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第八十四話:ギルモア研究所跡(前編)

 ウゴォァァァァ!


 腐ってドロドロになった肉体を床に垂らしながらグール達が襲い掛かってくる。


「う、うわぁぁぁ!」


 ロイが前衛に立ち、必死に恐怖を抑え込みながら槍を振るっている。

 グールは武器こそ持っていないが、その凶悪な鋭い爪に恐れを抱いているのだろう。だが、ロイは怯えを必死に抑え込み戦っている。


「怖くない、怖くない。僕はもっと怖い物を知ってるんだ。あんな雑魚怖くないんだ……」


 ロイはブツブツと呟いて自己暗示をかけている。

 まあ、初戦の相手としては丁度いい敵だ。強すぎず、適度な恐怖がある敵。この辺りから慣らしていけばロイも自信を取り戻していけるだろう。


 パーン!


 そんなロイを援護するように、後方からロゼッタがグールにヘッドショットを決めている。

 魔法障壁が無い敵なので銃が通じるのはいいのだが、動く死体なので頭を吹き飛ばす以外の攻撃はあまり効果が無い。だが、ロゼッタは見事な腕前で次々とグールの頭を破壊していく。


「おーい。ロゼッター。あまりやり過ぎるなよー。これはロイのリハビリに丁度いい敵なんだから」


 俺は次々と敵を減らしていくロゼッタにストップをかける。

 それを聞きロゼッタは構えを解き俺の傍にやって来ると、銃の手入れを始めだした。


「さて、あと六匹か。ロイ、頑張れよー」


 俺の応援にロイが声を震えさせながらも頑張りますと答えてきた。

 

「さて、あちらはロイ一人で大丈夫そうだな。エルミア、目的地まであとどれ位なんだ?」


「あと半分って所よ。この先に少し開けた場所があるから、そこで休憩をしましょう。このペースなら今日中には終わると思うわ。」


 俺の質問に地図を見ながらエルミアが答える。

 

「聞こえたかー、ロイー。さっさと片付けて飯にしようぜー」


「僕、全然食欲湧いてないんですけどぉー」


 ロイは震えた声で答えてくる。

 まあ、そうだろうな。

 しかし、そんな返事を返せるぐらいには余裕が出てきたようだな。いい傾向だ。


「私もあまり食べたいとは思いませんわ。グールの腐った肉片でグチャグチャの景色を見た後でよく食欲が湧きますわね?」


 アデリシアはげんなりとした顔をしている。ふと見ればロゼッタもエルミアも同じような表情をしている。  


「なんだ? アデリシアの大好きな血で一杯じゃないか。もっと喜ぶと思ったんだが?」


「こんな腐って血なのか膿なのか解らない液体は趣味じゃありませんわ」


 アデリシアが怒った声を上げる。それなりの拘りがあるんだな……。


「あー、もう。何でこんな汚れ仕事をしないといけませんの!」


「そう言うなよアデリシア。確かに汚れ仕事だけど、こんな簡単な仕事で結界を破壊した事をチャラにしてくれるって言うんだから……」


「破壊したのは先生ですけどね」


「うっ……。まあ、そう言うなって。これも授業の内だよ」


 俺はロゼッタの突っ込みにそう返しながら、昨日の出来事を思い返す。


 首都エルファリアに来て五日が過ぎた。

 流石に毎日遊び過ぎたのか、今日は皆部屋でゆっくりと過ごしていた。


「はい、王手……。お前、秘策があるとか言ってたけど、やっぱり負けフラグだったな」


 俺はそう言って席を立つと、壁際に置いてあるティーセットで紅茶を入れる。

 

「うー……。何故じゃ……」


 シェルファニールが将棋盤の前で悔しそうに唸っている。

 

「ちなみに、お前がさっき使ったのは四間飛車と言って、将棋の世界では一般的な戦法だからな」


「な、なんじゃと? 我が必死に考えた戦法が……」


「とは言え、自身で考えたんだから立派な物だよ。俺を抜くのも近いんじゃねぇか?」


 所詮俺の将棋知識は趣味レベルなので、ここまで嵌りまくっているシェルファニールに負けるのもそう遠くないように思う。


「う、うむ。そうじゃ。今回は負けたが、この敗北を糧に新たな戦法を編み出して見せるぞ」


 シェルファニールが決意を新たにしている。

 考える事も楽しめると思い、あえて戦法は教えなかったが、今のシェルファニールを見る限りは正解だったようだ。


 コンコン。


 とその時、扉をノックする音が聞こえる。シェルファニールが剣に戻り、俺が扉を開けるとエルミアが顔を見せる。その後ろにはアデリシア、ロゼッタ、ロイの三名の姿も見える。


「あれ? どうしたお前ら。下の食堂でお茶するとか言ってなかったか?」


「今、兄さんが下に来ているの。会合の答えが出たそうよ」


 俺の言葉にエルミアが真剣な表情で答えてくる。

 

 そうか、思ったより早かったな。

 

 俺は答えを聞くべく、食堂で待つクーサリオンの元へと向かった。


「お久しぶりです。お待たせして申し訳ありません。ご不便はありませんでしたか?」


「ああ。エルミアが頑張ってくれたから色々助かったよ」


 俺はそう言うとクーサリオンの前に座り、後ろに付いてきていたロイ達もその周辺に座る。


「さて、いきなりで済まないが本題に入らせてもらおう。結論が出たそうだが?」


 俺は開口一番に問う。いい加減早く先に進みたいというのが本音なのだ。


「解りました。結論を言いますと、皆さんにお願いしたい事があります。お願いを聞いて頂ければ、今回の結界破壊の件は不問とします」


 クーサリオンが机の上に肘を付き、手を組みながら言う。


「お願いか……。何をすればいい?」


「ご心配には及びません。難しい事ではありません。まあ、めんどくさい事ではありますが、そこは我慢して頂きたい」


 クーサリオンの軽い口調に緊張が少し解ける。

 

「実は、結界が破壊された余波で、遺跡の封印も解けかけてしまったのです。皆さんにはその封印の修復をお願いしたいのです」


「修復? 俺達に可能なのか?」


「ええ。単純に遺跡の奥にある封印のコアを新しい物に交換して頂くだけですので作業自体は簡単です。ただ、封印が弱まった影響で、遺跡に死霊や生きる死体グールなどが溢れ出していますので、そこに辿り着くまでが少々面倒ではありますが……」


「死霊やグールって、もしかして……」


 エルミアが少し顔を顰めている。


「ええ。ギルモア研究所跡です」


 クーサリオンの答えを聞いてエルミアは「うわぁ……」と呟く。どうやら余程嫌な所のようだ。


「エルミアの顔を見て、めんどくさい仕事なのは嫌と言うほど理解できたんだが、ギルモア研究所跡ってどんな所なんだ?」


「もちろん説明しますよ。まあ、何と言うか同情はするが、迷惑な話といった所でしょうか……」


 そう前置きし、クーサリオンが話し始める。


 かつて、一人の人間の男と一人の妖精族エルフの女が恋に落ちた。二人は日々を仲睦まじく暮らしていた。だが時が経つにつれて二人は、死による別れを恐れるようになった。

 そこで男は自身の寿命を延ばす研究に手を出した。その研究には二人だけでなく、同じような悩みを持つ数多くの者達が協力をした。皆の積極的な協力もあり資金、人材、場所など驚くほど潤沢に集まった。

 そして、その研究は日々着実に前進し、ついに実際に実験をするところまで漕ぎつけたのだった……、のだが……。


「まあ、ここで実験は大失敗。そこで研究していた連中はすべて死霊やグールと成り果て、さらには周囲からもどんどんと集める始末。装置を止める事も出来ず、破壊すると死霊がこの森に溢れ出す危険がある為、結局装置を封印するしか方法が無かったという事です」


 そう話しながら、クーサリオンは苦笑いをしている。


「欠陥装置じゃねぇか……。そいつら何考えてたんだか……」


 俺は呆れた声でそう言う。


「……恐らくですが、焦っていたんでしょうね。人の寿命は短いですから……」


 焦りか……。確かに、次代に伝えても意味の無い事だからな。


「とまあ、そんな訳で。面倒な仕事を引き受けて頂きたいのです。構いませんか?」


「ああ、こちらとしても面倒程度の事でチャラにしてもらえるなら有難い。引き受けさせてもらうよ」


 クーサリオンに対しそう答える。

 これは事実上、無罪判決のようなものだ。


「有難うございます。ではエルミア」


「はいはい。解ってますよ。私が案内したらいいんでしょ? こうなったらトコトンこいつ等に付き合うわよ……」


 クーサリオンの言葉にエルミアが溜息を付きながらそう言う。

 

「済まないね。では皆さん。宜しくお願いしますね」


 こうして、俺達は翌日早朝に首都を出発し、ギルモア研究所跡を探索する事になったのだ。


「はぁはぁはぁ。お、終わりました……」


 考え事をしている間に、ロイが敵の掃討を終えて戻ってきた。

 

「お疲れ様。はい、お水」


 ロゼッタがロイに水筒を渡すと、ロイは礼を言ってゴクゴクと水を飲むと、大きく溜息をつき壁に持たれて座り込んだ。

 そんなロイにアデリシアが疲労回復の魔法薬を飲ませる。


「有難う、アディ」


 荒かったロイの呼吸が徐々に穏やかになっていく。

 

「ロイ、済まないがこの先に休憩できる場所がある。そこまで頑張ってくれるか?」


 俺の言葉にロイが立ち上がってハイと答えてくれる。

 その答えを聞き、俺達は先へと進む。

 しばらく歩くと、目の前に扉が見えてくる。どうやらここが休憩できる場所のようだ。

 扉を開けると、そこはかつても研究員達の休憩室だったのだろう。それなりに開けた場所で奇襲される心配もなさそうだ。

 俺達は中に入ると、中央に集まり床に座り込む。


「つ、疲れた……」


 ロイが大の字になって倒れ込む。

 

「暫くここで休むからゆっくりと疲れをとるんだぞ。食事も出来るだけ取っておけ。時間的にはもう昼を過ぎてるからな」


 俺はそう言いながら、干し肉を齧る。


「先生、よくあんな物を見た後に肉を食べる気になれるわね……。私は果物だけでいいわ……」


 アデリシアとロゼッタはパミーニャをカバンから取り出し食べ始める。


「本当ね。その無神経さには感心するわ……」


 エルミアが俺をジト目で見ながら水を飲んでいる。


「俺は実際に手を下してないからな。感触とか無い分現実味があまりないんだよ」


 戦闘訓練という事もあり、全てをこいつらに任せたのだ。ヤバくなれば手を出すつもりだったが、その心配は必要なかった。思った以上にこの子達は戦える。

  

『うむ。こやつらのお蔭で、我もあんな汚い物を切らずにすんで助かるわい』


 ここに来た時、シェルファニールは死霊系を相手にするのは気が乗らないと愚痴を言っていたのだ。まあ、気持ちは解る。あれはモザイクが必要な敵だ。


「その分、ロイが大変だったけどね……」


 アデリシアが未だ倒れたままのロイを気の毒気に見ながら言う。

 だが、これも前衛職の定めだから仕方がない。

 

 とは言え、これ以上ロイに負担を掛けるのも不味いかもしれない。体力だけでなく、トラウマによる精神的疲労もかなり大きいみたいだ。


「ここから先は俺が先頭に立つよ。俺の後ろにロイ、その後をロゼッタ、エルミア、アデリシアは最後方を頼む」


 俺がそう言うと、皆が解りましたと返事をする。

 

「と言う訳で済まないが、シェルファニール。ここから先は我慢してくれ」


『うむ。まあ仕方がない。小僧も良く頑張った事だしのぉ』


 狭い施設内なので大きな力が使えない為、基本的には近接戦闘がメインとなる。俺としても正直嫌ではあるが、我慢するしかないだろう。 

 

「さて、あと少し休憩したら出発しようか。ロイ、果物だけでも口に入れておけよ」


 俺の言葉にロイは返事をすると、体を起き上がらせてカバンから果物を取り出す。

 

 目的地まであと半分。さっさと終わらせて帰るとしよう。

 俺はそう思いながら、二つ目の干し肉にかぶりついた。



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