第七十一話:追手
「ふう。やっと着きましたか」
入国手続きを終え、ヴェール共和国の港町テレーゼに入る。
ベルファルトで高志を見つけてから準備等で結局一か月程遅れての到着だった。
「何が『今ここに居るのは諸君らの知るセドリック・オーモンドでは無い』よ。意味不明な事言って入国管理官を困らせないでよ。お蔭で余計な時間がかかったじゃない」
「い、いやフェリスちゃんの『入国目的は犬探しよ』の方に問題があったと父さん思うぞ」
後ろから意味不明な言動の為別室に連れて行かれた国賓レベルの貴人二人がやって来る。
ヴェール共和国にしてみれば、何故この国に来たのか疑って当然の二人だ。
ローゼリアの貴族であり、魔法使いとしてもトップレベルの危険人物なのだ。数時間程で解放されたのは寧ろ早かったと言えるだろう。
「いやぁ。お二人が別室に連れて行かれた時は心配しましたよ。何事も無く入国出来て良かったですね」
二人の後ろからモリスが笑って言う。その横にはジンとカインの姿も見える。
念の為とモリス達には二人に付いていてもらったのだ。
高志と遭遇後、城に戻り人手を追加した。
顔見知りでなければ意味が無い為、自然と追加メンバーはカインとジンに決まった。
モリスとマリーの協力も決まっていたので、本来ヴェールへは私を含めて六名で行くはずだった。
のだが……。
暇を持て余していたセドリック様がいつの間にかメンバーに入っていた……。
言うと反対される事が解っていたらしく、全くそんな素振りを見せないまま気づくと船の中に紛れ込んでいたのだ。
「まったく……、お父様がついて来るから余計な手間がかかったじゃない」
フェリス様がブツブツと小言を言う。
「わ、わしの所為だけじゃないぞ。フェリスちゃんにも問題があったぞ」
二人が言い合っている。
私に言わせれば、二人ともここは私達に任せて城で待っていて欲しかった。
ヴェール側にして見れば、突然こんな大物二人が国に来たら問題視して当然だろう。
恐らく我らには監視がついているだろうな……。
私は溜息を付きながら同行者を見回す。
モリス、ジン、カインの三人は仲良く話をしている。
モリスの生存と正体を知り、驚いていた二人だがすぐに受け入れると今まで同様の態度を取っていた。正直こうもあっさり受け入れるとは思っていなかったが、この二人は思った以上に良い性格をしている。恨む事も怒る事もしない。生存を素直に喜ぶだけだった。
モリス自身も、恨み言の一つも言われると思っていたのか、二人の反応に少し涙目になっていたのを私は知っている。
ジンとカインには高志捜索を手伝わせる代わりに、奴隷からの解放を約束している。
二人は大喜びで協力を約束してきた。
女だけでは入りにくい所もある。
この三人にはそういった所の捜索で力を発揮してもらおう。
マリーは次の船でこちらに来る予定だ。
教会の立て直しがやっと一段落したらしく、城に戻った際にこちらに合流すると連絡が来た。
城で待つよりも、我々が先行して情報収集をした方が効率が良いだろうとの判断で別の船になったのだ。
セドリック様に関しては、気がついたら横にいた。
船が動きだし、我々が甲板で外の景色を楽しんでいたら当たり前のように横に居たのだ。
城には書置きを残してきたから問題ないと本人は言うが、それは家出と変わらないのではないだろうか……。
取り敢えずフェリス様が奥様に手紙を送ったので、問題があれば誰かが引き取りに来るだろう。
フェリス様は大分落ち着きを取り戻した。
高志の生存を自身の目で確認出来た事で冷静さを取り戻したようだ。
もっとも、謎の女が傍に居る点については冷静でいられないようだが……。
まあいい、元気にはなられたのだ。今はそれで良しとしよう。
時折危険な言動があるが、気にしたら私の心が持たない。だからスルーする。
フェリス様も高志も元気なのだ。ならばそれでいい、いいじゃないか。
それ以外の事は私には関係ない。そう言う事にしておこう……。
「さてと。取り敢えず事前に打ち合わせていた宿に向かいましょうか。そこを拠点にしてまずは情報を集めるわよ」
フェリス様がそう言った時、兵士の集団がこちらに向かって歩いてくる。
「オーモンド御一行様ですね。私は首相補佐官のベルスと申します。皆様のご訪問の連絡を受けまして、我が国の首相が是非お会いしたいと申しております。今なら首相の予定も空いておりまして、もし宜しければご同行頂けないでしょうか?」
ベルスと名のる男は丁寧な口調で言ってくる。
まあ、予想出来た事だ。だれかしら偉い人間が声を掛けてくるとは思っていた。
一番上の人間から声が掛かるとは思っていなかったが……。
「じゃあ、お父様。後は宜しくね」
フェリス様が片手を上げてそう言い、宿に向かって歩き出す。
「えっ……、ちょっとフェリスちゃん? 押し付けるの? わしだけに押し付けるの?」
セドリック様が泣きそうな声でフェリス様を呼びかけるが、フェリス様はまったく聞く耳を持たない。
「……モリス、カイン、ジン。貴方たちもセドリック様に同行して下さい。あの方に護衛は必要ありませんが、何をするか解らないのでお目付け役をお願いします」
私の言葉に『あんたも押し付けるのか』という顔をする三人。だが気にしない。
私はフェリス様の後を追う。
さすがに嫌だと言えなかったセドリック様はベルスに促されるまま馬車に乗り連れて行かれた。
「よろしかったのですか?」
「別にいいでしょ。誰かが行けば面子は立つんだし」
いや、私はセドリック様を野放しにした事を問題視しているのだが……。まあいい、気にしない方向でいこう。念のためにモリス達を付けたのだ。まあ、役には立たないだろうが連絡役ぐらいは出来るだろう。
私がそう考えていると、フェリス様が雑貨屋の前に立ち、ショーウインドウをジッと見ている。
と、そのまま雑貨屋に入って行った。
……はて、何か買うのか?
私は疑問に思いながら後について建物に入る。
中に入ると、フェリス様が棚に並んでいる何かを見ている。
……あれは、首輪?
フェリス様は犬用の首輪を真剣な顔で見ていた。
……どうする。聞くか? だが……、正直答えを聞くのが怖い。答えを聞いて私は悲鳴を出さずにいられるだろうか……。
犬宣言から今日まで、フェリス様は時折私を怯えさせる。
「……フェリス様、どうされたのですか?」
「私、思ったんだけど……。紐で繋がなかったら、逃げて当然よね……」
ひぃぃぃぃぃぃぃっ。
私は必死で叫ぶのを堪える。
冗談だ。冗談に決まっている。真剣な顔で言っているが、私をからかっているのだ。そうに違いない。そうあってくれ。
「ま、また……、ご冗談を……」
私の言葉に不思議そうな顔をするフェリス様。
私は喉まで出かかっている悲鳴を必死に抑える。
と、そんな私を見てフェリス様はクスッと笑う。
「冗談よ、エリーゼ。ごめんね、ちょっと悪趣味だったかしら?」
笑ってそう言うフェリス様に私はホッとする。
だが、冗談ならなぜ首輪を持って会計に向かうのだろうか?
……いや、深く考えるな。冗談だ。きっと冗談で買うのだ。そうに決まっている。
店主にお金を支払っているフェリス様の後ろ姿を眺めながら、私は必死に悲鳴を堪えていた……。




