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第八十二話:理想の自分

「ねえ。これは何?」


 アデリシアが明るい声で質問している。珍しい物ばかりが並んでいるのでかなりテンションが上がっているようだ。


「これはこの森で取れたパミーニャという果物よ。外の世界にはあまりないでしょうね」


 エルミアが質問一つ一つに丁寧に答えている。


「甘酸っぱくて美味しい」


 ロゼッタがパミーニャを一口齧り顔を綻ばせる。


「でしょ? でも、こっちのミミルの実も美味しいわよ?」


 エルミアがニコニコ笑いながら、別の果物を二人に勧めている。

 その姿を少し後方から俺とロイは眺めていた。


「しかし、一日で随分と仲良くなってるな。あいつ等」


「昨日一晩中おしゃべりしていたらしいですよ」


 俺の疑問にロイが答えてくる。

 昨日宿に案内されると、俺達は男部屋と女部屋に分かれて泊まったのだ。 

 

「という事は、あいつ等殆ど寝てないって事か……。その割には元気だな。若いからかなぁ……」


 朝からずっと買い物に付き合わされて、俺とロイは正直疲れて来ているのだが、あの子達は未だ元気一杯の様子だ。


「僕もヘトヘトなんで、若さは関係無いと思いますよ」


 疲れた顔でロイがぼやく。

 

「ちょっと二人とも。早く来なさいよ。次の店に行くわよ?」


 アデリシアが後方でノロノロしている俺達を見かねて声を掛けてくる。

 

「もうお前らだけで行ってくれよ。俺は宿で休んでるからさ……」


 正直宿で寝ていたい。ロイを見てみると、俺と同じような顔をしているので同意見だろう。


「ダメよ。私は貴方達の監視の役目があるんだから。別行動なんて認められないわ」


「いや、なら宿で大人しくしてようよ。何なら一週間部屋で過ごすからさ」


 俺の言葉に、アデリシアとロゼッタがそんなのは詰まらないから却下と声を揃えて言ってくる。


「私もその意見に賛成よ。これで三対二ね。多数決で決まりだから諦めて付いてきなさい」


 そう言うとエルミアはアデリシア達の方に駆けて行き、また三人でショッピングを楽しみだす。仕方なく俺とロイはその後ろをダラダラと付いて行った。


『我も外で遊びたいぞぉぉぉぉ。主様よぉぉぉぉ』


 最近剣の中から出ていないシェルファニールが不満を言ってくる。

 

「すまん。もう少し我慢してくれ。監視の目が無くなれば出る機会が作れると思うから」


 俺はシェルファニールに詫びる。

 正直シェルファニールの事を紹介しようかと悩んだ事もあったのだが、皆の魔人に対する反応が予想出来ない事もあり、未だ黙ったままなのだ。

 魔人排斥を謳う宗教も存在すると聞いたので、少し様子を見た方がいいように思う。


「二人とも。早く来なさいよ」


 アデリシアが相変わらずノロノロしている俺達をせっついてくる。俺とロイは溜息を付きながら三人の傍まで早足で向かった。


 結局、この日は夕方まで三人の買い物に付き合わされながら、同時にシェルファニールの愚痴にもつき合わされヘトヘトになりながら宿の部屋に戻った。

 部屋に戻るとすぐに俺はベッドに腰掛けて座り込んだ。そんな俺にロイが紅茶を入れて渡してくれる。


「おっ、すまんな」


 俺は紅茶を受け取りながら礼を言う。

 ロイも自分の分の紅茶を用意すると、テーブルに座ってゆっくりと寛いだ。


「しかし、まさか明日もこんな調子じゃないだろうな。俺は部屋でゆっくりしたいぞ」


「明日は近くの湖に泳ぎに行くとか言ってましたよ。今日店で水着を買ってたじゃないですか」


 そう言えば、そんな店に入ってたなような……。俺は外で寝てたからあまり覚えていないんだが……。

 

「泳ぎに行くなら、それこそ男は邪魔なんじゃないのか?」


「荷物持ち兼見張り役として同行させるって言ってましたよ。報酬は三人の水着姿だそうです」


「ほう。それは興味深い……。で? あいつらはどんな水着を買ってたんだ?」


 俺の目がキラリと光る。いや、これはあれだ。純粋な好奇心から来るあれだ。決してあれなあれでは無い。


「いえ、僕も店の中には入れてもらえなかったので……」


 ついてからのお楽しみか。まあ、あれこれ想像して楽しむのも紳士の嗜みだな。

 

「ロイ。勘違いするなよ。俺は教師だ。子供に興味など無い。これはアレだ。純粋な気持ちで生徒たちの成長を確認したいという親心的なアレだからな」


 取り敢えず言い訳をしておく。

 ロイは乾いた笑い声を上げているが気にしない。


『我も泳ぎたいぞぉぉぉぉ』


 と、突然シェルファニールのぼやく声が脳に響いてくる。

 

「泳ぎたいって……。お前、水着とか持ってるのか?」


『そんなもの我には要らぬぞ』


 ファッ! あれか? ヌーディスト的なあれで行くのか?

 ま、まて。落ち着け高志。紳士たれ。


『……期待しておる所悪いが、我は魔力で体を覆えば水着など要らぬと言っておるのじゃぞ? 流石に我も公衆の面前で素っ裸になる気は無いぞ?』


 シェルファニールが少し呆れた声で俺の期待を打ち砕く。

 

 くそっ、解ってたさ。そんな落ち。 


「そ、そうか。なら外に出る機会さえ作ってやれば問題ないな……」


 俺は落胆する気持ちを必死に押し隠して答える。

 まあ、シェルファニールとは繋がっているのでチョンバレなのだが……。

 シェルファニールはさっきからくっくっくと笑っているが俺は知らぬふりをする。

 

「解ったよ、シェルファニール。隙を見つけてあいつ等から離れてやるよ。木陰にでも行って視界さえ誤魔化せば何とでもなるだろ?」


 俺の言葉にシェルファニールは嬉しそうに返事をしてくる。

 さすがにこのままではシェルファニールが可哀想だし、明日は何とかしてやろう。


「さて。そう言う事なら今日はもう寝ようか。明日もあいつ等に付き合わされるんなら、体力温存しとかんとな」


 俺はそう言ってベッドに潜り込む。ロイも紅茶を一気に飲み干すと明かりを消してベッドへ入った。

 

 目を閉じて耳を澄ますと、隣の部屋から小さな笑い声が聞こえてくる。今日もあの娘達は女子会をやっているようだ。


「なあ、ロイ。お前も向こうで仲間に入れてもらったらどうだ?」


 俺に付き合う必要は無い。ロイだって同じ年頃なのだから、簡単に中に溶け込む事が出来るだろう。


「いいえ。さすがに僕もしんどいですよ。ここでゆっくりする方がいいです」


 若いくせに枯れた事を言うロイ。だが、確かに女三人よれば姦しいと言うだけにあの中に入るのはしんどいかも知れないな。ましてや、あの娘達だし……。


「先生。一つ聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「どうやったら先生みたいに強くなれますか?」


 ロイが真剣な声で聞いてくる。

 

 ……強く……か……。 

 

「なあ、ロイ。俺は強くなんかないぞ。俺の力は借り物だからな」


「先生の魔力があの剣の力という事はロゼッタから聞いています。でも、それだけじゃなくて……、その、行動や考え方とか……。先生はそう言った戦い以外の面でもとても強い人だと思うんです。俺も先生みたいになれますか?」


「戦い以外か……」


 正直、そんな風に思われているとは思っていなかった。


『お主はどうにも自己評価が低いのぉ。その小僧の言うとおり、お主の心の在り様は強く気高い物じゃぞ』

 

 シェルファニールまでがそんな風に俺の事を褒めてくる。

 うーむ。特に強く在ろうと意識した事は無いんだがなぁ。


「俺は自分が強いとか思った事は一度も無いし、生き方も自分らしく生きようとしているぐらいで、立派な思想とか理想とかを持ってる訳でもない。だからどうやってと聞かれても答えようがないよ」


「……自分らしくですか?」


「ああそうだ。なあ、ロイ。誰かのようになろうなんて考えるな。お前は、お前が理想とする自分を目指した方がいいと思うぞ」


 俺はベッドに横になったまま静かに言う。


「お前が冒険者になりたいと言うのならそれでいい。お前の欠点も直そうと努力するのなら何れ克服出来ると俺は思っている。だけどな、もしそれが誰かのようにとかの理由なら止めておけ。切っ掛けはそれでも良い。だが、そこから先は借り物の理想を追いかけたっていい事はないぞ」


「……先生は何故冒険者になろうと思ったのですか?」


「切っ掛けは憧れからだが、なってみて心底俺に向いていると思ったよ。俺は一度死にかけた時があってな。その時、驚くほど後悔をしなかった。……なあロイ。お前が武器を恐れるのは過去のトラウマが原因と言うのは聞いている。だが、本当にそれだけか?」


「それだけって……。どういう意味ですか?」


「お前。本当に冒険者になりたいと思ってるのか? 戦いを楽しいと思えるか? 冒険者ってのは、バカの集団だ。堅実に生きる事が出来ず、危険を楽しむような連中だ。お前は、そんなバカになれるか?」


 俺の言葉にロイは黙り込む。

 アデリシアにしてもロゼッタにしても戦いを楽しんでいる。冒険者ってのは結局そういうバカでなければ勤まらないと俺は思う。

 ロイからはどうにもそういう気持ちを感じない。何というか、戦闘を義務のように思っているような気がするのだ。


「まあ答えを焦って出す必要は無い。一度ゆっくり考えてみると良い。自分がどう在りたいのかをな」


 俺の言葉に考えてみますと小さく呟くロイ。

 少し言い過ぎたかも知れないが、これは避けて通る事が出来ない事だ。武器が怖いというのは、結局の所死を恐れているという事だ。無論、俺も死は怖い。だが、その恐怖を覆い隠せるぐらいに冒険を楽しめるのだ。冒険の結果、死を迎えても俺は後悔しない。それはあの時理解した。シェルファニールのお蔭で助かったが、もしあのまま死を迎えていても俺は良かったと思っている。


『小僧はどういう答えを出すじゃろうな』


 シェルファニールが興味深げに聞いてくる。


「さてな。結局の所、冒険を楽しめるかどうかって事だけさ」


 俺は寝返りを打つと、そのまま目を閉じて眠りについた。


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