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第七十二話:父の悩み

「ようこそお越し下さいました。突然のご招待申し訳ありません」


 黒縁のメガネを掛け、黒髪をオールバックにした清潔感漂ういかにも人受けがいい感じの男が挨拶をしてくる。歳は私と同じぐらいだろうか? 恐らくこの男が首相なのだろう。


「初めまして。私は首相のセルベルト・マックレーンと申します」


 セルベルトが右手を差し出して握手を求めてくる。

 私も同じような挨拶をしながら握手を交わす。


 私は部屋の中央にあるソファーに座ると、対面にセルベルトが座り、その後ろに補佐官のベルスが立つ。

 モリス達は別室にて待機している。

 丁重に御持て成しをすると言っていたのでそれなりの待遇で迎えられているだろう。

 私達が座ると同時に扉からメイドが現れ、テーブルにワインと摘まみを並べて行く。


「今日は非公式なものですから固い話は抜きに行きましょう」

 

 セルベルトは爽やかな笑顔を向けながら私のグラスにワインを注いで来る。

 

「ふむ。貴殿がそう言うなら是非も無い。元より私は固い席が苦手なのでな。お言葉に甘えさせてもらおう」


 私はセルベルトのグラスにワインを注ぎながら笑顔を向ける。

 見た感じ、穏やかで物腰も優雅な男だ。

 だが、油断は出来ない。

 平民でありながら後継者を巡って争っていた王族全てを倒して共和国を作り上げた男。

 策士セルベルト。

 わずかな仲間達と共に立ち上がり、民を糾合して国を滅ぼした稀代の革命家。そして民の総意をもって初代首相に選ばれた恐るべき男なのだ。

 まあ、とは言えわし等はこの国に悪さする気は全く無い。ただ人探しに来ただけなのだ。

 私達を警戒しているのだろうが、その心配は杞憂だと話せば解ってもらえるだろう。

 お互いに乾杯をしてワインを飲む。

 

 暫くは何気ない話題で時が進む。

 三杯目のワインを飲んでいる時、セルベルトが本来の目的であろう話を振ってきた。


「所で、皆さんがこの国に来られたのは、どのような御用なのでしょうか?」


 相変わらずの笑顔でそう言ってくるが、目は笑っていない。

 まったく……。私達のような無害な人間に何を警戒するのか……。

 まあ、内乱あけで国を建てなおしてる最中だから神経質になっておるんだろうな。

 

「大した事では無い、まったくの私用だ。娘の仲間が記憶を失って世界を彷徨っておってな。その仲間がこの国におるとの情報が入ったので来ただけだ。決して他意は無い」


 私は相手を真っ直ぐに見ながら言う。

 

「お仲間を探しに……、ですか。随分と豪華な人員で探されているのですね」


「なに、その男は娘にとって特別な者でな。だから他人に任せる事が出来んかっただけでな。まあ、そちらが警戒する気持ちはわかる。だが安心して欲しい。誓ってこの国に何かしらの目的がある訳では無いのだ」


 私の言葉にセルベルトは顎に手をやって考え込む。


「もし……、その男を我々が先に見つけ出したら……。何らかの取引材料になりますかねぇ……」


 セルベルトが冗談っぽく笑って言う。

 間違いなく冗談ではあろうが、釘は刺しておいた方が良さそうだな。

 

「……ふむ。貴殿に一つ忠告しておこう」


「何でしょう?」


「我がオーモンド一族には一つ欠点があってな……」


「ほう、欠点ですか……」


「オーモンドの者は揃って貴族という身分を嫌っておってな。だから国に対しての忠誠心といったものが欠けておるのだ」


「それは……、宜しいのですか? 反逆を問われる言葉と思われますが」


「なに、かまわんよ。国王を始め、ローゼリアの者は皆知っている事だ」


 私の言葉にセルベルトが驚きの表情を見せる。

 

「オーモンド一族は国では無く、家族や仲間を第一と考えるのだよ」


「家族や仲間……、ですか?」


「そう。だから、もしそれらに手を出す者がいれば……。我らは遠慮も慈悲も無く手を出した者を排除する。例えそれが国際問題になろうとも、世界を敵に回そうともだ」


 私は軽く言葉に殺気を込めて言う。

 殺気に気づいたベルスが構えようとするが、セルベルトがそれを手で止める。


「それは恐ろしい。貴方一人でも下手をすれば首都を壊滅出来る程の力を持っているでしょうに、一族全てを敵にするなど……。ご安心下さい。私はその様な愚かな真似は決して致しませんから」


 セルベルトが私の殺気を正面から受け止め、なお平然と言う。

 やはり只者ではないな。

 肝が据わっているし、恐らく策を練れば互角に渡り合える自身も持っているのだろう。もっとも、言葉通り愚かな真似はしない男だろうが……。


「ですが、捜索に力をお貸ししたいと思ってはいるのですよ。無論善意……、いえ正直に言えば貴方のお仲間の末席に入れて頂ければとの打算込みではありますが。私個人の力ですので、さほどの人員は回せませんが狭い国とは言え、皆さまだけでは大変ではありませんか?」


 セルベルトが真剣な顔で私を見つめる。

 やはり……。彼の一番の目的はオーモンドとの人脈を作る事か。

 ヴェール共和国は内乱の影響であらゆる所が疲弊している。恐らく他国からのちょっかいも多いのだろう。だから、我らをバックに付けたいと考えておるのだろうな。

 恐らく、先ほど話したオーモンドの性格も最初から知っておっただろう。だからこそ、ローゼリアでは無くオーモンドとの関係を作りたいと考えておるのだろうな。

 そうすれば何かあった時、我らオーモンドが例え国の命令に反してでも力を貸してくれるのではないか……。またはオーモンドがバックについているという事を外交に利用したいとの考えかもしれんな。


「ふむ……。貴殿の提案は有難いのだが、今回の捜索はわし等だけでやりたいのだよ」


 私は少し間を開けてから、そう答える。

 セルベルトは、元々それほど期待していた訳では無いのだろう。少し残念そうな表情をしたもののあっさりとこちらの答えを受け入れた。

 

「勘違いはしないで欲しいのだが、わし等だけで捜索をしたいのにはちゃんと理由があるのだ」


「理由……、ですか?」


「うむ。実はな、私の娘は子供の頃に心を傷つける事件に遭ってな。その傷の所為で心の成長が一時止まっておったのだよ。だが、探している男のお蔭で娘の心は救われてな。やっと人並みに心が育ち始めたようなのだ」


「その様な事が……」


「育ち始めたとはいえ、未だ娘の心は子供のようでな。我儘で、残酷で、感情の制御も上手く出来ておらん。だから今回の件は娘の心の成長にはいい機会と考えておるのだ」


「なるほど。旅は人を成長させるとも言います。きっとお嬢様の心は大きく成長なさるでしょうね」


 セルベルトが笑顔で言う。


「そう思うか?」


 私は疑いの目でセルベルトを見る。

 急にそんな目で見られて少し焦るセルベルト。


「も、もちろんです。私自身も若い頃は旅をしていました。その経験が今に繋がっていると信じていますよ」


「本当だな? 策士セルベルトはこの考えを正しいと保障してくれるんだな!」


 私は両手をテーブルの上に付けて身を乗り出して言う。

 セルベルトは少し仰け反り気味になりながら顔を引きつらせる。


「この案は私の腹心の男が考えたものでな。私も確かに一理あるとは思っているのだ……」


「えっと……、私も一理あると思いますが……」


「だが! 時折フェリスちゃんは……、女の子がしたらダメな目をする時があるんだ! あの目は、私が若い頃に潰した盗賊団の首領の嫁の目と同じなんだ。あの嫁は人を嬲り殺すのが好きなサディストだった……、そんな女と……、そんな女と同じ目をする時があるんだぞ! 大丈夫なのか? もうなんか行ってはダメな方向に行ってないか? どうなんだ! どうなんだセルベルト殿!」

 

 私の叫びに驚きながら落ち着いて下さいと宥めるセルベルト。 

 いかん……、つい叫んでしまった……。


「……申し訳ない。つい取り乱してしまった……。許して欲しい」


 私はソファーに座りなおすと頭を下げる。

 

「いいえ。お気になさらずに。私にも娘がいましてね。セドリック殿のお気持ちが痛いほどよく解ります」


 セルベルトもソファーに座りなおすと両手を組みながら呟くようにそう言う。


「セルベルト殿にも娘さんがおられるのか?」


 私の問いにセルベルトは小さく頷いた。


「私の妻は娘が小さな頃に病気で死にまして……。私は男で一つで娘を育ててきました」


「なんと……。それは大変だっただろうな」


「娘が六歳の頃、私は革命軍の指導者となりました。本来なら娘を何処かに預けるべきだったのですが……、娘の安全を考えると私の傍に置いた方が良いと考え、私は娘を連れて戦場を渡り歩きました」


 確かに、革命軍の指導者の娘となれば狙われる危険が高い。下手な所には預けられない。それに、恐らくこの男は戦争に負けるという考えは微塵もなかったのだろう。ならば自分の傍が一番の安全地帯と考えるだろうな。


「幸い、私の仲間達の協力もあり娘は順調に成長して行きました。そして娘に回復魔法の才能が開花すると軍でも貴重な戦力として力を発揮してくれました」


 自嘲気味にセルベルトは言う。


「情けない話です。私は娘を戦争の道具として育ててしまったのです」


「いいえ! それは違います、セルベルト様。貴方も我々もあの子を実の娘のように大切に育ててきました。あの子はいつも楽しそうにしていたではありませんか。確かに、幼い子供を戦争に利用した事は事実ですが、決してあの子を道具として扱った事はありません。貴方も、我々も」


 後ろで静かに控えていたベルスが真剣な声で言う。

 彼もセルベルトの仲間の一人なのだろう。


「……有難う、ベルス。そうだな、確かにあの子は私達皆の娘だったな……」


 セルベルトが小さく笑う。

 

「自身の安全の為にも戦いの技術は必須でした。なので私と仲間達で娘に戦闘技術など戦場で生きる為の様々な事を教えました。娘は物覚えの良い方だったので、仲間達も面白がって様々な事を……、本当に余計な事まで教え込みやがって……」


 セルベルトの口調が変わる。

 今までの柔和な態度が影をひそめ、すこしガラの悪い感じになる。


「ある日、私が寝室に行くと娘がベットの上にいました。どうしたのかと聞くと、娘はスカートを少し捲くり太股を見せながら『お父様……、どう? 色っぽい?』などと……」


 と突然背後のベルスの胸ぐらをつかむセルベルト。


「貴様か? 貴様が教えたのか? 娘が……、娘がエロい声でそんな事を……、貴様そんな姿を見せられた父の気持ちが解るか!」


「お、落ち着いて下さいセル。あれはカレンが悪ふざけで教えたんです。俺じゃないです」


 胸ぐらを掴まれながら必死に弁解するベルス。そんなベルスを上下左右に揺さぶっていたセルベルトはしばらくして落ち着きを取り戻すと、乱れた服を直しながらソファーに座りなおす。


「申し訳ない……。ついあの頃の事を思い出すと……」


 また柔和な感じに戻ったセルベルトが頭を軽く下げて謝る。

 案外こいつも苦労しているな……。


「まあ、そんな生活を娘に送らせてしまったのです。そして、戦いの趨勢が決まり我らの勝利が目前となった頃の事です。いつものように負傷者に回復魔法を掛けていた娘に私はこう言ったのです。『血にまみれた生活をさせて済まなかった。だがもうすぐ戦争は終わる。もう少しの辛抱だよ』と……。すると娘は……、娘は……」


 そう言ってプルプルと手を震わせるセルベルト。声も若干かすれ気味だ。


「『戦争が終わってしまったら、血が見れなくなってしまってつまらないですわ』と……、そんな事を……、そんな事を言ったのです」


 セルベルトは吐き出すように言う。

 どうやら、彼の娘もフェリス同様に心に傷を負ってしまったのだな……。

 そう考えると親近感が湧いてくる。

 私はワインのボトルを取ると彼のグラスに注いでいく。


「貴殿も、私と同じような悩みを持っておられたのだな。今日は娘の幸せを願う父親同士、心行くまで飲もうではないか」


 私の言葉にセルベルトも賛同する。

 それから数時間、私とセルベルト、そしてベルスも交えて酒を飲み続ける。

 

「そう言えば、貴殿の娘は今どうしておるのだ?」


「娘は今、冒険者学校に通っています」


「ほう。冒険者か」


 確かに、戦場で生きた娘なら冒険者はうってつけの仕事かもしれないな。


「あの子には普通の生活を送らせてあげたかったのですが、残念ながら普通の学校に行かせる訳にもいかず……。すでに冒険者として生きて行けるだけの力は持っているのですが、学校生活というものを送らせてやりたいと……。そう思いまして」


「……上手くやっておるのか? 娘さんは……」


「ええ。我が娘ながら世渡り上手な所がありまして……。血を見るのが好きな性格も、必ず癒して傷一つ残さないので問題児扱いはされている物の、大きなトラブルに発展はしておらず」


 と、そう言うとセルベルトは何かを思い出しプっと吹き出し笑いをする。


「どうしたのだ?」


「いいえ、すみません。思いだし笑いを……。実は本人と周囲双方の安全の為に、娘には監視を付けていまして、定期的に状況を報告させているのですが……。最近面白い事になっているのですよ」


「面白い事とは?」


「ええ、実は新しく来た教師がなかなかの使い手らしく、娘は随分と手痛い目に遭っているようなのですよ」

 

 楽しそうにセルベルトは言う。


「あの子は物覚えも良く、幼い頃から戦場で生きたせいもあり回復魔法使いでありながら、接近戦などの戦闘もかなりの腕なのですが、その教師はその上を行っているらしく簡単にあしらわれているらしいのです。確か……、名前は……」


 セルベルトが考えていると、


「報告書によれば、名前はタクシ。凄腕の魔法剣士で教頭がその腕前を見込んで急遽雇った男との事です」


 ベルスが横から補足する。


「ほう。凄腕の魔法剣士ですか。そのような者が教師なら、娘さんも好き放題は出来ないでしょうな」


「ええ。娘には良い薬です。独身との事らしいので、出来れば娘を嫁に貰って欲しいぐらいですね」


 セルベルトが笑って言う。

 

「はっはっは。それは良い。私も娘の相手を見つけるのには苦労しました。何せ問題の多い娘ですからな。これと目を付けたら逃がしてはいけませんぞ」


「ははは、そうですね。今度時間を作って一度その教師に会おうと思っているのですよ。もし合格なら、私の全権力でその男を娘の婿にしようかな?」


「それは良い。権力とはそう言う時に使うものですからな」


 ははははっと笑いあう二人とその様子をジト目で見る一人。


 困った娘を持つ父親達の宴はまだ始まったばかりだった。


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