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第七十五話:家庭訪問

 パーン!


 銃声が木霊する。

 あっと言う間に保護者の許可を得たロゼッタが校庭で銃の練習をしている。その周囲にはもの珍しそうに見物する人だかりが出来ていた。

 この世界で銃は魔法障壁を持たない物には絶大な力がある反面、障壁に対しては無力という欠点もある為いまいち浸透していないらしい。

 また価格の面に関しても、銃自体高価なだけで無く弾丸も必要となるので一般人が持つには少々ハードルが高い武器なのだ。


「銃の使い心地はどうだ?」


「……問題ありません。多少反動が強いですが、慣れれば何とかなると思います」


 ロゼッタがこの世界では最新式のライフル銃の弾を込めながら言う。銃選びの際に同行し、この銃を勧めた俺としてはホッとする返事だ。

 数ある銃の中で、銃身が長くライフリングもされており弾も数は少ないが弾倉に入れてリロードできるので、威力・命中力・使いやすさの点で一番良いと思い選んだのだ。

 最新式で高価な品だったが、それだけの価値はあると思う。

 

「しかし、短い期間に随分と腕を上げたな……」


 俺は的を見ながら言う。

 撃った弾が殆ど的に当たっているのだ。

 あれからたったの三日でこの上達ぶりは正直驚いてしまう。シェルファニールが言うには、俺と同様集中力が常人を超えているらしい。俺は集中すると周囲の動きがスローになる感覚だが、ロゼッタの場合は的までの距離感が縮まるといった感覚なのかも知れない。


 これも魔法修行の副産物なのかな?

 魔法という点に関しては全く無駄な行為だったかも知れないが、自身を鍛えると言う点では成功していたのだろう。


「もういつでも出発出来ます」


 ロゼッタが待ちきれないと言わんばかりに詰め寄ってくる。

 

「まあまて。二人の返事が決まり次第出発するから」


 俺はそんなロゼッタを両手で宥める。

 とそんな話をしているとロイとアデリシアが校舎からこちらに向かってくるのが見えた。

 

「先生。今いいですか?」


 アデリシアが少し小さな声で聞いてくる。

 珍しいな。こんなに言い難そうにしているアデリシアを見るのは初めてだ。


「どうした? 許可が取れなかったのか?」


「その……、ロイは無事取れたらしいのですが……。私の方が……」


 アデリシアが困ったような表情で言う。

 正直アデリシアの方が簡単に取れると思っていたのだが……。


「先生……。その、今から少し私に付き合ってもらえませんか?」


「それは構わないが、何処へだ?」


「その……、私の父が先生と会って直接話をしたいと……」


 アデリシアの父親か……。どんな人だろう。正直興味はあるな。


「会うのは構わないが、許可を取るのが難しそうなのか?」


「いいえ。ただ、父が先生に興味があるみたいで……」


「……場所は何処なんだ?」


「首都ヴェールです」


 首都か。ここから馬車ですぐの所だな。それにそこなら、港町テレーゼも近い。

 ロゼッタの我慢も限界に近いようで、急かすように俺をジッと見つめる視線が突き刺さってくる。


「……よし、ロイもロゼッタも許可が下りているなら、全員で行こうか。そこでアデリシアの許可が下りたらそのまま船でアラストア大陸へ向かおう」


 俺の言葉に三人は頷き、それぞれが部屋へ戻り旅立ちの準備に取り掛かる。

 俺も部屋で準備を整えると、待ち合わせ場所の正門前に向かう前に職員室の爺さんの所へ出発を伝えに行く。


「今日出発するのか? 随分と急な話じゃな」


 ゼペット教頭が少し驚いた声で言ってくる。


「俺の生まれた国に、思い立ったが吉日ってのがあってね。どうせ行く事は決まっていたし、なら早いに越した事はないさ」 


 確かに、少し性急すぎた感もあるがここに居ても三人の成長は見込めないし、何より俺自身が冒険に出たいという気持ちを抑えきれない。


「で、まずは何処に行くのじゃ?」


「まずはアデリシアの家に行って許可を取る予定だよ。その後は、材料の中でも比較的手に入れやすい物から集める事にするつもりだ」


「成程のぉ。ではまず金で手に入る物から集めるのか。ミスリル銀と……、後なんじゃったかなぁ?」


「古木の枝に妖精の粉、あとは竜の牙に魔人の血だよ」


「そうじゃった、そうじゃった。しかし……、ミスリル銀と古木の枝は金で買えるから良いとして、妖精の粉も……、まあ数は少ないじゃろうが探せば会う事は可能じゃろう。じゃが、残りの二つは……、大丈夫なのか?」


「魔人の血に関しては当てがあるから問題ないよ。問題なのは竜の牙だけかな……」


 竜と言っても種類が色々あるらしく、シェルファニールが言うには性能を上げる為にはより高位の竜の牙が望ましいらしい。そこいらにいる下位の竜では大した物が作れないとの事だ。


「まあ、何とかするさ。じゃあ爺さん。行ってくるよ」


 俺はゼペット教頭に挨拶をすると、職員室を出て正門に向かう。 


 正門に着くと、アデリシアが先に来て待っていた。


「早いなアデリシア」


「私は実家に戻りますから、必要な物はそちらで準備しますわ」


 小さなカバン一つと武器だけを持っているアデリシアが笑顔で言う。


「先生……、その。申し訳ありません。父の我儘で……」


「いいよ。本来ならロイやロゼッタの親御さんにも会うのが筋なんだ。旅をする以上、俺がどんな人間かを気にするのはむしろ当然の事だよ」


 俺に会おうとしない二人の親の方が不思議だ。

 もしかしたら……、甘やかされていると言うより、放任されているのかも知れないな。 


 アデリシアと話しているうちに二人がやって来たので、俺達はさっそく馬車に乗り首都へと向かった。


 首都に着くと、俺とアデリシアはそこで馬車を降りる。ロイとロゼッタはそのまま馬車でテレーゼへと向かい明日の朝一番に出発予定の船の乗船券を買っておいてもらう事にする。

 

 首都の大通りを歩くと、大きな屋敷が見えてくる。どうやらここがアデリシアの家らしい。金持ちとは聞いていたが、これ程とは……。

 広い屋敷に広い庭、入口付近には警備の人間までいる。


「お前の親父さんは何をしている人なんだ?」


「……実は、これは校長先生しか知らない事なんですが……、この国の首相をしています……」


 首相とは凄いな。確か革命で樹立した国だと聞いたが、その立役者という事なのか……。

 二人で話をしながら、屋敷の正門まで歩く。

 アデリシアの顔を見て、警備員が笑顔で挨拶をしてくる。

 俺達はそのまま屋敷に入り応接室へと案内される。


「では先生。私は部屋で準備をしてきますね。直に父が来ると思いますので、暫くお待ちくださいね」


 そう言ってアデリシアが部屋を出ていく。


『随分と広い屋敷じゃが、中は案外普通じゃな』


「そうだな。案外真面な人のようだな」


 豪華過ぎず、質素過ぎず。必要以上の贅沢をするような人ではないのだろう。

 政治家と聞いて少し不安だったが、杞憂のようだ。

 

 暫くして、黒縁のメガネを掛け、黒髪をオールバックにした清潔感漂ういかにも人受けがいい感じの男が部屋にやって来る。その後ろには付き人らしき男の姿もある。


「初めまして。父のセルベルト・マックレーンと申します」


 セルベルトが右手を差し出して握手を求めてくる。

 俺も同じように名乗りながら握手を交わす。


「おや? 高志さんでしたか……。どうやら報告に誤字があったようですね……」


 セルベルトさんが後ろの男と話している。

 何の事かよく解らないが、まあ気にしないでもいいだろう。

 俺は勧められるままにソファーに座り、その対面にセルベルトさんが座る。付き人の男はその後ろに立っている。


「こちらからお呼びしておきながらお待たせして申し訳ありませんでした。実はついさっきまで友人が来てまして……」


「いえ、こちらこそ突然のご訪問申し訳ありません。ご友人さんは宜しかったのですか?」


「ええ。彼も出発の挨拶に来てくれただけなので。この国に人探しに来られた方なのですが、どうやら手掛かりが見つかったらしく……」


「そうですか。それは良かった。探し人が見つかるといいですね」


「ええ、本当に」


 二人で微笑みあう。

 人を探すためにこの国に来るとは、その人は余程重要な人物なんだろうなぁ……。まあ、俺には関係ない話だが。


 その後、二人でお茶を飲みながら雑談を交わす。

 セルベルトさんは、かなり気さくな普通のお父さんといった感じの人だ。時折おれの趣味や生まれ、後何故か女の趣味とか性癖なんかも聞かれたんだが……、まあ娘の先生がどういう人間かが気になるのだろう。

 正直性癖を聞かれてどう答えたらいいのか解らず、無難に巨乳好きですと言っておいたのだが……、家の娘は着やせするタイプだと言われても、反応に困る。


「成程。では貴方は特に目的の無い旅をしておられるのですか?」


「そうですね……、まあしいて言えば旅をするのが目的ですかね」


 俺は二杯目のお茶を飲みながら言う。


「それはそれは。しかし、その旅の果てには何を望んでおられるのですか?」


「望み?」


「ええ。私も若い頃は貴方のように目的の無い旅をしていました。ですが、何時かはそのような生活も終わります。私の場合は旅先で妻と出会い、仲間と出会い、そして最後はこの国の為に戦いました。貴方も何れは旅の終わりをむかえる事でしょう。その時何を望みますか? 地位ですか? 名声? それとも……」


 セドリックさんが俺を真っ直ぐに見ながら聞いてくる。

 どうやら俺がどう答えるかを楽しみにしている感じだ。


「そうですね……」


 俺は考える。

 望みか……、記憶を取り戻したいという事以外にはあまり考えた事が無いな。だけど、記憶の事はあまり人に言いたくないし……。地位や名声とかにも興味ないしなぁ。

 興味がある事と言えば……。


「俺は冒険がしたいだけです。物語の主人公みたいな冒険を……。地位や名声なんかはいらない。誰にも知られなくてもいい。俺だけが知っていればそれでいい。今まで読んで心躍ったストーリーを俺自身が体験したい。ただそれだけです」


 俺はこの世界に来て思った事を素直に答えた。

 俺の答えを聞いたセルベルトさんは少し考えると。


「成程、つまり貴方は英雄を目指しているのですね」


「いやいやいや、そんな大層な物を目指してないですよ」


 俺は焦った声で言う。


「はっはっは、ですが物語の主人公を目指すという事はそう言う事ではないですか」


 まあ、確かにそう言われればそうかもしれないが……。正直この歳で面と向かってそう言われるのは恥ずかしい……。


「一つ貴方を試させて頂けませんか? 貴方が英雄を目指すに値する器か、それともただの妄想癖なのかを」


 セドリックさんはそう言うと立ち上がり、部屋の隅に移動する。

 そして同時に、後ろに静かに立っていた男が俺に対して剣を向けてきた。

 男からは強い魔力を感じる。

 どうやら、この男は魔法剣士のようだ。


『なかなか強い魔力を持っておるな。流石は首相の護衛といった所かのぉ』


 シェルファニールが言うと同時に俺を魔力で強化する。

 俺はそれに合わせて、全神経を戦いに集中する。

 心が静かになり、周囲の雑音が徐々に消える。

 男が魔力で覆われた剣を上段から打ち下ろしてくる。俺はそれを剣で払いのけると、そのまま今度は下から上へ剣を跳ね上げる。

 相手の剣をそのまま弾き飛ばそうと思ったのだが、残念ながら上手くはいかなかった。だが、男の胴体部ががら空きになったので、俺はそのまま肩から男にぶつかって壁に吹き飛ばした。 


「いたたたたっ……」


 護衛の男が尻もちをつきながら痛みに顔を顰める。


「いやはや。報告では聞いていましたが、ここまでお強いとは。ベルスも幾多の戦場を渡り歩いた猛者なのですが、こうもあっさりと返り討ちにされるとは……」


「いえ、殺さないように十分手加減をされてましたからね。本気でかかってこられたら、こんなに簡単には行きませんでしたよ」


 俺は尻もちをついて倒れているベルスさんに手を差し出し、立たせてやる。


「これなら合格ではありませんか?」


 ベルスさんがセルベルトさんに話しかけている。

 合格? なんの事だ。


「ええ。それだけ強い魔力をお持ちなら、アデリシアの相手として十分ですね。いやぁ、将来が楽しみですねぇ。僕は男の子がいいなぁ」


 この人は何を言っているのだろう……。


「しかし、本当にすごい魔力量ですね。セドリック様も凄いですが、同じくらいあるんじゃないですか?」


 誰の事だろう。さっきの友人の名前かな?

 というか、魔人であるシェルファニールと同じくらいの魔力持ちって……。


「高志さん。娘を宜しくお願いします」


 セルベルトさんが頭を下げてくる。


「こちらこそ、娘さんをお預かりさせて頂きます」


 俺も頭を下げる。


 そんなやり取りをしていると、準備を終えたアデリシアが部屋にやって来た。


「話は終わった? お父様」


「ああ。この人なら父さんは安心だよ。アデリシアは好きなだけこの人と旅をしておいで。ああ、本当に家の事は何も心配いらないから、アデリシアの好きなだけその人に付いて行きなさい」


 セルベルトさんが優しい笑顔を娘に向ける。

 何だろう。所々に含みを持たせた言葉に感じるのは気のせいだろうか……。


「さ、先生。さっそく行きましょう。ロゼッタ達が待ってるわ」


 アデリシアが俺の腕を取り引っ張っていく。

 その姿を生暖かい笑顔で見ているセルベルトさんとベルスさん。

 何故だろう、あの二人の視線がとても怖いんだが……。何というか、獲物を見る狩人の目をしている気がするんだが……。


 いや、考え過ぎだ。

 あの人たちは俺を教師として認めてくれたんだ。

 ならば、俺はその期待に応えよう。


 俺はそう決意して、アデリシアと共に馬車でテレーゼへと向かったのだった。


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