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第六十九話:協力要請

 そこそこの広さの部屋に机が三つ並んで置いてある。花瓶には綺麗な花が活けられており、窓から見える景色もなかなかよい。

 こいつら三人の隔離用教室は思ったよりも贅沢な物だった。

 さすが金持ちのガキどもだ。問題児とはいえ、それなりの特別扱いをされているようだ。


「ふふ、ねぇ先生。私に聞きたい事って何かしら?」


 アデリシアが椅子に足を組んで座り、色っぽい声と仕草で俺に聞いてくる。

 少し開いた胸元とチラリと見える太股は、人によってはかなり危険な物だろう。


 だが。


「あー、アデリシア。猫は被るな。お前さんの色仕掛けは俺には通用しない。残念ながら、俺はナイフを持って襲い掛かる女には欲情出来ん。そこまでの度胸は無い」


 俺はジト目でそう言ってのける。

 ハッキリ言えば、俺の目にこいつは食虫植物にしか見えん。


「……別に殺したりはしませんわよ。ちょっと痛い思いをするだけじゃないですか。魔法で癒しますから傷が残る事もありませんし……」


 アデリシアは不満そうに言う。


「その辺りは考え方の相違だな。生憎俺はちょっとでも痛い思いはしたくない。それに、お前さんは普通にしている方が魅力的だと思うぞ。俺は」


 色っぽい格好も嫌いではないが、俺にはどうしてもワザらしさが目に付く。

 むしろ今みたいに普通にしている方が、この子の魅力を最大限に引き出せているように思う。


 俺の言葉に少し顔を赤らめたアデリシアはプイッと横を向く。

 照れているのだろう。案外根は年相応の素直な女の子みたいだ。


「やり辛いですわ、先生のような人は」


 アデリシアがポツリと言う。

 そうかい? 俺は別に普通だと思っているんだがな……。


『主様のように普通でいられる事がやり辛いんじゃろ。お主はこの者のような女すら普通の女として受け入れておるからのぉ……』


 シェルファニールが補足してくる。

 成程なぁ。確かに、俺はいつの間にかアデリシアの奇行に慣れてしまっているな。

 何故だろう? 変な女耐性値が異常に高いのか? そんなステータスは聞いた事無いんだが……。


「まあ、俺に対しては普通にしてくれるとありがたい。これから君たちと生活する上で、お互いが本音でぶつかる方がいいと俺は思うんだ」


「……はぁ、解りました。で、私に相談したい事とは何ですか?」


 先ほどまでの色っぽい仕草が消え、少し冷たくぶっきらぼうな感じに変わる。これがこの子の素の姿なのだろう。


「ああ。まあ君にも解るだろうが、ハッキリ言えばあの二人を如何すればいいか見当がつかない。今のままでは冒険者になる事は出来てもすぐに死ぬか、最悪周りの人間すら道連れにする可能性が高い」


 冒険者は自己申告で誰にでもなれる。これは爺さんから聞いたから間違いない。だが、戦えない時点で死は確定的だ。自分一人が死ぬのはまだいい。だが、この学校の卒業生という事で事実を知らないやつがアイツらを仲間にしたら……、最悪仲間ごと全滅する危険性もあるのだ。


「君たちを卒業させる事は可能だ。この学校は君たちの親から多額の援助を受けているから、余程の事が無い限り君たちは卒業出来る。だがそんな無責任な事をする訳にはいかない。少なくとも教頭はそう思っている」


 騙すような真似をしたのも必死さからだろう。俺のような若造に頭を下げて頼んできたのだ。出来れば期待に応えてやりたい。


「だから、まずは君たちの事を教えて欲しい。そして協力して欲しいんだ」


 俺の言葉を聞き、少し考えるそぶりを見せるとアデリシアはジッと俺の目を見つめてきた。


「今日あったばかりの私たちの為に、随分熱心なのですね?」


「……そうだな。だが、君たちの為というよりも教頭の為と言った方が正確かもしれないな。あの人は全ての責任は自分が取ると言って頭を下げてきた。そこまでされたら期待に応えてやりたいと思っただけだよ」


 アデリシアの疑問に俺は正直な気持ちを答える。

 大切なのは信頼関係の構築だ。ならば嘘はつかない方が良いだろう。


「何故私を選んだのですか?」


「君はすでに十分な実力がある。鍛える必要があるのは残りの二人だけだからな。それに、リーダー格の君に協力してもらえれば色々やり易い」


 自己紹介の時、三人の様子を見てすぐにアデリシアが中心だと分かった。

 まあこの実力差であの二人がこいつに逆らえる訳もないんだが。


 品定めするように見つめてくるアデリシアを俺も見つめ返す。

 

「いいですわ。貴方は他の教師連中よりは真摯な方のようですし。あまりプライベートな事は答えられませんがそれ以外の事でしたら協力して差し上げますわ」


 アデリシアがニコリと笑って答えてくれる。

 正直意外だった。

 こうもあっさり了承してくれるとは思っていなかった。


「意外だな。てっきり交換条件を出されるかなと思っていたんだがな」


 協力するから血を見せろぐらい言ってくると思っていた。


「どうせ貴方は素直に見せてくれないでしょうし、そちらの方は私の実力で解決しますわ」


 笑って襲撃予告をしてくるが、まあいい。取り敢えず協力してくれると約束してくれたのだ。

 それにこいつの攻撃を避ける事は俺の修行にもなる。

 まあ、最悪シェルファニールの魔力障壁があれば無傷で済むしな……。


『あー、主様よ。こやつの攻撃に関して我は障壁を作らんからな。折角の修行の機会だしのぉ。必死に避けるんじゃぞ』


 俺の思考を読んだシェルファニールが甘えを許さんとばかりに言ってくる。

 うーむ……。ま、まあ死ぬ事は無いか……。


「それで聞きたい事は何ですか?」


「あ、ああ。まずロイの事なんだが、彼奴が武器を向けられるのが駄目と言うのはこの学校に来た時からなのか?」


 俺はまずロイの事を聞いてみる。彼奴の場合は、その欠点さえクリア出来れば実力的には問題ないのだ。


「ええ、そうですわ。以前聞いた所によると小さい頃に誘拐された事があったらしくて、それがトラウマになっているみたいですわ」


 誘拐事件後に強くなる為に槍を覚えたらしいが、トラウマの克服は出来なかったという事らしい。


「本人も、入学当初はトラウマを克服しようと頑張っていたらしいですが、今はもう諦めてすべてを受け入れているみたいですわね」


 そう言う事か……。なら、ロイに関してはもう一度克服する気を起こさせる事が第一だな。

 本人にやる気がなければ何をしても無駄だろう。


「ロゼッタについてはどうだ?」


「あの子は……、自己紹介の時に聞いた通りですわ。周りから散々言われても諦める気は無いみたいです。ただ……」


 アデリシアは少し言葉を止める。言うかどうかを迷っているようだ。


「ただ、何だい? どんな事でもいい。気づいた事があるのなら教えて欲しい」


「……これは私の勘みたいなものですが、あの子は多分神のお告げなんかを信じている訳では無いと思いますわ」


「……どういう事だ?」


「多分ですが、あの子は魔法使いになる夢を追いかけたいだけで、お告げ云々は後付けの理由だと思うんです。周りから無理だから諦めろと言われないようにする為の口実ではないかと……」


 ふむ、成程な……。

 もしそうなら、まだ希望はある。

 少なくとも精神的に逝っていないなら、話し合う事が可能だろう。


「そうか。有難う、助かったよ。取り敢えず絶望的な状況ではない事は解った」


 とは言え、解決策は何も無いんだが……。

 暫くは走らせて基礎体力を付けさせる事にしよう。少なくとも無駄にはならないはずだ。

 その間に、どうするかの対策を考えるしかないな。


「ああ、そう言えば君の事を聞いてなかったな」


「私の事ですか?」


「ああ、君が血を見るのが好きなのは何か理由とかあるのか?」


 質問しながら、俺は何を言っているんだと思う……。

 だが、もしこいつの問題も解決出来そうならしてやるべきだろう。このままだと、卒業後に捕まる可能性が高い。というか、今捕まってない事の方が不思議だ。これも金の力なのだろうか?

 俺の質問を聞いて、アデリシアはクスクスと笑いだす。


「先生ったら。可笑しな事を聞くんですね? 綺麗な物が嫌いな女はいませんわよ?」


 あ、無理。

 これ無理だわ。

 思っていた以上に怖い答えが返ってきて俺はドン引きしてしまった……。


『ふむ……。綺麗な物のぉ……』


 ……シェルファニール?


『……なんでもない。少し気になっただけじゃ』


 気になる事か……。まあいい、何か思いついたならそのうち話してくれるだろう。


「有難う。取り敢えず今日はここまでにしようか。グラウンドに行って二人の様子を見に行かないとな」


 俺はそう言って、教室を出ようとする。

 

『主様よ。良いのか背中を向けて』


 はっ! しまった。

 飢えた肉食獣に背中を見せるとか……、俺は何をボーっとしているんだ。

 俺は咄嗟に右側に飛ぶ。右に飛んだのは完全に勘だった。

 俺が飛んだ後、俺がさっきまでいた所に黒い影が飛び込んできた。

 黒い影は目標を見失い、そのまま前方の床に顔から突っ込んで行った。


「痛いですぅ……」


 俺が隙だらけになった事に、アデリシア自身も驚いたのだろう。

 なかば条件反射的に動いたせいで、避けられた後の着地を失敗したようだ。

 顔を床につけ、お尻をこちらに突き出す形でアデリシアが呻いている。スカートが捲くれ上がり赤いレースの下着が丸見えになっていた。


「……丸見えだぞ……」


 俺の言葉にアデリシアはすぐに状況に気づき、すぐさまスカートを直して俺の方を涙目で睨み付ける。


「さ、最低ですわ。この淫行教師……」


「……自分で捲って見せたんだろ」


 俺は出来るだけ平静を装って言う。

 正直な所、かなりドキドキしているがそれに気づかれる訳には行かない。

 バレれば、今後色仕掛けが更に激しくなる可能性がある。

 役得といえばそれまでだが……。

 まあ、大人として子供にバカにされるのも悔しい。ここは余裕の態度を見せるとしよう。


「何かいう事があるんじゃありませんか?」


 涙目で、今にも噛み付きそうな表情で言ってくるアデリシア。恐らく謝罪を求めているのだろう。

 だが、何故俺が謝る必要がある……。

 そもそも被害者は俺のはずだ。そう考えると沸々と怒りのような物が湧き上がる。


「そうだな……。そういう下着はまだ早いんじゃないか?」


 俺は鼻で笑って言ってやる事にした。

 

「なっ! さ、最低ですわ。貴方……」


 アデリシアが悔しそうな顔で俺を睨む。


「おいおい、勘違いするなよ。そもそも被害者は俺だぜ。勝手に自爆してパンツ丸見せしてきた淫乱生徒はお前じゃないか? まったく。教師として悲しいよ。だけど安心しろ。お子様のパンツなど見た所で何とも思わないから」


 俺はからかう感じでそう言って教室を出た。


「お、覚えてなさいよー。絶対、絶対に後悔させてやるんだからぁぁぁ!」


 後ろの教室からアデリシアの悲痛な叫び声が聞こえてくる。どうやらかなり怒らせてしまったようだ。

うーん、ちょっと言い過ぎたかな……。


『お主、良かったのか? あ奴に協力をお願いしておったのに……』


 あ、しまった。忘れてた……。

 

「やべぇ……、忘れてたよ。あれ、かなり怒らせたかな……」


『女のプライドをズタズタにしおったしのぉ……。怖いぞ、プライドを傷つけられた女は。もしあれが我なら、お主を……、いや知らぬ方がよいな……』


 いや、そこで止めないで。何する気なの? 言われない方が怖いから……。 

 

「協力断られるかな?」


『……いや、それはないじゃろ。あ奴はプライドが高そうじゃから、一度約束した事は取り消さんじゃろ。ただ、今後の攻撃はかなり苛烈になるじゃろうがな……』


 よい修行になるなとシェルファニールが笑って言う。

 

 あそこは大人としてもっと余裕を持った対応をするべきだったと後悔する。

 つい悪戯心が出てきてからかってしまった。


『お主もまだまだ子供という事じゃな』


 うーん、情けないが否定できない……。


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