぁ! 服がぁぁぁ。もうこの服着れないよぉ」


「いやぁ、また変なのが顔にぃぃぃ。もうダメ……。私お嫁に行けない……」


「うわぁぁぁ。ね、ねっちょり……、ねっちょりしてる。しかもほんのり温かい……」


「皆、頑張って……。泣かないで」


 いかん。戦闘力は圧倒的に上だが、グロさで心がどんどん折られていく。


「エルミア。服なら俺が新しいのを買ってやるから我慢してくれ。アデリシアもそんな事でお嫁に行けなくなんてならないから耐えるんだ。ロイは何でさっきから素手で触ってるんだ? 槍を使え、槍を。柄の部分を使えば良いだろうが。ロゼッタは引き続き皆を励ましてくれ」


 俺は矢継ぎ早に声を掛ける。


「約束よ! 私欲しい服があったの! 絶対に買ってよね!」


「先生。そんな簡単に言わないで下さい。もしもの時は先生が責任とって下さいね!」


「そ、そうだ。僕は何で素手で戦ってたんだ? 柄の部分があったじゃないか……」 


「が、頑張る。みんなも頑張って!」


 若干一名気になる発言があったようにも思うが、突っ込んでる余裕が無い。

 とにかく急ごう。グロさに負ける前に終わらせないと。


『うぅぅぅ。汚物に突っ込まれている感じがするぅぅぅぅ』


 いかん。こちらもかなりきている。

 どこにギルモアがいるか解らないので、地道に潰していくしかないのだが、思っていた以上にキツイ。

 

 さらに数分が経過した。

 部屋中に腐った肉片が散乱し、俺達の体も汚物にまみれて酷い事になっている。

 だが、そんな姿になってまで頑張った甲斐もあり敵はもう殆ど残っていない。


「あと四体か……。だが、困ったな……。」


 四体全て右手薬指に金の指輪を付けているのだ。


「俺達に出来るのは此処までだ。ララノア。後はお前が見つけろ」

 

 俺の言葉にララノアが四体のグール周辺をぐるぐるとまわり始める。

 俺は部屋の入口付近にいる他の連中と合流し、その様子を眺める。

 暫くして、ララノアが一体のグールに纏わりついた。纏わりつかれたグールは最初暴れまくっていたが、徐々に動きが鈍くなる。


「どうやら、あれがギルモアらしいな。エルミア、ロゼッタ。残りの三体を頼む」


 俺の言葉にエルミアの弓とロゼッタの銃が残り三体の頭を砕く。


「……ちなみに今更だが、本当にあれがギルモアでいいんだよな?」


 実は人違いでしたとかでは悲し過ぎる。


「さ、流石間違えとかは無いんじゃないですか? ララノアさんが抱き着いたら、あのグールは動きを止めたんですし……。きっとララノアさんに気が付いたんですよ」


 確かにロイがいう事も一理あるかも知れないが……。


「あのグール。単にララノアさんに生気を吸われて動けなくなっただけだったりして……」


 ロゼッタがポツリと呟く。実はその可能性は俺も考えたのだ……。


「グールに生気ってあるの?」


 エルミアの問いに俺達は悩む。言われてみれば確かにそうだな。

 では、やはりあれはギルモアで、愛の力で意識を取り戻したという事か? まあ、その方がロマンだよな……。


「よし。もうそう言う事にしよう。あれはギルモア。愛の力で目が覚めて二人でロマンスの真っ最中という事で」


 俺の結論に皆が頷く。


「でも……、こんな事いうのはどうかと思うのだけど……」


 アデリシアが言い難そうにポツりと呟く。


「心配するな。俺も内心お前と同じ気持ちだ」


 いや、多分ここにいる全員同じことを思っているだろう。


 グロいな……。


 感動のシーンなんだが、どうにもテロップにグロ注意と書かれているような絵面だ。

 ロマンとは程遠い。何故こうなった……。

 いや、大量の腐肉と腐汁に囲まれてる時点でもう手遅れか……。


「さあ、何時までもこうしてる訳にもいかんし、さっさと封印を直そうか」


 俺の言葉に皆が賛同し、魔法陣の周囲に集まる。

 エルミアが魔法陣にコアを組み込み直し、術を唱えている。その間、俺達は周囲を警戒しながら各々休憩を取る。


「ララノアさん達はどうするつもりなんでしょう?」


「私聞いてきます」


 ロイの質問に、ロゼッタが答えララノアの傍に近づいて行く。

 危険かとも思ったが、さすがにロゼッタもその辺の警戒は怠らないだろう。俺は何も言わずにその様子を眺めていた。

 ロゼッタは暫くララノアと何かを話すと、こちらに戻ってくる。


「ララノアさんが、有難うございましたと伝えて欲しいと。それと、私達の事は気にせず封印をして下さいと言っていました……」


 ロゼッタが少し悲しげに言う。


「良いのか……、それで……」


 俺はポツりと呟くと、ララノア達を見つめる。

 きっとララノアはあの姿のまま、この先永劫この部屋の中で存在し続ける事になる。

 本当にそれでいいのか?

 そんな結末がハッピーエンドと言えるのか?


『主様よ。幸せの定義はそれぞれじゃ。あ奴にとっては愛する者がどんなに変わり果てていても、その傍に居続ける事が幸せなんじゃろう』


「……俺には解らねぇよ。なあ、シェルファニール。お前なら……、どう思う?」


『我か? 我はあのような結末は御免じゃな』


「何とか……。出来ないか? お前の力で……」


『無理を言わんでくれ、主様よ。死霊と成り果てた者を救う方法など、昇天させてやる以外思いつかぬ』

 

「……済まないシェルファニール。つまらない事を言った。忘れてくれ」


 俺はシェルファニールに詫びる。彼女とて万能では無いのだ。

 

「幸せの形はそれぞれ……か……」


 外に出る事も、死による解放も望まずただ二人で在り続ける事を望む。

 本人がそれを望むなら、それがハッピーエンドなんだろう……。


 それから暫く俺達は黙ったまま時だけが流れる。

 皆、今回の結末に思う所があるのだろう。それぞれが考え込んでいる。


「封印。完了したわよ」


 エルミアが報告してくる。


「そうか……。有難うエルミア」

 

 俺は礼を言いながら、封印された部屋を見る。来た時と違い完璧に封印が機能しているので、入口は光の障壁に塞がれ部屋の中を見る事は出来なくなっている。


「なんだか、寂しい別れ方ね」


 エルミアが俺の傍でポツリと呟く。


「そうだな」


 俺はエルミアの言葉にただ頷く。


「もしかして、後悔してるの?」


 エルミアが俺の顔を下から覗き込んでくる。


「……どうだろうな」


 ララノアはともかく、ギルモアは外に出す事は出来ない。ならば、共に在り続けるにはこの封印の中に留まるしかないのだ。


「そうですわね。どちらを選んでもあまり後味の良い話ではありませんわね。なら、本人の望む結末で良かったんじゃありませんか?」


 アデリシアが俺の横までやってきてそう言う。


「あの二人は、共に在り続ける為にこの研究所を作ったんですよね。なら、きっと今、ララノアさんは幸せだと思います」


 ロイは今回の結末を肯定している。

 人それぞれか。確かにその通りだな。


「そうだな。それで良しとしよう。さあ、皆。帰ろうか」


「そうね。早く水浴びをしたいわ……」


「あ! そうだ。服! 帰ったら買い物に行くわよ」


 エルミアが思い出したように叫ぶ。

 ちっ、覚えてやがったか……。


「先生。まさかエルミアだけなんて言いませんわよね?」


「有難う。先生。大事にするね」


 エルミアの言葉にアデリシアとロゼッタが便乗してくる。


「へいへい。解ったよ。こうなったら全員にプレゼントしてやるよ。ロイも遠慮せず選べ」


「い、いいんですか? 先生」


 ロイが遠慮がちに言って来る。


「構わねぇよ。俺のロマンのせいでみんな酷い有様だからな」


『……主様よ』


「わーってるって。お前にも買ってやるよ」


『うむ』


「さあ。予定より遅くなっちまった。さっさと帰るとしようか」


 ララノア……。幸せにな……。


 俺は一度振り向き封印された入口を見つめると、踵を返しそのまま真っ直ぐ出口へ向かって歩き出した。


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