第八十五話:ギルモア研究所跡(中編)
休憩を終え、俺達は通路を進む。
ギルモア研究所跡は地下に伸びていく階段と各階層にフロアがある。手元に詳細な地図があるので迷う事は無く、ほぼ一本道で目的地まで進んでいる。
「この先の階段を下りた先が目的地よ」
後方で地図を見るエルミアの声が聞こえる。
「思ったより早く帰れそうだな」
ここまで殆ど戦闘らしい事が無かったので予定よりもかなり短い時間でここまで進めている。どうやら、封印がまだ機能している事もあり、死霊らはまだそれほど多く集まっていなかったのだろう。
俺は少し伸びをして体を解す。
『主様! 上じゃ! 何か来るぞ』
と、突如シェルファニールが焦った声を上げる。
「なっ? 」
俺はその言葉に上を向くと、天井から死霊が突如現れ、驚くべき事に、シェルファニールの障壁を越えて俺の体の中に入り込んできたのだ。
「ぐ、ぐわぁぁっ」
突然襲い掛かってくる寒気に俺は苦悶の声を上げる。
死霊に生気を吸われているのだ。
「せ、先生!」
アデリシアが叫ぶ。
『主様。中の死霊を吹き飛ばすぞ。少々強引に行くので強い衝撃があるが耐えるのじゃぞ!』
「まて! 何もするな!」
俺はシェルファニールを止める。
『な? 何を言っておるのだ?』
「問題ない。この死霊、どうやら敵では無いらしい。俺達に願いがあって来たと言っている。取り敢えず手を出すな」
俺はシェルファニールにそう言うと、俺の中にいる死霊に対しても手を出さないから体から出ろと言う。
すると、俺の体の中から薄らとした影のような物が抜け出した。
それを見たロイが武器を構えるが、俺はそれを止める。
「ロイ、武器を下ろせ。こいつは敵じゃないらしい。何か俺達に話があるそうだ」
俺の言葉にロイ達は警戒こそ解いてはいないが、武器を下ろして様子を見る。
「さて、おい死霊。話ってのは何だ?」
俺の質問に死霊は少し困ったような動きを見せた後、俺の体に触れてきた。
どうやら、相手に接触しないと意思を伝達出来ないのだろう。
「えー、なになに? 私の名前はララノアと言います。かつて恋人と共にこの研究所で不死の研究をしていた者です。この度は驚かしてしまい申し訳ありません。長く死霊として生きていましたが、誰も尋ねてくる者がいなくて困っていました。突然の申し出、まことに申し訳ありませんが出来ましたら私のお願いを聞いてくれませんか? おう、別にいいけど何かどんどん体力が奪われているんだが……。 え? 私は死霊なので触れると自然に相手の生気を奪ってしまう? ってそれ先に言え! 前置き長いんだよ。用件だけ言え!」
いらん前置きのせいで、俺はかなり生気を奪われた気がする。
「えーっと、この先にいる恋人と会いたい? 封印のせいで先に進めない? 何とかしてくれ?」
死霊のララノアはそう伝えると、俺に触れていた部分を離す。
「と、そういう訳らしいんだが……」
「ララノアって、確かこの研究所を作ったギルモアの恋人だったエルフの名前ね」
エルミアの言葉に死霊の頭らしき部分がコクコクと頷いている。
「成程ねぇ。で、俺達に如何して欲しいんだ?」
「え? 封印を解いて恋人がいる部屋にお前を入れたらいいのか?」
ララノアはまた俺に触れてそう伝えてくる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 封印を解いちゃったらそこにいる化け物が全部出てきちゃうじゃない。私たちは解けかけた封印を直すために来たのよ」
エルミアがそんな事出来ないと文句を言う。その言葉を聞いてララノアがションボリとしたように見える。
「ちょっとだけ解くとかは出来ないのか?」
「無理よ。一回解いたら暫く封印は機能しなくなるわ」
エルミアの言葉に俺は少し考え込む。
「……なあ。なら、そこに集まってる連中を根こそぎ始末したら、封印を解いても問題無いんだよな?」
「そ、それは……、まあそうだけど……」
「なら、ララノアの願いを叶えてやりたいと俺は思うんだが……。どうだろう?」
「ちょっ、それ本気で言ってるの? 大体この死霊が私達を騙している可能性だってあるのよ? 何でそんな事を……」
俺の言葉にエルミアが驚きの声で問いかけてくる。
「いや、まあその可能性もあるかも知れないんだが、俺は信じてもいいんじゃないかなぁと……」
「何故? 突然現れた死霊を信じる根拠って何?」
険のある声でエルミアが言う。
「……その方が、ロマンがあるじゃないか」
俺の答えに後ろで聞いていたアデリシアが大声で笑いだす。
いや、アデリシアだけじゃなく、ロイやロゼッタ、シェルファニールまでもが笑っている。
「な、何だよ。お前ら何で笑うんだよ……」
「だ、だって、先生がそんなロマンチストだったなんて」
アデリシアが笑いながらそんな事を言ってくる。
「先生。可愛い」
ロゼッタも笑いながら言う。
そんな二人の言葉を聞いて、俺は何だか恥ずかしくなってくる。
「でも、僕も先生に賛成です。ロマン……、良いじゃないですか。僕はそう言った事に憧れて冒険者を目指しているんです」
ロイが笑顔で賛成してくれる。
続いてアデリシアやロゼッタも賛成と言ってくれる。
そんな様子を眺めていたエルミアが諦めたように溜息をつく。
「……はぁ。解ったわよ。ここで私が反対したら、なにか私だけが悪者みたいじゃない……。いいわよ。あんた達のロマンに付き合ってあげるわよ」
エルミアが諦めたようにそう言う。
それを聞いてララノアが嬉しそうに宙を飛び回わる。
「先に進みましょう。ララノアさん。通訳は私が引き受けるわ。この中で一番戦力が低い私が適役だと思うから」
ロゼッタがそう提案する。
確かに、生気を吸われる以上戦闘力が一番低いロゼッタが引き受けてくれると助かる。
俺はロゼッタに通訳を頼むと、また先頭に立って先に進むことにした。
新たにララノアをパーティーに加えた俺達は順調に目的地まで進む。
敵が現れない為、道中暇な事と好奇心もあり俺達はララノアに色々と質問をしていた。さすがに雑談までロゼッタの生気を使わせるのもアレなので、道中は質問した者がララノアに触れるというルールを作っていた。
「ねえ、ララノアさん。エルフの貴方が人間を愛した事に後悔は無いの?」
エルミアが随分と突っ込んだ事を聞いている。まあ、エルフとしては気になる所なのだろう。
「ふーん。まあ、そりゃそうだけど……。え? 違うわよ。勘違いしないでよ」
ララノアとの会話の欠点は本人にしか内容が解らない点だ。傍から見たら独り言を言っているようにしか見えない。
「なあ、ララノアはなんて言ってるんだ? その質問は俺も気になるんだが?」
「うるさいわね。後悔してないって」
いや、それは解るけど他にも何か言ってるだろ?
お前ら、結構長い事会話してるじゃねぇか……。
気になるが、どうも本人たちは教える気がないようだ。
「エルフ同士の秘密の会話みたいですね」
ロイの言うとおり残念ながら答えを知る事は出来ないようだ。
まあ、今の状況になっても後悔していないと言っているのだから、その気持ちは強固な物なんだろうな。まあ、後悔してたらそもそも会いたいと言って来る事もないか。
結果は悲惨ではあるが、本人たちの気持ちを考えたらまだ救いがある話かも知れないな。
そこまで強く誰かを愛する事が俺には出来るのだろうか?
俺はふとそんな事を考えてしまう。
いや、俺は……、誰かを愛していたのでは?
時折脳裏に浮かぶ女性……。容姿も名前も解らない。女性かどうかも実は解っていないのだが、俺は女性だと思っている。脳裏に男が浮かぶのは自分の性癖を不安に思ってしまう。
その人は、俺にとって何なのだろう……。
『……お主も、我より先に死んでしまうのじゃよな』
そんな事を考えていた時、シェルファニールがポツりと呟く。
「おいおい。何だ急に……」
『いや、他人事に思えんでな……』
そう言って、シェルファニールは黙り込む。
まったく……。縁起でもない。
いかん。どうも悲恋話に俺もシェルファニールも心が暗く落ち込んでいるようだ。
あまり考えないようにしよう。
記憶の事も、寿命の事も後回しだ。今考えても答えが出るとは思えない。
俺はそう考えて、頭を振って思考をリセットする。
「さあ、もうすぐ目的地に着くぞ。全員気持ちを切り替えろ」
俺は自分に言い聞かせる意味でそう言い、全員に注意を喚起する。
とにかく、今はララノアの願いを叶えてやる事だけを考えよう。物事をいくつも考えられるほど俺は器用じゃないのだから。




